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第24話 風とスカートとズボン

 春風が街を抜ける午後。

 俺はギルドの掲示板を見つめながら、ため息をついた。


「……なんだこの依頼。“風のいたずら現象、調査依頼”?」


 横からセリナがひょいと顔を出した。


「読んでみてくださいよ、これ面白いですよ? “女性のスカートが頻繁にめくれ上がる”って」


「お前、仕事を笑うな」


「だって“黒い靄が混ざった風”って書いてあるんですよ? スカートめくりのくせにホラー!」


 その声にリオナが振り向いた。


「……あんた、犯人じゃないでしょうね?」


「違うっての! 誰がそんな特技持ってんだ!」


 周囲の冒険者たちがクスクスと笑う。

 俺は思わず拳を握った。


「よし、潔白を証明してやる。俺がこの“スカートめくり風”を止めてやる!」


「自首にしか聞こえないんだけど」



 昼下がりの北通り。

 露店の屋根が並び、花粉を乗せた風がふわりと流れてくる。

 街の女たちはスカートを押さえながら歩き、子供が笑って逃げ回っていた。


「……なんか、平和な現場だな」


「昼の間だけ吹く風らしいわよ」


 リオナは腰の剣に手を添え、俺は観察ノートを片手に風の流れを追った。


 風は一定ではない。北から吹いたと思えば東へ、そしてまた戻る。

  おかしい。風が……生きてるみたいだ。


「風の向きが変だな。重い。冷たい」


「春風なのに?」


「魔力が混じってる。誰かが操作してる……」


 リオナが眉をひそめた。


「まさか、また魔道石絡み?」


「多分な。でも、ちょっと嫌な感じがする」


 その瞬間、遠くの露店で紙束が舞い上がった。

 空気がビリッと震える。


「今の、感じたか?」


「うん。……風の中心、あそこだわね」


 俺は脱がずに、神から与えられた知識を総動員した。

 空気の乱れ、温度差、匂い――全部をまとめて流れを読む。

 風は螺旋状。中心に“魔力の核”がある。


「……見つけた。あそこだ、屋台の陰」


 だが近づいた瞬間、風が一気に暴れだした。


「うわっ!?」


 突風が通りを貫き、帽子や布を吹き飛ばした。

 そして――俺のベルトが「ぷちん」と鳴った。

 ズボンが、ずるんと落ちた。


「うおおお!?」


 ズボンを掴む俺を見て、リオナが冷ややかに言う。


「犯人、風じゃなくてあんたね?」


「違ぇよ! 俺の潔白が風に飛ばされたんだよ!」


 通りの人たちが笑いながら逃げ回る。

 だが、笑いの中に不意に混ざるざわめき。


 リオナが小さく呟いた。

「……今、一瞬……黒い靄が見えなかった?」


「……気のせいじゃねぇか?」


 俺の背筋が、妙に冷たくなった。


 風が再びうなり声を上げた。

 屋根が浮き、テントの布が千切れそうになる。


「リオナ、右斜め上だ! そこに核がある!」


「了解!」


 彼女は跳び、剣を振る。

 鋼の軌跡が空を裂き、屋根の裏に埋められた魔道石を両断した。


 ぱん、と軽い破裂音。

 黒い靄がふわりと浮かび、陽光の中で溶けて消えた。

 ……そして、風は止んだ。


「ふう……終わった?」


「ああ。スカートも平和を取り戻したな」


「ズボンも、ね」


「……言うな」



 夕方のギルド。

 セリナが報告書をめくりながら笑った。


「つまり“変態風”の正体は、魔道石の暴走と」


「そのタイトルやめろ!」


 リオナが小さく呟く。

「でも……あの黒い靄、気のせいだったのかな」


「……さぁな」


 ギルドを出ると、また一筋の風が首元を撫でた。

 柔らかいが、どこか冷たい。


『ふむ、風にも趣味があるようじゃのう。今度は上着を狙うかもしれんぞ?』


「お前が黒幕か、(ジジイ)!」


 通りの夕焼けに笑い声が混じる。

 そしてその風の中に、ほんの一瞬だけ――黒いものが、揺らいでいた。

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