第24話 風とスカートとズボン
春風が街を抜ける午後。
俺はギルドの掲示板を見つめながら、ため息をついた。
「……なんだこの依頼。“風のいたずら現象、調査依頼”?」
横からセリナがひょいと顔を出した。
「読んでみてくださいよ、これ面白いですよ? “女性のスカートが頻繁にめくれ上がる”って」
「お前、仕事を笑うな」
「だって“黒い靄が混ざった風”って書いてあるんですよ? スカートめくりのくせにホラー!」
その声にリオナが振り向いた。
「……あんた、犯人じゃないでしょうね?」
「違うっての! 誰がそんな特技持ってんだ!」
周囲の冒険者たちがクスクスと笑う。
俺は思わず拳を握った。
「よし、潔白を証明してやる。俺がこの“スカートめくり風”を止めてやる!」
「自首にしか聞こえないんだけど」
◇
昼下がりの北通り。
露店の屋根が並び、花粉を乗せた風がふわりと流れてくる。
街の女たちはスカートを押さえながら歩き、子供が笑って逃げ回っていた。
「……なんか、平和な現場だな」
「昼の間だけ吹く風らしいわよ」
リオナは腰の剣に手を添え、俺は観察ノートを片手に風の流れを追った。
風は一定ではない。北から吹いたと思えば東へ、そしてまた戻る。
おかしい。風が……生きてるみたいだ。
「風の向きが変だな。重い。冷たい」
「春風なのに?」
「魔力が混じってる。誰かが操作してる……」
リオナが眉をひそめた。
「まさか、また魔道石絡み?」
「多分な。でも、ちょっと嫌な感じがする」
その瞬間、遠くの露店で紙束が舞い上がった。
空気がビリッと震える。
「今の、感じたか?」
「うん。……風の中心、あそこだわね」
俺は脱がずに、神から与えられた知識を総動員した。
空気の乱れ、温度差、匂い――全部をまとめて流れを読む。
風は螺旋状。中心に“魔力の核”がある。
「……見つけた。あそこだ、屋台の陰」
だが近づいた瞬間、風が一気に暴れだした。
「うわっ!?」
突風が通りを貫き、帽子や布を吹き飛ばした。
そして――俺のベルトが「ぷちん」と鳴った。
ズボンが、ずるんと落ちた。
「うおおお!?」
ズボンを掴む俺を見て、リオナが冷ややかに言う。
「犯人、風じゃなくてあんたね?」
「違ぇよ! 俺の潔白が風に飛ばされたんだよ!」
通りの人たちが笑いながら逃げ回る。
だが、笑いの中に不意に混ざるざわめき。
リオナが小さく呟いた。
「……今、一瞬……黒い靄が見えなかった?」
「……気のせいじゃねぇか?」
俺の背筋が、妙に冷たくなった。
風が再びうなり声を上げた。
屋根が浮き、テントの布が千切れそうになる。
「リオナ、右斜め上だ! そこに核がある!」
「了解!」
彼女は跳び、剣を振る。
鋼の軌跡が空を裂き、屋根の裏に埋められた魔道石を両断した。
ぱん、と軽い破裂音。
黒い靄がふわりと浮かび、陽光の中で溶けて消えた。
……そして、風は止んだ。
「ふう……終わった?」
「ああ。スカートも平和を取り戻したな」
「ズボンも、ね」
「……言うな」
◇
夕方のギルド。
セリナが報告書をめくりながら笑った。
「つまり“変態風”の正体は、魔道石の暴走と」
「そのタイトルやめろ!」
リオナが小さく呟く。
「でも……あの黒い靄、気のせいだったのかな」
「……さぁな」
ギルドを出ると、また一筋の風が首元を撫でた。
柔らかいが、どこか冷たい。
『ふむ、風にも趣味があるようじゃのう。今度は上着を狙うかもしれんぞ?』
「お前が黒幕か、神!」
通りの夕焼けに笑い声が混じる。
そしてその風の中に、ほんの一瞬だけ――黒いものが、揺らいでいた。




