第12話 光る勇者と街のうわさ
朝、白風亭の食堂はいつになくにぎやかだった。
焼きたてのパンの香りとともに、客たちの話し声が飛び交う。
「聞いたか? “光る勇者”が現れたってよ」
「ストーンリザードを一撃で吹き飛ばしたらしい!」
「しかも全裸だったとか!」
――最後の情報だけ、どうか訂正してくれ。
俺はスープをすすりながら、心の中で全力でツッコんだ。
……悪い話じゃない。むしろ英雄譚だ。
でも“裸で”って、なんだその要素。
エマがトレイを持ってやって来る。
「勇者さんって、本当にいたんですね! なんか素敵です」
「う、うん……そうだね」
「私も会ってみたいなぁ、光る勇者さん!」
「(会ってるよ今!)……あー、そうだよね」
――笑顔でごまかしたけど、心臓が痛い。
これ以上広まったら、恥ずかしくて外出られねぇぞ。
“服を着たい最強魔法使い”が、ただの“服を着られない変態”に成り下がる未来が見える。
いや、笑い事じゃない。
◇
ギルドの扉を開けると、そこも祭りのような騒ぎだった。
「光る勇者が使ったのは雷の魔法らしい」
「いや、聖なる光だった!」
セリナが目を輝かせている。
「すごいですよねぇ〜勇者さん! 依頼も増えてるんですよ!」
「依頼が?」
「“光る勇者に討伐を頼みたい”って。もう人気者ですよ!」
「いや、俺じゃないですからね?」
マリアが冷静に書類をまとめながら言う。
「そう言う人ほど、怪しいんですよ」
「……いやいやいや」
これ、もしバレたら俺の異世界ライフ即終了だな。
街を歩くだけで指さされる未来が見える。
“服を着たい最強魔法使い”が、“服を着ない勇者”に改名される日も近い。
せめて“ズボン勇者”くらいにしてくれよ、神様。
そのとき、ギルドの奥から見慣れた金髪が現れた。
「シゲル?」
リオナだ。突然の再会に思わず姿勢を正す。
「お、お久しぶりです!」
彼女はにやりと笑う。
「“光る勇者さん”?」
「ちがっ……ちがいますから!」
笑いを堪えるリオナを前に、俺は全力で弁解する。
「俺、雷とか光とか全然関係ないんで!」
「へぇ。じゃあ、誰があのストーンリザードを倒したのかしらね」
「……さぁ?」
「ふふ、まぁいいわ。助けてくれた人を、みんなが笑って話してる。それって悪くないと思う」
「……でも、笑われてるだけですよ」
「笑えるって、怖くなくなったってことよ」
その言葉が、少し胸に残った。
リオナが真っ直ぐに言う。
「恥ずかしいのも勇気のうち。あんたのその勇気、嫌いじゃないわ」
「……なんか褒められてる気がしないんだけど」
「褒めてるってば」
――そう言って笑う彼女の顔を見て、俺もつい笑ってしまった。
◇
その夜。
屋根裏部屋の小窓から、街の魔導灯が淡く揺れて見えた。
“光る勇者”の話はもう街中に広まっている。
でも、その笑いの種が俺の全裸っていうのが問題だ。
ああ……どこで間違えたんだ俺の異世界デビュー。
『どうじゃ、人気者はつらかろう?』
「お前のせいだろ……」
『恥を抱えて光る。それこそ勇者じゃ』
「褒め方が最悪だな!」
『人は光を見上げるが、裸は見上げぬ。安心せい』
「そんな問題じゃねぇ!」
ため息をついて空を見上げる。
街の灯がちらちらと揺れ、笑い声が遠くに響いていた。
……まぁ、誰かが笑ってるなら、それでいいか。
少しだけ肩の力を抜いて、窓を閉めた。
今日もこの街は、光る勇者の話でにぎやかだ。
◇
翌朝。
ギルド前でリオナが声をかけてきた。
「次の依頼、来てるみたいよ。今度は“光る影”だって」
「……また俺が疑われるパターンじゃないですか、それ」
「まぁ、頑張れ、勇者さん」
「その呼び方やめて!」
朝の風は少し冷たくて、でもどこか心地よかった。
俺は今日も服を着たまま――できるだけ普通に生きようと決意した。




