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第12話 光る勇者と街のうわさ

 朝、白風亭の食堂はいつになくにぎやかだった。

 焼きたてのパンの香りとともに、客たちの話し声が飛び交う。


「聞いたか? “光る勇者”が現れたってよ」


「ストーンリザードを一撃で吹き飛ばしたらしい!」


「しかも全裸だったとか!」


 ――最後の情報だけ、どうか訂正してくれ。

 俺はスープをすすりながら、心の中で全力でツッコんだ。


 ……悪い話じゃない。むしろ英雄譚だ。

 でも“裸で”って、なんだその要素。


 エマがトレイを持ってやって来る。

「勇者さんって、本当にいたんですね! なんか素敵です」


「う、うん……そうだね」


「私も会ってみたいなぁ、光る勇者さん!」


「(会ってるよ今!)……あー、そうだよね」


 ――笑顔でごまかしたけど、心臓が痛い。

 これ以上広まったら、恥ずかしくて外出られねぇぞ。

 “服を着たい最強魔法使い”が、ただの“服を着られない変態”に成り下がる未来が見える。

 いや、笑い事じゃない。



 ギルドの扉を開けると、そこも祭りのような騒ぎだった。


「光る勇者が使ったのは雷の魔法らしい」


「いや、聖なる光だった!」


 セリナが目を輝かせている。


「すごいですよねぇ〜勇者さん! 依頼も増えてるんですよ!」


「依頼が?」


「“光る勇者に討伐を頼みたい”って。もう人気者ですよ!」


「いや、俺じゃないですからね?」


 マリアが冷静に書類をまとめながら言う。


「そう言う人ほど、怪しいんですよ」


「……いやいやいや」


 これ、もしバレたら俺の異世界ライフ即終了だな。

 街を歩くだけで指さされる未来が見える。

 “服を着たい最強魔法使い”が、“服を着ない勇者”に改名される日も近い。

 せめて“ズボン勇者”くらいにしてくれよ、神様。


 そのとき、ギルドの奥から見慣れた金髪が現れた。


「シゲル?」


 リオナだ。突然の再会に思わず姿勢を正す。


「お、お久しぶりです!」


 彼女はにやりと笑う。

「“光る勇者さん”?」


「ちがっ……ちがいますから!」


 笑いを堪えるリオナを前に、俺は全力で弁解する。


「俺、雷とか光とか全然関係ないんで!」


「へぇ。じゃあ、誰があのストーンリザードを倒したのかしらね」


「……さぁ?」


「ふふ、まぁいいわ。助けてくれた人を、みんなが笑って話してる。それって悪くないと思う」


「……でも、笑われてるだけですよ」


「笑えるって、怖くなくなったってことよ」


 その言葉が、少し胸に残った。

 リオナが真っ直ぐに言う。


「恥ずかしいのも勇気のうち。あんたのその勇気、嫌いじゃないわ」


「……なんか褒められてる気がしないんだけど」


「褒めてるってば」


 ――そう言って笑う彼女の顔を見て、俺もつい笑ってしまった。



 その夜。

 屋根裏部屋の小窓から、街の魔導灯が淡く揺れて見えた。

 “光る勇者”の話はもう街中に広まっている。

 でも、その笑いの種が俺の全裸っていうのが問題だ。

 ああ……どこで間違えたんだ俺の異世界デビュー。


『どうじゃ、人気者はつらかろう?』


「お前のせいだろ……」


『恥を抱えて光る。それこそ勇者じゃ』


「褒め方が最悪だな!」


『人は光を見上げるが、裸は見上げぬ。安心せい』


「そんな問題じゃねぇ!」


 ため息をついて空を見上げる。

 街の灯がちらちらと揺れ、笑い声が遠くに響いていた。


 ……まぁ、誰かが笑ってるなら、それでいいか。


 少しだけ肩の力を抜いて、窓を閉めた。

 今日もこの街は、光る勇者の話でにぎやかだ。



 翌朝。

 ギルド前でリオナが声をかけてきた。


「次の依頼、来てるみたいよ。今度は“光る影”だって」


「……また俺が疑われるパターンじゃないですか、それ」


「まぁ、頑張れ、勇者さん」


「その呼び方やめて!」


 朝の風は少し冷たくて、でもどこか心地よかった。

 俺は今日も服を着たまま――できるだけ普通に生きようと決意した。

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