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第10話 西方の村を救え(後編)

 地鳴りのような唸り声が、森の奥から響いた。

 木々の隙間を揺らして現れたのは、岩のような鱗を持つ巨大な魔物――ストーンリザード。

 目が赤く光り、尾を振るだけで地面が砕ける。


「うわ……想像よりゴツいな」


「下がって、あたしが前に出る!」

 リオナが地を蹴り、剣を構える。

 その動きは風のように滑らかだった。


 リザードが突進した瞬間、リオナの剣が閃く。

 金属音とともに火花が散り、魔物の腕が半分ほど斬り裂かれる。


「くっ、硬いっ……!」


「すごい! 一撃で怯ませた!」


「褒めるより、逃げる準備して!」


 尾が唸りを上げて迫る。

 リオナが跳び退くと、地面がえぐれた。

 土煙が舞い、俺は咄嗟に剣を構えた。


「こいつ、皮膚が岩そのものだ……!」


「だからストーンリザードって言うのよ!」


「ネーミング通りすぎて逆に腹立つ!」


 冗談を言っている余裕はなかった。

 リオナの剣が次々と閃くが、与える傷は浅い。

 リザードの巨体が動くたびに地面が振動する。


「シゲル! 左から回って!」


「了解!」

 俺は迂回し、隙を狙って剣を突き立てた――が、

 カンッと音が鳴っただけだった。


「刃が、通らない……!」


「下がって!」


 リオナが俺を押しのけ、尾の直撃を受け止める。

 土煙の中でリオナがよろめき、血が腕を伝った。


「リオナさん!」


「平気……まだやれる!」


 だが、彼女の呼吸は荒く、体勢も不安定。

 リザードが再び口を開き、灼熱の息を吐こうとした。


 ……ダメだ。このままじゃ、やられる。


 服を着たままじゃ、何もできない。

 でも、人前では脱げない……!


 頭の中に、あの声が響く。


『おぬし、覚悟はできたか?』


「うるせぇよ、(ジジイ)……! もう黙って見てろ!」


 俺は走った。村の裏手、視線の届かない藁小屋の影へ。

 上着を脱ぎ、ズボンを蹴り飛ばす。

 秋風が肌を打ち、全身の魔力が沸き立つ。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間をモザイクが覆う。股間のモザイクは細かめだ。


 胸の奥が、熱く燃える。


「……いくぞ」


 雷のような気配が空を走る。

 手を掲げ、意識を集中させた。


 雷よ撃て!

雷槍(サンダーランス)


 青白い稲妻が大地を貫く。

 雷の槍がストーンリザードの胴を貫通し、爆発的な雷鳴が響いた。

 空気が震え、村の屋根が一枚吹き飛ぶ。


「きゃああぁっ!?」

 リオナが咄嗟に腕で顔を覆う。

 光が収まったとき、ストーンリザードは黒焦げの岩塊と化していた。


 煙が上がり、静寂が訪れる。

 その光の中で、リオナは確かに見た。

 ――光の中に、ぼんやりと立つ人影を。


「……あれ、誰?」


 俺は全力で服を着直し、髪を整え、息を整えて現場に戻る。

 リオナがこちらを振り向き、目を見開いた。


「シゲル! 無事だったのね!」


「え、ええ、ちょっと……裏の方に逃げてました」


「そう……よかった」


 彼女の表情に、安堵の笑みが浮かぶ。


 そこへ村人たちが駆けつけた。


「光の勇者様が……! あの化け物を倒してくださった!」


「え、勇者?」

 リオナがきょとんとする。


「たぶん、さっきの光の人のことよ」


「へぇ〜……勇者ね。いい響きだ」


 俺は乾いた笑いを浮かべた。


「ま、正体不明ってところがミソですよね」


「あなた、なんか含みのある言い方するわね」


「気のせいです!」



 戦闘後、商人が涙目で報酬の金貨1枚を渡してきた。


「命の恩人です! 本当にありがとうございました!」


「いや、こっちは仕事ですから」


 俺は報酬を受け取り、こっそり心の中で呟いた。

 宿代、確保……!


 村の修復を手伝い、夕方。

 リオナが剣を鞘に収め、空を見上げた。


「久々に骨のある相手だったわ」


「……本当にすごかったです。俺なんて、何もできずに」


「そんなことない。動きは悪くなかったわ」

 リオナが笑って、俺の肩を叩く。


「それに、あの“光の勇者”が現れたとき、あなたの姿がなかった」


「え? ああ、はい、逃げてました!」


「……そう」


 リオナはじっと俺を見つめたが、すぐに笑った。


「まぁ、いいわ。生きてればそれで十分」


「……ですよね」



 夜道を二人で歩く。

 虫の声と風の音だけが響く。


「ねぇ、シゲル。あなた、何か隠してない?」


「いや、隠すほどのもんは……」


「ふふっ、そういうことにしておくわ」


 リオナの横顔が月明かりに照らされ、金髪が光る。

 彼女は少しだけ柔らかい声で言った。


「今日みたいに、誰かを守れるのは悪くないでしょ?」


「……そうですね」


 俺は苦笑して、ポケットの中の金貨を握りしめた。

 そのとき脳内にまたあの声が響いた。


『見せ場も脱ぎどころも完璧じゃのう、シゲルよ!』


「黙れ(ジジイ)ィィ!」


「え?」


「い、いや、虫が!」


 リオナが呆れた顔で笑い、俺も笑った。

 雷の余韻がまだ空に残る。

 光の勇者と呼ばれた男は、今日も全裸で世界を救った。

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