戦鬼
亡き人の眠る場所を墓地と呼ぶのなら、この胸を指し示してそう呼んでも差し支えはない。
「ポエムだな」
立体映像となって小さな台座の上で微笑む妻の姿に、彼女が好んだ一輪の赤い薔薇を手向けた松長昌利が感情が抜け落ちた顔で一人呟いた。
アオヤマの地下街には遺骨の一部と映像データーを預かり、亡き人を忍ばせる今様の個人墓地が散見される。
科学と魔術が雑多に入り交じり、その気になればクローン再生すら可能な禁忌なきこの時代に、個人の墓に詣でるなど時代錯誤な行為かもしれないが、それがおかしなことだとは松長には思えなかった。
人の思考がロジカルになり、デジタルなゼロとイチが世を覆っても、ヒトは本質的に感情に生きるアナログな生き物だ。
スペクトルメーターの波形のように角張った日々の痛みを、記憶に生きるヒトの温もりで僅かでも滑らかに感じたいと願う想いを、軟弱だと嗤われねばならない道理はない。
「・・・・・・あまりに、らしくないな」
スーツを身に付けた松長が寂しく笑う。
「君はこんなやり方を決して望まない。わかってはいるんだよ、だが、だがな、エミリア・・・・・・」
いつしか四季は語り草となり、雨季と乾季すら姿を消して半世紀。晴れが続けば灼熱地獄、降り始めれば一週間はどしゃ降りが続く。
巨大工場群が姿を消してすでに久しいというのに、トウキョウ穢土に降る雨は強く酸化し人を害してゆく。
(なんのことはねぇ。亡者にはこの街の雨すら清すぎるのさ)
雨水をこぼす曇天を見上げる市ノ瀬に祈る神はいない。
だが、祈らねばいられない気持ちは分かる。
アオヤマ地下街へと続く地下道の入り口、その軒下を遠慮した市ノ瀬は、雨の中でエア・シールドも広げずにじっと耳を澄ませた。
「内部調査部の質も堕ちたものだ」
靴底を鳴らして傍らに並んだ松長が辛辣に嗤う。
鼻を鳴らした市ノ瀬が苦笑して肩をすくめた。
「主義主張は横に置いといて、一致団結して侵略者と戦いましょうってご時世だ。人類で殺し合ってた俺らの頃と違っても仕方ねぇわさ」
彼らが戦ってきた二十年間は異見統一の期間だ。
戦国乱世だった、とっても過言ではない。
多用な異見が表面上であれ統一され、内向きの諜報活動は内務調査、或いは公安警察活動に置換され、レギオンは持てる戦闘力を都市の外に向けることが可能となった。言うなれば、レギオンが行う諜報活動の質を変えたのは自分たちなのだ。
「とはいえ、さすがに舐められすぎだな」
不満げに目を細めた市ノ瀬の前に、軽自動車サイズの多足バトルロイドを従えた黒塗りのワゴン車止まり、二人を取り囲むように降りてきた六人のスーツの胸元は不自然に膨らんでいた。
全員が中型魔獣を一撃で屠る軍用拳銃で武装している証しだ。
しかし、武装したシュバリエは一騎もいない。
男たちはこう思っているのだ。
二十ミリ機関砲を二門装備した六足歩行の対人用バトルロイドが付き従っている以上、生身相手に不足はない、と。
「危機感の欠如、現状認識能力の不備。彼我戦力の検討すら怠っているか。評議会は相当に老いたな」
「そりゃ、ひでぇ評価だぜ。奴らの目となる魔女の指先を切り落としたのは、お前さんだろ、松長?}
「鞍馬を切り、藤堂の動きを封じる。目論みどおりの結果ではあるが・・・・・・な」
「なんで不満そうなんだよ、まさか手応えなくてつまらねぇとか言うつもりじゃねーだろうな」
「まさか。必勝こそ武人の本懐だ、俺は戦を楽しむウォーモンスターではない」
「鏡を見てみろよ、松長。凶悪な人外が待っているぜ」
「貴様が言うか、市ノ瀬」
「ふふふーー」
「くくくーー」
二人の男が声を上げて笑った。
屈強なスーツ姿の男たちに囲まれてなお、楽しげに哄笑していた。
目を細めた先頭の男が慇懃に、その実有無など言わせぬ調子で口を開いた。
「内調の斉藤です。松長百人長、市ノ瀬士隊長の両名に対し、複数の殺人に関与した嫌疑により査問会への出頭命令が出ております。ご足労ですが、本部までご同道を願います」
「斉藤、何故撃たぬ?」
松長が露骨に呆れる。
が、斉藤には意味が分からなかった。
二人には査問会に出席する義務があり、内部調査部には彼らを連行する権利がある。銃を抜く必要など微塵も存在しない。
「ヌルイな」
武器とは使うための道具であり、所持することで安心するための護符ではない。
その誤解を松長はヌルイと呼んだのに、当の彼らにぬるま湯へ浸っている自覚はなかった。
髭面に冷笑を張り付け、松長が動いた。
周囲の男たちを意にも留めず、無造作に踏み出して丸太のような左腕を振り下ろす。
バチバチバチ!!
ただの手刀が電磁砲すら凌ぐバトルロイドを真っ二つに断ち切っていた。
「なっ!?」
「!!」
事態に置いていかれた男たちに、松長は容赦なく回し蹴りを見舞う。密集が仇となり三人が吹き飛んで路面に沈む。
だが、男たちとて『士団』の猛者だ。相手がその気なら彼らとて容赦などしない。
「おのれ抵抗する気か!」
「かまわん、発泡を許可する!}
ボキ!
低く踏み込んだ市ノ瀬の肘が、銃へ手を掛けた男の肋骨を砕く。
「ぐ・・・・・・がぁ」
白目を剥き倒れ伏す男を尻目に市ノ瀬は一切止まらなかった。
達人特有の流麗な動作で手のひらを突き上げると、呆然自失の斉藤の隣で顎を突かれた隊員の巨体が崩れ落ちる。
三秒にも満たない圧倒的な制圧劇ーー
「ば、ばかな」
「なぁ、斉藤。お前さん、ちっとばかし弛んじゃいねぇか?」
心底つまらなそうな一言。苦痛の唸りがアスファルトを叩く雨音に紛れ、拳の形を背中に浮かばせた斉藤は口許から泡をこぼして昏倒した。




