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悪郎の幸福論  作者: ま行


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転換

「呼び出された理由は分かっているね?」


 悪郎は魔界に戻って上司と話をしていた。上司は険しい表情で悪郎を見ていた。デスクの上にパサリと投げ出されたのは、悪郎が人間界で行っていることがまとめられたものであった。


「君が契約者に行っている行為はとてもではないが堕落と程遠い。実際佐久間進の魂は洗練されつつあり、今のところ堕落の見込みは一切ない。これは君の行動が招いたことだ」

「否定はしませんよ」

「…言われなくても分かっているとは思うが、悪魔は魂を堕落させてこそだ。それを達成するため一時的に与することはあるが、目的を履き違える悪魔はいない。しかし君はどうだ、ただただ人間に利するばかりで堕落から遠ざけている。私の言っていることは間違っているかね?」

「いいえ、正しい評価かと」

「これは悪魔の沽券に関わる問題だ。人間にとって悪魔が便利に使える道具だと思われては困るんだよ。それがどれだけ魔界と他の悪魔に悪影響を及ぼすか分からない君ではないだろう」


 悪魔は人間を堕落させその魂を回収する。悪魔と関わったものの最後には必ず死と破滅が待ち受けており、その魂は燃料として業火に焚べられる。その目的を達するために悪魔はあらゆる手段を講じる。


 だがその目的はあくまでも堕落させるためであり、それを達成できないばかりか、悪魔の力を堕落以外の目的で使うことは許されない。ある程度は個々の判断と裁量に任されているが、目的からあまりにも逸脱していると処罰の強制執行を受けることになる。


 悪郎は進を堕落させるどころか、健全な肉体に戻し生活習慣を改善させ、態度を改めさせ善悪を自分で判断できるように導いている。悪魔らしい行いとは到底言えなかった。


 詰問されている立場の悪郎は圧倒的不利にある、しかしそんな素振りは一切見せず、それどころか悪郎は余裕の態度でしゃあしゃあと言ってみせた。


「お言葉ですがね、俺の行為に関して上で文句を垂れているであろうものは手ぬるいですよ。昔はどれだけせっせと魂を運んだのか知りませんが、数だけ運んでいい気になっているようじゃ偉いとは言えんでしょう」


 悪郎はこともあろうに、上司へと苦情を下ろしてきた上級悪魔への反論をし始めた。途端に大汗をかく上司を尻目に、悪郎は話を続けた。


「我々も時代と人間に合わせた堕落方法を考えるべきではありませんか?いつまでも前時代の遺物が我が物顔で居座り下級悪魔に文句を垂れるなどと、上級悪魔としてのプライドってものはないのですか?どっしりと腰を据えて待つこともできないとはまったくもって嘆かわしい」

「き、君!今すぐその発言を取り消しなさい!」

「いいや取り消しません。そもそもちまちまと小悪党の魂を堕落させていい気になっている現状がおかしいのです。悪魔とはそんなにもスケールの小さな存在ですか?時の権力者、有力者、偉人、そんな存在を誑かし惑わし魂を堕落させてこそ悪魔の本懐と言えるでしょう」


 悪郎の暴言は止まらないばかりか、饒舌さが増して弁が波に乗ってきた。


「今俺は人間を使って実験をしているのです。健全化させた強靭な魂を育み、それを堕落させることで効率的なエネルギー源を生み出す。その試みを邪魔される謂れはありません。そして俺の行動に文句をつけられる筋合いもない。いいですか?今度苦情がきたらこう言い返してください。黙って見てろ、それだけです」

「そ、そんなこと私には言えないよぉ…」

「でしょうね、上位の存在ですから。下位の存在をいたぶって楽しんでいるのでしょう、悪魔の質も下がったものです。座に固執することがお好きならどうぞご勝手に、俺は俺のやり方でやります。今度下らないことで呼び出したら俺も黙っていませんよ、俺の持つ力をすべて使って魔界を破壊しつくしてやります」


 言い切った悪郎はそのまま踵を返し魔界を去った。残された上司と一部始終を見ていた同僚は戦々恐々と慄き、ただただ悪郎が去るのを見送るしかなかった。


 悪郎に散々虚仮にされた名のある上級悪魔たちは皆怒り、生意気な悪魔に報復をと考えたが。最上級悪魔である魔王がそれを止めた。それどころか、悪郎の行いを静観し邪魔立てをするなと申し付けた。


「何故ですか王!あのような狼藉見逃していいはずがない!」


 一人の上級悪魔は食ってかかったが、魔王からギロリと睨みつけられると黙り縮こまった。


「我の決定に文句をつけるとはいい度胸だ。今ここでお前を消し炭に変えてやってもいいぞ。もちろんその覚悟あっての発言だよな?」

「いえ…、ただ…」


 魔王がグッと拳を握りしめると、口答えをしていた上級悪魔がバラバラに千切れて弾け飛んだ。周りの悪魔たちは大量の返り血を浴びて言葉を失った。


「あれは中々いいじゃないか。取るに足らないゴミカスではあるが、こちらに噛みついてこようという気概がある。ここ最近の悪魔共は優等生ばかりで好かん。お陰で業績は上がり業火の勢いこそ強まってはいるが、燃焼効率の上昇は微々たるものだ。我はもっと派手に燃え上がる火が見たい」


 誰も魔王の意見に口を出そうとするものはいなかった。それを見てつまらなそうにため息をつくと魔王は玉座を立った。


「変な奴がいると思って見ていたが、中々に面白い奴だ。あれだけ大口を叩いたのだ、出来損ないなりに何かやってみせろ。ま、大して期待もしておらん。取るに足らぬ悪魔が好きにしたところで我にとっても魔界にとってもどうでもいいことだ」


 昇級して名前持ちになった悪魔たちは、その座を守ることに必死になり、魔王としてはまったく面白くなかった。その点悪郎の自由ぶりは見ている分には面白いものであった。悪郎は期待されてはいないが、邪魔もされないというお墨付きを知らぬ所でもらうことになった。




 魔界から人間界に戻ってきた悪郎は、体中からぶわっと冷や汗が吹き出していた。バクバクと飛び跳ねる心臓を押さえつけるに胸に手を当てる。


「はぁ、マジで殺されるかと思った…」


 平気そうなフリをしていた悪郎であったが、内心はビビり散らかしていた。危ない発言を繰り返して、散々喧嘩を売ったのでそうなってもおかしくなかったのだが無事に帰ってくることができた。


「一応許されたってことだよな…。だけどこれでしばらく魔界には帰れなくなったな」


 帰れなくて困ることはなかったが、これで何の結果もなしに魔界へ戻ることはできなくなった。何かしら目に見えるかたちで結果を持ち帰ることができなければ、悪郎は粉の如くすり潰されて終わりことだろう。


 だが悪郎は悩んでいた。契約があるとはいえ、進を殺して魂を奪うことに迷いを感じていたのだ。進の成長を見守ることにやりがいを覚え始めていた悪郎は、進の命をここで終わらせてしまっていいのかと迷っていた。


「いや、もう誤魔化しは効かないな。俺は今進を殺したくないと思っている。これから先この感情がどう変わるかは分からないが、今の俺の偽らざる気持ちだ」


 ならばどうすればいいかと悪郎は考えた。進の近くにいて、魔界に仕事をしているように誤魔化しが効き、健全な魂の育成をまとめて達成できる方法はないだろうかと頭を働かせた。


 しばらく考え込んだ悪郎は、ようやく一つの考えに至った。そして今度はそれを実行するべきかを悩んだ。悩んだすえに「まあいいか」とパチンと指を弾いた。


 悪魔としての身体的特徴は、ほぼ人間と同じである。あまり人間離れして悪魔じみた見た目をしていると、召喚者に警戒心を与え対策されてしまう可能性があるからだ。それに姿形が似通っているというだけで、心の隙間へ入り込みやすいという利点もある。


 人間と大きく変わっている所と言えば、背には黒い翼があり、耳が尖り八重歯が鋭い、頭に大きくはない角が生えている程度である。それ以外では悪郎なら二十代前半くらいの成人男性に近い見た目であった。


「翼は元々出し入れできるからよし、角は駄目だ引っ込めて無くしてしまおう。耳は丸めて、八重歯はまあそのままでいいか。あまり幼い印象にするのも考えものだから、17歳くらいの年齢設定にしよう」


 悪郎は魔法を使って自分の姿を人間と同じように変えた。完成した時には、17歳の若々しく美形な男子の姿形に変身していた。背は少し縮めたものの、スタイルもよくモデルのような容姿をしている。


 悪魔としての特徴を調整し人間の姿に変えた悪郎は、体の調子を確かめるように軽くストレッチをした。自分の変化に問題がないことを確認すると、次に必要なことをするために佐久間宅へと戻るのだった。

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