第五話 予兆
黄色い空。地平線から天頂にかけての黄色いグラデーションだ。どうやら僕は、地に臥し天を仰いでいるようだ。体を起こそうにも、体が動いてくれない。意識と体が分離しているような不思議な感覚がする。
ぼんやりと黄色い空を眺めるほかなかった。
雲もなければ鳥もいない、絵の具で黄色いグラデーションを作っただけのような空。空とも言えるか怪しい空。
…………!
その空が、一瞬の間だけ、形を変える様を僕は見逃さなかった。黄色い空が全体的にゆがんで見えた。僕はやけに冷静だった。驚きもせず、特段何かを思うわけでもない。元の姿に戻った空をただ眺めるだけ。
意識したわけではなかった。いつのまにか、視線を空ではなく地上に向けていた。一本のレールが敷かれていた。そこでやっと、自分がレールの敷石の上に寝そべっていることを知った。いや、僕は、レール上に寝そべってなどいない。体がここにはない。あるのは、意識だけだ。直感的にそうだと思った。
ここから、何メートルか先のレール上に人影が見える。
人影は僕から少しずつ離れていっていた。
追いかけないと。
僕は使命感のようなものを感じたが、この「意識」はどうにも動かない。
僕は明らかにあの人影を求めていた。この意識の帰る場所だとなぜだか思っていた。
あの人影こそが僕の「体」だ。取り戻さないと。
気が急く。動けず、体をただただ見続けることしかできない。じれったい。そのときだった。
リッリッリッリッリッリッリッリッリッリッリ……!
規則的な駆動音とともに、あの体のさらなる向こうに黒い影が出現した。レールの上、言うまでもない。あれは、汽車だ。蒸気機関。汽笛を鳴らし、接近してくる。
まずい。
数十メートル先の僕の体は、その接近にまるで気づいていないかのようだった。向かってくる汽車に対し、避けるどころか向かっていっている。
間に合うはずがなかった。体は一瞬のうちに、汽車に飲まれてしまった。僕の体が、吹き飛ぶ様を人ごとのように見ている暇はなかった。今度は、この意識が吹き飛ぶ番だ。心の準備も何も、まったく状況が理解できないまま、汽車は最接近。猛スピードだった。
そりゃ、死ぬよな……。人身事故だ。グチャッとな。――でも……でも!
最後まで、目だけは閉じなかった。もっとも、意識に目なるものがあるか不明だが。