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第六話

 ゆっくりとまぶたを開け、外の光を取り入れる。何度か瞬きをするうちに外の景色が鮮明に映った。

 小日向ロロナの前に、誰かが立っていた。腰より下しか見えなかった。立っている誰かに対し、ロロナは脚を前に投げ出し壁にめり込むようにして沈んでいた。

「こ、ここは……」

 まだ本調子でない頭で、ロロナはつぶやいた。

「あっ……えっと、だ、大丈夫ですか?」

 遠慮がちだが、若々しい声だった。ロロナは視線を上に向けた。メガネをかけた、痩身の青年男子だった。十六歳のロロナよりは間違いなく年上だと思った。

「だから、ここはどこなんですか……?」

 その場から立ち上がろうとすると、背中がうずいた。思わず顔をしかめた。

「む、無理なさらずに……!」

「……大丈夫」

 青年の気遣いもお構いなしにロロナは自力で立ち上がった。

「えっと……ちょっと、近い」

「す、すいません!」

 青年は素早い動作で一、二歩後ろに下がった。

 ロロナはさっと周囲を見た。さして広くない一室だった。隅に勉強机、畳の上には布団が一枚敷かれていた。この青年の勉強部屋かなにかだった。

 全くもって知らない場所。もちろん、この青年のことも知らない。だが――

 ――脱走、爆発、魔物……。

 フルール友和学園女子寮をぬけだし、魔物もろとも魔法陣に飛び込んだ記憶はあった。だからロロナは、自分がこの青年の部屋にいる理由はなんとなく予想がついた。だが、万が一ということもあり得る。あえて強気で、青年に訊く。

「あの、状況を説明して、くれ、ま・す・か? どうしてわたしが、こんなとこにいるのか」

 ロロナは一応、魔法陣を踏む以前から身にまとっていたフルール友和学園の制服の乱れ具合を確認した。胸のリボンが少し緩んでいる。あやしい……。

「あっ、えっと」

ロロナのいぶかしむ目に戸惑いつつも、青年は「三十分くらい前、」と弁明を始めた。

「ものすごい音がして、目が覚めて、起きたら、きみがそこにいて……、あっ、別に僕は何もしてないよ! ただただ、いきなりだったから、驚いてただけ、です……。ほ、ほんとですよ!」

 青年は身の潔白を示そうと、身振り手振りまでして必死そうだった。それがちょっと滑稽で、(たぶん)年上になにさせてんだろ、と思ったので、青年の言葉を信じることにした。

「わかりました。状況は、なんとなく。えっと、わたしが勝手に、あなたの部屋にお邪魔しちゃった感じですね。たぶん、あのあたりから」

 ばつの悪い表情でロロナは青年の後ろを指さした。

「あ……なるほど」

 派手に破けた、押し入れのふすまを前に、青年は怒るかと思ったが、勝手になぜか納得していた。

「あっ、もしかして、お宅のふすま、昔からあんな感じだったとかですか??」

「うーん、それはないですね……」

 おどけて見せたロロナに対し、さすがの青年も若干あきれ顔だった。

「そ、そうですよね……。へへ。そうだ、ちょっと見せてもらえます、お宅の押し入れ?」

「ど、どうぞ」

 青年の表情はあえて確認せず、現場確認。青年の押し入れのふすまを突き破って、わたしはこの部屋に来たと……。魔法陣を踏んで、この押し入れに瞬間移動テレポートしたのなら――

 ロロナは、青年の許可もなしにふすまを開けた。空っぽの押し入れの中をくまなく調べた。

「手がかりなし……かぁ」

 魔法陣のテレポート先は別の魔法陣だと、ロロナの長姉である小日向ミロナが言っていた。ミロナはロロナと違って、もう腕利きの「魔狩人まかりびと」だ。魔術の才に恵まれ、知識も豊富である。だから、ロロナは長姉の言ったことに確信を持って、魔法陣を探したのだが見つからない。とすると……。

「この部屋に、わたし以外の何かがやって来ませんでしたか?」

「ど、どうかなぁ? 特には……」

「魔物とか」

「な、生もの?」

「ふざけないでください。魔物です、ま・も・の」

「え?」

「この世に生きてるんだったら、一度や二度、お目にかかったことあるでしょ? ないの?」

「いや、そう言われても、ないものはないとしか……。魔物なんて、ファンタジーの世界の話だし」

「……あーね」

「えーっと、もしかしてのもしかしてなんですけど、もしかしてきみは、ファンタジーの世界から来たとか、ですか?」

「…………」

「えっと、すいません、そんなわけ――」

「あるかもですね」

「えっ!」

「お宅にとって、魔物がいる世界がファンタジーだとしたら、わたしはそのファンタジーから来たことになりますね。まあ、わたしにとっては、魔物のいない世界の方がファンタジーなんですけど。ねえ、ほんとに魔物はこの世界に存在しないんです? お宅が無魔論者とかってことは?」

「あの、すいません、さっきからなにをおっしゃっているのか理解に苦しむんですが、少なくとも、魔物なんていうのはいませんよ? この世界は平和です」

「どうかなーそれは。平和でいられるのは今のうちだけかもしれませんよ? わたしが魔物、連れてきちゃったみたいです」

「は?」

「あるべきはずの魔法陣が、そこの押し入れにないのは何よりの証拠。この世界に流入した魔物が、魔力増強のため貴重な魔法陣を吸い取っちゃったみたいです。わたしが、あなたにとっての異世界から連れてきた魔物は、侵奪者マンイーターです」

「…………?」

「ちょっ! なんか反応くださいよ!『え!? 侵奪者!?』みたいな!」

「す、すいません……」

「……まあ、いいです。で、侵奪者っていうのはですね、その名の通り、人間の体を乗っ取る魔物です。一度とりつかれた人間は、だんだん意識がもうろうとしていき、二十四時間以内には意識を失う。侵奪者が人間の魂を殺し、もぬけの殻となった体を支配するんです。たとえば、お宅が今、侵奪者にとりつかれているとしたら、明日には意識がなくなっているでしょう。そしてお宅の意識は永遠に戻ることはない。しかし、お宅の体はいつか再び目覚めるでしょう。なぜだか、分かりますよね?」

「僕の意識の代わりに、侵奪者が僕の体を支配するから……って、そんわけあるはずが……」

「ない、といえればいいんですけどね。侵奪者と一緒にこの世界に来ちゃったんで、第一の被害者が、明日にはでるかもしれない。それは、お宅かも、というか、お宅が一番怪しい。だってそうでしょ、わたしと侵奪者は、お宅の押し入れから現れたんだから。侵奪者が、手始めにお宅の体にとりついたっておかしくないでしょ?」

「いや、あの僕はぜんぜんどこも痛くもかゆくもないですし……」

「あたりまえでしょ? えっと、三十分前でしたっけ? わたしがここに現れたのは?」

「そうですけど」

「だったら、これから意識がもうろうとしてくる可能性だって十分あり得るんですよ? やばくないですか?」

「あの……頭ぶつけたりとかしてませんよね? さっきけっこう痛そうにしてましたけど」

「ふざけないで! にわかには信じがたいことかもしれないけど、現にこの世界のどっかに侵奪者がいるんですよ!? しかも、あなたの体にとりついちゃってる可能性も! あの、不吉な予感だったり、不吉な夢を見たりだとかはないんですか?」

「…………」

「だから、なんか思いつかないんですか?」

「……わからないです。侵奪者だとか、きみがそこまで必死になる理由だとかも」

「言ってませんでしたっけ?」

「え?」

「わたしは、あなたにとってのファンタジーから来たって」

「そういえば」

「わたしは、はっきり言ってあなたが住む世界なんてどうなったっていい。わたしの世界じゃないから。平和ぼけしたこの世界で、侵奪者が何千人の体を奪おうが関係ない。でもね、異世界あっちの住人の、わたしからしたら、向こうに戻るてがかりは、侵奪者しかないわけです。わかりますか? だから聞いてるんです。侵奪者の不吉な予兆はありませんでしたかと」

「……。いいえ」

「うーん」

「う、疑ってるんですか? 本当になにもないですって!」

「……。はぁ」

「ど、どうしたんです?」

「ご覧の通り疲れちゃいまして……へへっ、すいません」

「えっと……」

「のどもからっからーーーっと!」

「お茶飲みます?」

「え! いいんですか? 悪いですねー」

「あ、ちょっと……勝手に出て行っちゃったけど……」


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