熱視線
オレは、ビーの家のリビングのソファでくつろいでいた。
ビーもそのうち来るだろうと思って、本を読みながら待っていた。
ほどなくして、ビーがふらりとやってきた。
あれ、珍しく本を持っていない。
いつもなら一冊くらい持ち歩いてるのに。
読んでいた本を横に置いた。
「ビー? どうしたの?」
あれ? 返事がない。
俯いているせいで、銀髪に表情が隠れている。
いつものように隣へ腰を下ろしたかと思えば、こてん、と肩に頭を預けてくる。
「……ビー?」
珍しいな。
いや、普段から距離は近いし、こうして寄りかかってくることもある。
ただ、今日はなんというか。
やけに体重を預けてくる。
自然と手がビーの腰に回った。
「……シャイナ」
「ん?」
ようやく名前を呼ばれたので、顔を覗き込む。
——え。
頬が赤い。
いつもは鋭い銀色の瞳が、今日は妙に潤んでいる。
少し開いた唇から、熱っぽい息が漏れていた。
「……っ」
心臓が跳ねた。
なんだ、これ。
ちょっと待って。
なんか、いつもと雰囲気違うんだけど。
平静を装い、いつも通りに声をかける。
「……どうかした?」
「……ん」
ビーがゆっくり顔を上げた。
潤んだ瞳が、真っ直ぐオレを捉える。
近い。
いや、いつも近いんだけど。
今日は、なんか、その。
妙に色っぽいというか。
「シャイ、ナ……」
「え? え?」
こちらを見つめたまま、ビーの手が伸びてくる。
鍛えているのに、オレとは違うほっそりとした指が、頬に触れた。
——熱い。
触れられたところから、熱が広がっていく。
待って、待って。
近くない?
いやいつも近いんだけど、今日は、今日は雰囲気が……!
ビーの顔がさらに近づいてくる。
いつも見ている綺麗な銀の瞳が、熱を帯びている。
普段あまり表情が変わらないのに、そんな顔もするんだ。
余計に心臓がうるさくなった。
なんだこれ。
夢?
ごくりと唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。
目を逸らせない。
オレの「好き」が恋愛の「好き」だって、やっと気がついてくれた?
ビーの瞳がゆっくりと閉じていく。
本当に?
え、一回確認したほうがいい?
でも、ビーから来てて、オレに断る理由なんて……。
支える腕に勝手に力が入る。
そんな顔で迫られたら、オレだって、オレだって——
もう我慢しないよ。
ビーの頬に手を伸ばしかけた。
「……も、無理」
「え?」
ぐらり。
ビーの身体が傾いた。
「わっ!?」
そのまま、オレの胸に倒れ込んでくる。
「え、あ、え? ビー?」
慌てて抱き止める。
腕の中で、ぐったりと力が抜けていた。
「ビー!? どうした!?」
「……き、きつい」
「えっ」
先ほどよりも顔は真っ赤になっていて、眉間に皺が寄っている。
「……頭、痛い」
「!」
すぐに額へ手を当てる。
熱い。
めちゃくちゃ熱い。
「熱あんじゃん!!」
「……ん」
「いつから!? なんで言わないの!?」
ビーの口から、荒い息が漏れる。
「……さっき、から?」
「さっきっていつ!?」
「……わからん」
「わからんって!」
ビーはオレの胸に額を押しつけたまま、小さく息を吐いた。
喋るのも辛そうだ。
「……うるさい」
「ご、ごめん!」
慌てて声を落とす。
いや、待って。
オレ、今、何考えてた?
顔赤くて、目が潤んでて、息が荒くて。
そりゃ熱もあるよね!?
何を期待してたんだ、オレ!!
「……シャイナ」
「な、なに?」
「……部屋……」
「あ、うん! 連れてく。もちろん!」
背中に腕を回し、もう片方の手を膝の裏に入れる。抱き上げようとすると、ビーは抵抗することなくオレの首に腕を回してきた。
いつもなら「歩ける」とか言いそうなのに。
これは相当しんどいんだ。
「ちょっと揺れるよ」
「……ん」
軽く抱き上げる。
額が首筋に触れる。
やっぱり熱い。
小さなつぶやきが、胸元から聞こえた。
「……悪い」
「何が?」
「……重いだろ」
「全然。軽いくらいだよ」
「……そうか」
ビーが安心したように目を閉じる。
「……お前がいて、よかった」
「…………っ」
だから、そういうことをこんなときに言うなよ!!
いや、こういう時だからだけどさ。
「……オレでよかったよ」
ようやくそれだけ返した。
ほんと、ほんとにそう思う。
もし、他の誰かにこんな風に甘えてたら……。
いや、考えただけで落ち着かない。
とりあえず寝かせて、水を飲ませて、エチルスを呼んでこよう。
それから、ちゃんと休ませないと。
腕の中で大人しくしている幼馴染を見下ろす。
赤い頬。
伏せられた長い睫毛。
首に回った弱々しい手。
……かわいい。
いや、違う。
今はそういう場合じゃない。
「ビー、もうちょっとだからね」
「……ん」
オレの胸元に、すり、と頬が寄せられる。
「…………」
お願いだから、大人しくしてて!
いや、大人しいんだけどさ。
胸の鼓動はそう簡単に収まりそうになかった。




