二人の日課
十歳くらいの頃には、幼馴染のビーの家で過ごすことがシャイナの日常になっていた。
風呂から上がってリビングへ行くと、ビーはすでにソファに座ってくつろぎ、本を読んでいた。
小さく細い体で分厚い本を抱える姿は、少し不釣り合いに見えた。
タオルを首にかけてはいるが、短い銀髪の毛先からはまだ雫が落ちていた。
髪はあちこちに跳ねていて、雑に拭いただけなのがわかった。
本人は本に夢中で、濡れた髪など気にもしていないらしい。
ビーは、昔から自分のことには無頓着だ。
見た目は気にしないし、服装は動ければいい。
本に夢中になると、食べることも寝ることも忘れてしまう。
だから、ほっとけない。
——あのままだと風邪ひくんじゃないかな。
そう思った矢先。
「くしゅん」
ビーは小さなくしゃみをした。
シャイナは軽く息を吐くと、いつも通りビーの隣に腰掛けた。
「ビー、髪濡れたままにしとくと風邪ひくぞ」
「んー……大丈夫だ」
視線は本の文字を追っている。
——絶対聞いてないな。
幼馴染の勘がそう告げる。
かといって注意しても、また雑に拭くか、「あとでやる」とか言うだけだろう。
「ビー、タオル貸して」
「ん」
シャイナはその短い返事を、勝手に許可と受け取った。
首にかかっていたタオルを取り、ビーの濡れた頭に被せた。
さすがに、ビーがこちらを向いた。
「なんだ?」
「ちょっと後ろ向いて。オレが髪拭いとく」
「なんでだ?」
「そのままにしてたら、風邪ひくだろ」
「ひくとは限らないぞ」
「さっきくしゃみしてたじゃん」
「たまたまだ」
「いいから、こっちに背中向けて」
ビーは不思議そうに首を傾け、身体を斜めに向けて座り直した。
タオル越しに、頭全体をわしゃわしゃと拭いていく。
「いて。ちょっと雑」
「文句言うなよ」
「もうちょい力、弱めろ」
「これぐらい?」
「もうちょい強めでもいい」
「わがままだな」
「俺は頼んでないぞ」
「はいはい」
ちょうどいい加減になったのか、ビーが黙る。
だんだんと肩の力が抜けていく。
読んでいた本はいつの間にか閉じられ、傍に置かれている。
——あれ? 意外と気に入ってる?
今度はまだ湿っている毛先をつまんでは、タオルで挟んで水気を取っていく。
「いて、引っ張りすぎだ」
「自分の髪じゃないからわかりにくいんだよ」
そんなやり取りを何度か交わす。
髪がだいたい乾いたところで、手櫛を通して軽く整える。
その頃には、ビーは何も言わずに、ただ身を任せてくれていた。
「ほい、できた」
「……」
「どした?」
ビーが肩越しに、少しだけこちらを見た。
「……また頼む」
聞き逃しそうなほど、小さな声だった。
「へ?」
「……」
思わず口元が緩んだ。
「うん、いいよ」
「助かる」
◇◇◇◇◇
それから数年——
ビーの髪を拭くことは、すっかりシャイナの日課になっていた。
「ビー、まだ寝るなよ」
「……ん、起きてる」
慣れた手つきで、髪を拭いていく。
文句はあまり言われなくなった。
「今、寝かけてるだろ」
「……気持ちいいからな」
「……そういうこと、サラッと言わない」
「?」
ビーは怪訝そうに振り返ろうとする。
シャイナは慌ててその頭を押さえ、正面に戻す。
「もう終わるから、前向いてて」
「ん」
数年前と変わらないその短い返事に、今はやけに心臓がうるさかった。




