ベルロワ子爵邸の朝
朝、私は、柔らかいベッドの中で、目を覚ました。
——え、ベッド?
最初の数秒、自分が、どこに、いるのか、分からなかった。
地下の、藁の寝床。
ごわごわの、麻の毛布。
カビ臭い、空気。
——違う。
天井は、白く塗られた、しっくい。
窓は、大きな、ガラス窓。
朝の光が、レースのカーテン越しに、温かく、差し込んでいた。
そして、ふかふかの、羽毛の、布団。
肌触りの、なめらかな、亜麻布のシーツ。
——ああ。
——そうだ。
私は、昨夜、ベルロワ子爵家に、養女として、迎えられたのだった。
リリア・ド・ベルロワ。
それが、今日からの、私の、新しい名前。
私は、起き上がって、両手を、伸ばした。
——うわあ、身体が、軽い。
藁の上で寝ていたら絶対起きる、肩こりも、腰の痛みも、全部、ない。
「お嬢様、起きていらっしゃいますか?」
扉の向こうから、優しい声。
「はい!」
「お入りください、お嬢様」
——お嬢様。
——私が?
扉を開けて入ってきたのは、若い、メイドの少女だった。
「リリア様、本日より、お世話を、させて頂きます、フローラと、申します」
「フローラ、よろしく。私のこと、リリアって、呼んで」
「いえ、それは、お嬢様」
「お嬢様、って呼ばれると、誰のこと? って、振り返っちゃう。リリアで」
フローラは、ふっと、笑った。
「分かりました、リリア様」
——よし、第一交渉、勝利。
私は、フローラに、着替えを、手伝ってもらった。
差し出された、ドレスは——
——わー、可愛い!
淡い水色の、フリルがついた、子供用ドレス。
襟元には、白いリボン。
裾には、小さな花の刺繍。
「これ、私の、ドレス?」
「はい、奥様が、リリア様のために、特別に、お仕立てになりました」
——奥様。
——ベルロワ子爵夫人。
——昨夜、私を、抱きしめてくれた、優しい人。
私は、ドレスを、着て、髪を、整えてもらった。
そして、姿見の前に、立った時——
——え、誰?
そこに、立っていたのは、私の知らない、貴族の、令嬢だった。
栗色の、艶やかな髪。
白い肌。
水色のドレスに、栗色の髪が、よく、映えていた。
——私、こんな顔、してたっけ?
半年間、男装と、薄汚れた奉公人服しか、着てこなかったから、自分の、本当の姿を、忘れていた。
「お嬢様、いえ、リリア様、大変、お美しいですわ」
「……うん、ありがと」
私は、自分の頬に、両手を、当てた。
——よし。
——今日から、令嬢、デビュー。
そして、私は、朝食の、食堂へ、向かった。
長いマホガニーのテーブルに、ベルロワ子爵と、夫人が、座っていた。
そして——
夫人の、隣に。
オーレリアンが、座っていた。
「……」
私は、息を、呑んだ。
二年間の、痩せ細った姿は、もう、ない。
昨夜、湯浴みで、長く伸びた髪を、整えてもらったのだろう。
暁色の、輝く髪は、肩まで、流れて。
紅い瞳は、温かい食卓の光に、優しく、揺らめいていた。
細身の、けれど、しなやかな、九歳の身体に、白いシャツと、紺の上着。
——美形。
——美形、極まれり。
——もう、神話の存在、レベル。
「リリア」
オーレリアンが、立ち上がって、私に、頷いた。
「おはよう」
「お、おはよう、オーレリアン」
私は、危うく、椅子に、躓きそうに、なりながら、自分の、席に、座った。
——大丈夫、リリア。
——朝食で、心臓発作、起こすな。
ベルロワ子爵が、にっこり、笑った。
「リリア、オーレリアンは、私の屋敷では、客人として、扱う。鎖は、ない。彼の意志を、尊重する」
「ありがとうございます、お父様」
「いえ。私こそ、君に、感謝している。あの子と、出会わせてくれて」
——子爵、もう、すっかり、オーレリアンの、ファン、になってる。
私は、心の中で、ふふっ、と、笑った。
——ふふ。
——そうでしょ、そうでしょ。
——うちの推し、最高でしょ。
朝食は、温かい、パン。
バターと、蜂蜜。
湯気の立つ、卵料理。
新鮮な、果物。
そして、温かい、ハーブティー。
——うっそでしょ、毎日、これ、食べていいの?
私は、夢の中に、いるような、気分で、朝食を、頬張った。
そして——
その朝、ベルロワ子爵邸での、私の、第二部の、人生が、本格的に、始まった。
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