プロローグ 私の最後の願い
『——以上、本日の最終投票結果を発表します!』
スマホを握りしめたまま、私は横断歩道の信号が変わるのを待っていた。
夜の十一時。
仕事終わりに駆けつけたライブの帰り道。
イヤホンの向こうで、私が三ヶ月間命を懸けて推してきたサバイバルオーディション番組の最終回が始まっていた。
『センターは——』
「お願い、お願い、お願い……っ」
私は両手を組んで祈った。
推しが、私が見つけた、私が愛した、私の最愛の推しが。
最初は無名の練習生だった。
誰も注目していなかった。
でも、私は彼の歌声を聞いた瞬間、確信したのだ。
——この子は、絶対に世に出る。
『——センターは、7番、ジュンくんです!』
「やった……っ!」
涙が出た。
ガッツポーズもした。
たぶん、傍から見たら完全に変な人だった。
でも、いいのだ。
私の推しが、オーディションサバイバル番組で頂点に立った。
デビューする。それ以外のすべては、どうでもよかった。
信号が、青になる。
私は涙を拭いながら、横断歩道に足を踏み出した。
——だから、よそ見をしていた。
——だから、突っ込んでくる軽トラックに、最後まで気づかなかった。
衝撃。
浮遊感。
痛みは、不思議とあまり感じなかった。
ただ、アスファルトに横たわった私の耳に、まだイヤホンから漏れていた歌声だけが、はっきりと聞こえていた。
ジュンくんの、デビュー曲。
『——ぼくを、見つけてくれて、ありがとう』
ふわっと、視界が白くなる。
——ああ。
——私、死ぬんだ。
二十八年間、推し活に全てを捧げてきた人生だった。
彼氏なんていなかった。
結婚もしていなかった。
お給料は全部CDとグッズと現場代に消えた。
でも、後悔はない。
推しを推せたから。
推しが世に出る瞬間を見れたから。
ただ、ひとつだけ。
——次に、生まれ変わったら。
意識が、薄れていく。
——次も、誰かを推せる人生でありますように。
——心から推せる、そんな人に、また出会えますように。
——人生をかけて、推しを幸せにできますように。
それが、結城ゆかり、二十八年間の人生最後の願いだった。
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