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地下駐車場



 「爆発…?なんだあれ?乃木亜研究棟が爆発しているんだけど…?誰か仕掛けたのか?」と、栄田が尋ねる。

 「そうだな?」と、時雨谷しぐれだには言った。「誰も仕掛けていやしないだろう。あれは、うーん戦線布告…?或いは舐めんなてめぇ…ってところだろう?」

 「それは、どう言う意味だ。爆弾は、窓際のカウンターに置かれていた。研究棟のAIは、レストランに置かれたハンバーガーショップの紙袋の中の爆弾を特定しながらも間に合わず爆発した。AIを出し抜いている。AIの危機回避シュミレーションの裏をかいている」

 「そんなことは重要ではないと思うぞ。いや、裏をかいたことに注目させることで、またその裏をかく…。そんなことより、レストランにハンバーガーショップの紙袋…。こいつはふざけた野郎だ。無視することが一番だ。下手に動くと、我らのことが知られる。動くなよ…」

 時雨谷は、ぼんやりした口調で喋っているが、妙に核心をついていると、匂わせるような喋り方をする。しかし、その真意は掴めない。白黒ぐるぐる回る灰色で塗り固められている、その曖昧さが恐怖を植え付ける。時雨谷は、その反応を見て相手を測っているのだ。

 彼が不合格のレッテルを貼ってしまえば、この先、社会的に抹殺され本物の死より苦悩を強いられる。

 それでも男は、時雨谷の言っている意味が分からなかった。

 「しかし、無視したところで、AIを出し抜くようなやつだ。動かなくてもいずれはここに辿り着く」

 「まぁな。相手がお前のようなやつだったら、すぐにでもここに辿り着くだろう。だが、相手はこのわたしだ。もし、この件で勝手に動いたら、お前、もうここに来るな。って言うか、お前はここに辿り着けなくなるだろうな」と、時雨谷が冷笑する。

 男は、その瞬間血の気が引いた。


 そこは、旧駐車場。

 乃木亜本社ビルが移転して10年という歳月をかけて、もともとあった地下通路の増設を繰り返したことにより、出入口が塞がれてしまった旧駐車場だ。だが出入口が塞がれる前から、この駐車場は場所が分かりづらく、地上の入口から地下駐車場へ入ると、車から降りたドライバーはなかなか地上にも正規の地下街にも出ることが出来ず、散々迷った挙句、駐車場へと引き返すが、今度は駐車場にも辿り着けない有様で結局、忘れ去られ、現在の位置図は塗り潰されていた。

 時雨谷は、この駐車場を旧時代の頃から知っていた。まだ高校生だった時雨谷は、ずっとこの駐車場を拠点に数々の悪巧みを行った。


 駐車場の出入口が潰されると聞かされたのは時雨谷が二十歳の時だった。その時、時雨谷は、日頃から目をつけていたキャンピングカーを二台、夜中に仲間と盗んで地下駐車場に入れた。ワンルームマンションくらいは買えそうなほど、たいそう高級なキャンピングカーだった。そして、高級なキャンピングカーが二台、駐車されたまま駐車場は閉ざされてしまった。

 暫くキャンピングカー窃盗のニュースは菟針とばり市を騒がせた。被害者は、定年退職を迎えた元公務員の男性65歳と、フリーターの若い夫婦だった。若い夫婦は特にTVやネットニュースの露出度が高く、犯人を激しく罵ったインタビューが繰り返し放送された。

 若い夫婦の身分不相応なキャンピングカーの窃盗は瞬く間に拡散された。2040年代はSNS上の直接的な罵倒はAIによって瞬時に個人が特定され、罰金が科せられる可能性があるため法に触れない悪意ある正論が飛び交った。まるで合法的なリンチだ。

 キャンピングカー窃盗事件は、次第に若い夫婦叩きに変貌し収束していった。


 その日から時雨谷は、ほとんどその駐車場で暮らし始めた。そして週に一度家に帰った。やがて、そのサイクルが二週に一度、月に一度と、減っていく。そして、遂に家に帰らなくなった。時雨谷は、存在しない駐車場で、盗難後忽然と姿を消した二台のキャンピングカーで暮らしていた。やがて、近接したビルから少しずつ電気を拝借して、大型蓄電池に溜め込み、電気を使えるようにした。近接したビルに気づかれないように管理用配線に不法な分岐回路を仕掛けてAIが異常探知しないように警告を無効化していた。水は、キャンピングカーに空気中の湿気から水を作る空気製水機が標準装備されていたから時雨谷が苦労する必要ははかった。

 存在しない駐車場は、時雨谷の快適な居場所になった。

 そこに集まる仲間が二、三名。ある時、六名まで増えたこともあるが、時雨谷が絆をリセットする度に人が減っていった。また、新しい仲間が加わる。だが、ここを訪れた者たちは、時雨谷の異常性にすぐ気がつく。そして、絆をリセットされた者たちの姿を誰も見かけることはなかった。


 時雨谷のデバイスは脳内チップだ。思考により、AIが時雨谷を理解する。

 コールが鳴る。

 「田中君…。なぁ、田中君さあ、乃木亜研究棟の爆破事件なんだけど、どう思う?栄田君は、AIを出し抜いて爆発に成功してると、どうやら犯人は切れ者だと言うんだよ。そんな切れ者はいずれここに辿り着くと。…そう言うんだけど、怖いよね。本当に辿り着くと思う?」

 「えっ?何の話しだ。よく意味が理解できないなぁ。犯人は乃木亜研究棟を爆破しているんだ。どうして、俺たちに関係があるのだろうか?犯人は閉鎖された駐車場にわざわざ辿り着く為に乃木亜を爆破したと言うのかい?それって、ただの栄田君の傲慢だ。俺たちが全ての中心なんだね。栄田君のなかでは…」と、田中は答えた。

 「ふうーん。傲慢…?田中君は、然程乃木亜研究棟の爆破事件には興味がないみたいだ」と、時雨谷は言った。

 「まぁ、タイミングだけの話しだね。そんなことより、時雨谷君、横流しされていないか?乃木亜研究棟爆破事件より、もっと気になる事件がニュースになってる。気にならないのかい?まさか…?時雨谷君、ニュース観てない?…まぁ、そんなことはないでしょうけど…。乃木亜研究棟のことを心配するより、もっと周囲の人間を疑うべきだ…」と、通信は切られた。


 「切られちゃったよ。まぁ、でも、傲慢な栄田君は、もういらないな。全く洞察力に欠けている。何より犯人を上だと思うあのバイアスが彼の傾向性を物語っているよね…。田中君に至っては事件の裏側をまったく見ようとしないな…まぁ、そのうち考えるとしよう…」と、ぽつりと時雨谷は呟いた。



 同時刻…。


 「えっと…。心霊スポット…?なんで私はここに連れて来られたんでしたっけ?」と、君子は言った。

 風戸純が、TOBARIBANKのエスカレーターの脇の通路と憩いの広場の境界の場所で、ただぼんやりとした表情で立ち竦んでいた。

 草理に帰れと言われ、やがて涙をポロポロ流し始めた。


 どうするのこれ…。

 君子もただ立ち竦んだ。


 「ねぇ、あんた、本当に帰った方がいい。あんた完全に憑依されてるね。その霊はこの広場に縛られているから、ここを離れたらあんたから離れる。今体調悪いだろう。そのうち吐き気がするから。そうなると、その霊あんたから離れなくなるかもしれないな」と、草理が言った。

 不安気に草理を見た風戸純は、ブルブル震え出したかと思うと、踵を返し全速力で走り去っていった。


 「霊が憑依…?それ、やばい…?私もちょっと逃げたいのだけど、なんかもう近道とか、そんなのどうでもいいんだけど。じつは近道ならいくらでも知ってるし…」と、弱々しい口調で君子は呟いた。


 その様子を見ていた草理は、微笑んだ。


 ザザーザーーふっ、怖いんだ。可愛い…ザザザーーザザーザーーシャーー


 かわいいだと?舐めてるのか?


 「ねぇ、あんた…」

 「あんたとか言うな!誰も彼もあんたか?あんた、人の名前とか覚える気があるの?覚える気とかないでしょう?」

 君子は、草理を遮って多少感情的に言った。なんだか少し腹が立ってきた。

 「あ、いや、すみません。えっと、咲村さんと呼ばれていたよね。そのー、そう呼んでいいのかな?」

 「ええ…。二度とあんたとか言うな!」と、感情を押し殺して君子は言った。「それで…何故、私をこんな心霊スポットに連れて来た…?」

 「いやいやいや、ここはそんな場所ではない」と、草理が言った。

 「だったらここは何なの?」

 君子がそう言うと、草理はメガネ型デバイスを装着した。そして、ぶつぶつ呟き出した。


 「ここには結界が張ってあるのは間違いないのだ。ただ、漫画のような架空の術ではない…」

 「結界は架空なのか?」

 「ちょうどその通路と、このスペースの境界のところに指向性のある超音波や微弱な電磁波が流れ、高周波ノイズを誘発。扁桃体を刺激し、人が拒絶する領域を創っている。光の屈折率が狂わされ視線のピントが合わず更に脳の認識をも狂わされている。理由のない悪寒や吐き気。脳が勝手に暗黒を連想させられ、耳鳴り、記憶の混濁。デバイスの干渉。精神的な不安感や霊の存在を感じさせる。こんな結界を張っているやつがいるんだ。そこいらへんの者には張れない。その目的は?そして、何故、君はその結界を浴びても平気なのか?」


 「君…?…?急に雄弁になった。ねぇ、草理君。そのメガネにスクリプトが映し出されているでしょう?」と、君子は言った。「それ読んでいるんだ」


 ザザーザーーザザザーー…バレた!!咲村さん、鋭い……いや、聡明なんだ!…ザザーザーーシャー


 「おい、AIばれた…」

 草理が呟く。


 「それで…草理君は、この憩いの広場は何だと思っているの?えっと、その中のAIに聞いたほうがいいのかな?」と、君子はメガネを指差した。

 「うーん、そうだね…って言うか、早く文字出せよ…」と、草理が独り言を言う。

 「乃木亜への近道だよね。それは嘘をついていないよね。ここは乃木亜の近道へ続く場所なのよね。だから乃木亜の誰かがそれを創ったのは間違いないということだ」


 自分の言葉で話せって…くそっ、なんだよAIめ。

 「いや、ごめん俺は、咲村さんに答えられるほど、分かっていないんだ。あの爆発の時、あの上からものを言う…なんだっけ…あいつが咲村さんの親が乃木亜研究棟に勤めていると言ってたから、咄嗟に、こいつに…あっ、ごめん…この中のAIに乃木亜に一番近い道を教えろと尋ねた。そしたらここに辿り着いた。その間、こいつ、あっ、いや、AIからここがネットで心霊スポットと噂されていると聞かされ、結界が張られていることも聞かされた。ここは、そういうところなんだ。つまり、ただの近道ではない…かもしれない。咲村さん、俺は本当にここのエリアに入った時、づーんと頭が重くて突然痛くなって、嫌な気持ちになった。だけど咲村さん平気だった」

 そして、草理は人差し指で扉を指し示した。

 「あの扉がそうだ。乃木亜本社ビル地下四階に通じているそうだ。真っ直ぐ。何処の近道よりも最短で辿り着くらしい。だが、誰もが入れる扉ではないとAIが言っている。乃木亜の人間でも入れない扉らしい…」


 君子は、扉を見た。指し示されなければ気が付かなかった。

 「なんでだろう。なんでこんな場所があるんだろう?」と、君子は小首を傾げる。


 「そう言えば、何でだろうね…?」

 草理も不思議そうに答えた。


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