第9話 お父さん
声が聞こえる……幻聴……?
「アリシアー! 聞こえたら返事をしてくれ!」
お父さんの声!
「ここにいるよー! 助けて―!」
カラカラの喉は貼りついているみたいで、さっきよりも声が出なかった。
お父さんの声は聞こえているのに、お父さんに私の声は聞こえてない。
お父さんに気づいてもらえなかったら、もう誰にも気づいてもらえない。
一生……このまま……
そんなの、イヤだ。
「助けてーー!! お父さーーーーん!!」
ザワザワと木々が揺れた。
そして、ピタリと音が止まる。
「アリシア!? アリシアか! どこにいる!」
「お父さん! ここ! 崖の下!」
叫びながら上を見ると、チラチラと何かの光が見えた。
お父さんの声がどんどん近づいてくる。私も枯れてる喉をムリヤリ張り上げて、何度もお父さんを呼んだ。
「アリシア!」
蛍のような光と共に、頭上に人影が現れた。
「お父さん!」
「そこにいるんだな! 待ってろ!」
お父さんは一瞬後ろに下がって……飛んだ!?
音もなく、私の目の前にお父さんが着地した。
「アリシア! 良かった!」
強く、お父さんに抱きしめられた。
「アリシア、心配したんだぞ」
「お父さん、ごめっ、ごめんなさい……私、わたしっ」
「いいんだ、無事でよかった」
ごめんなさいと泣きじゃくる私を、お父さんはずっと抱きしめていてくれた。
前世の結理は、泣いているところを誰かに見られるのが嫌いだった。
泣いてあまえたり、同情を引くのはみっともないと思っていた。
お母さんが死んだときだって、誰にも涙は見せなかった。
けど今は、そんなこと考えていられなかった。
20歳の結理じゃなくて、6歳のアリシアとして声を上げて泣いた。
自分の涙が誰かに受け止めてもらえたのは、初めてかもしれない。
「アル!」
顔を上げると、駆けてきたのはサディさんだった。
傍にお父さんと同じ蛍のような光がチラチラしてる。
「アリシアちゃん! 良かった、見つかったんだな」
「ああ、すぐ家に連れて帰る」
「待って。アリシアちゃん、ケガしてるじゃない」
サディさんが私の足を指差す。
瞬間、お父さんの顔が青ざめた。
「血!? 血が出てるじゃないか! す、すぐに騎士団の救護班を! いや城の医者を!!」
「アル、落ち着けって。とりあえず応急処置するから」
サディさんが私の足に手をかざすと、傷口がポウッと暖かくなった。
それから、手早く包帯を足に巻いてくれる。
「気休め程度だけど、これでちょっと我慢してね」
気休めなんかじゃない。ジンジンしてた痛みが消えてる。
これは……魔法?
「アリシア、大丈夫だ。必ず歩けるようになるからな。お父さんが約束する」
お父さんがそうっと、宝物でも触れるみたいに私を抱きかかえてくれた。
あったかい。お父さんの鼓動が伝わってくる。
さっきまでとは違う涙が込み上げてきた。
「お父さん、ありがとう。大好き」
お父さんの首に腕をまわした。
一瞬息を飲んだお父さんは、すぐに私をぎゅーっと抱きしめてくれる。強く、優しく。
「お父さんも大好きだよ。俺の愛しいアリシア」
お屋敷に戻ると、メイドさんたちの大歓声に迎えられた。
「お嬢さまああああ!!」
マドレーヌさんは私の顔を見た瞬間泣き崩れてしまった。
「マドレーヌさん、ごめんなさい。私、勝手に森になんて行って」
「ご無事でなによりでごさいます! お嬢様に何かあったら旦那様に会わせる顔がありません! 死んでお詫びしようにも、奥様にも会わせる顔がございません!」
「大丈夫だから! 死なないで! 私が全部悪いんだから!」
怒られるよりも叱られるよりも、私の無事を喜んでくれる人の涙が胸に刺さった。
部屋に戻ると、たっぷりと髭をはやしたお医者さんが来てくれていた。
私のケガは擦り傷と捻挫。
「せ、先生。こここの子の足は治るんでしょうか! 歩けなくなったりしたら……ッ! この子はまだ6歳なんです!!」
「捻挫と言っているでしょうが。10日もすれば治る」
「こ、この傷は、傷はキレイに治るんですか!? この子は女の子なんです! 嫁入り前のかわいい足に傷なんて……いや嫁になんかやりませんけど! 誰にもうちのかわいいアリシアは渡さない!」
「ええい、やかましいわ!」
お医者さんが帰ると、大騒ぎのマドレーヌさんとお父さんもやっと落ち着いた。
マドレーヌさんはホットミルクを作ってくれて、先に部屋を出て行った。
ベッドに寝かされた私は、お父さんと2人きりになる。
「お父さん、マドレーヌさんたちのことは怒らないでね。私が黙って森に行ったんだから」
「わかってるよ、大丈夫。マドレーヌさんたちもみんなアリシアを捜してくれたからな。後でしっかりお礼をしないと。それから、サディにも」
「サディさんも捜しててくれたんだよね」
「ああ、サディのおかげでアリシアを見つけられた」
森からお父さんのまわりをふよふよ浮いていた蛍のような光が、私の膝の上に落ちて消えた。
「これはサディが出した魔法だ。お前のいる方向を教えてくれた」
「お父さんとサディさんが、私を見つけてくれたんだね」
「ああ、そうだな」
お父さんとサディさんが力を合わせて……嬉しい。いろんな意味で嬉しい。
おっと、こんなときに。いけないいけない。
あれ? なんか忘れてるような……
「あ! バスケット……落としてきちゃった」
「ああ、それなら」
お父さんが持って来てくれたのは、汚れたバスケットだった。
「サディがアリシアのだろうって届けてくれたんだ」
サディさん! 何度お礼を言っても足りません!
バスケットの中を確認すると、白い布は無事だった。
布を開くと、いくつか摘んだ花もちゃんとある。
けど、萎れていた……
「それを摘みに行ってたのか?」
お父さんが私の手元を覗き込んだ。
「明日の式典で、お父さんに渡そうと思ったの。お祝いに」
これじゃもう冠は無理。花束にもできない。
ただ森へ迷子になりに行ったようなものだ……
と、お父さんが萎れた花に手を伸ばした。
「お父さんのために摘んできてくれたんだな」
「でも、こんなになっちゃって……」
「枯れたわけじゃない。キレイだよ」
手に取った萎れた花を、お父さんは嬉しそうに見つめた。
「ありがとう、アリシア。式典では今までいろんな記念品や贈答品を貰ったが、この花が1番嬉しいよ」
お父さんの目が優しく私を見つめる。
「ありがとう、お父さん」
「なんでアリシアが礼を言うんだ?」
「いいの、なんでも」
アリシアは……私は、こんなにも愛されているんだ。