第8話 迷子
「お庭で遊んできまーす!」
お昼を食べてすぐ、バスケットを持ってお屋敷を飛び出した。
裏口から出ると、お店が並ぶ通りとは違い整備されてない砂利道が続いている。
そこを走っていくと、段々と地面が砂利から土へと変わって、周囲は木々に覆われて行く。
森に入ってそのまままっすぐ、最初に出てくる大木(目印にリボンを巻いておいた)を左に進んで大きな石(目印にキズをつけておいた)を右に曲がる。
着いた!
一面に赤、白、黄色、ピンク、紫のかわいい花が咲いた花畑。
冠にするにはたくさん摘まないといけない。花束だとしてもそれなりの数が必要だ。しかも2人分。
なるべく色が均等になるように摘んでいく。
摘んだ花は、持ってきた白い布に包んだ。これで帰るまで萎れないといいんだけど。
「あ、四つ葉のクローバー!」
花々の隙間を埋めるようにはえているクローバーの中に、四つ葉を見つけた。しかも、寄り添うように2つもはえてる!
なんだか良いことがありそう。
それに、クローバーはうちの苗字でもある。このクローバーもプレゼントにしよう!
ちょっと移動してはしゃがんで花を摘み、また立ち上がって移動してしゃがむ。
そんなことをひたすら繰り返していたら、膝と太腿が痛くなってきた。
ずっとスクワットしてるようなものだもんね。
膝を伸ばして立ち上がる。
そういえば、今何時だろう。
時計は持たせてもらってないから、体感と太陽の角度で推測するしかない。
たぶんまだ、おやつの時間にはなってないと思うけど……
――ガサッ
何かが動いた音がする。
――ガサガサッ
近くの茂みだ。
恐る恐る振り返ると、ボッと火柱が上がった!?
「なになになになに?」
身構えると、茂みから出てきたのは一匹のトカゲだった。
トカゲといっても大型犬くらいの大きさ! もはやモンスター!?
じっと睨まれて動けないでいると、トカゲが火を吹いた!!
「ひいいいいいい!!」
猛スピードでトカゲが追いかけてくる! 逃げるしかない!
手からバラバラと花が零れ落ちたけど、構ってられない。
トカゲを撒くためにぐちゃぐちゃに走り回った。
ああ、これじゃ帰り道がわからなくなる。でもまっすぐ走ったらトカゲに追いつかれる。
と思ったら、行き止まり!?
目の前の地面に先がなかった。崖!?
振り向くと、トカゲがもうすぐそこまで来ている。
どうする? 戦う?
その辺の石をぶつければ……でもそれで怒って余計に襲ってきたら?
やっぱり逃げるしかない。でもどこに?
「あ……あ……」
情けない声を出しながら、じりじりとトカゲに追い詰められていく。
どうしようどうしようどうし
「――――ッ!」
無意識に後退っていた足が、地面を踏み外した。
・
・
・
「い……たっ」
崖だと思っていたのは、急な斜面だった。
斜面に削られるように滑り落ちて全身が痛い。
特に右足はひどい擦り傷で血が出ている。これくらいで済んだだけ運が良い。
さすがにここまではトカゲも追いかけて来ないようだった。
ひと安心、だけど……ここからどうするか。
斜面といっても、ほぼ直角で絶壁がそびえ立っているように見える。
6歳のアリシアがのぼるのは無理だ。
どこか迂回ルートを探さないと。
立ち上がろうと足に力を入れると
「いぃッッ!!?」
右足に激痛が走った。
これ、擦りむけてるだけじゃなさそうだ。
骨折? 少なくとも、捻挫はしてる。
何とか立ち上がっても、歩く前に痛みでバランスを崩して転んでしまう。
ダメだ、歩けない。
いや、歩けないとか言ってる場合じゃない。
ここにいることは誰も知らない。誰も助けに来てくれない。
けど、足は言うことを聞いてくれなかった……
夕方になって、そこからは早かった。
あっという間に日が沈み、辺りが見えなくなる。
街灯なんてものはないから、闇の中に取り残されたみたいだ。
不気味な獣の声が遠くに聞こえるたび、身を縮めたけど隠れるものもない。
本当に私はバカだ。
この異世界よりも発達した日本の20歳なんだから、大抵のことはなんとかなると思っていた。
でも結理の頃森に入ったのなんて、せいぜい森林公園くらい。そんな経験何の役にも立たない。
お屋敷でみんなに守られてぬくぬくと暮らしていたから、ここは剣と魔法の異世界だという意識もほとんどなかった。
数年前まで、魔王や魔物に支配されていた世界だというのに。それどころか、森に危険な生き物がいるかもという考えすら抜け落ちていた。
私は何もできない、何も知らないただの子供なんだ。
「う…………」
自分の情けなさに涙が出そうになる。
きっと今頃、メイドさんたちが大騒ぎをしてるはずだ。お父さんにも知らされてるに違いない。
私のせいでマドレーヌさんたちの責任問題になったらどうしよう。全部私のせいなのに。
このまま本当に、誰も助けに来てくれなかったら……
凍死? 餓死? モンスターに食べられる?
悪いことしか考えられない。
でも、水さえあれば人間は一週間は生きられるらしい。焼き肉のたれだけで生き延びた人もいると聞いたことがある。
……焼き肉のたれなんてどこにあるんだよ。
水だって持ってない。辺りに川も見当たらなかった。
水がなかったら、どれくらい耐えられるんだろう……6歳の子供が……
「……まー! ……シアさまー!」
ぼんやりとした意識の中で、微かに声が聞こえてきた。
誰かが私を捜してる!
「誰かー! 助けて―!」
振り絞って大声を出す。でもカラカラの喉では思ったように声が出なかった。
何度も声を張り上げたけど、誰かの声は遠ざかり、聞こえなくなってしまった。
「う、そ……」
全身の力が抜けた。
一瞬見えた希望の光が消えて、絶望がチラつく。
鼻の奥が痛くなった。
結理のとき、死ぬことは怖くなかった。
お父さんもお母さんも死んだ。
私も近い将来そうなるだろうと思っていた。予想よりはずいぶん早かったけど。
死んで異世界転生できると思えば、怖くなかった。
けど今は怖い。もしまた転生できるとしても、死にたくない。
だって――
「アリシアー! アリシアーー!!」




