㊴疑惑
昨年の入学式を懐かしく思いながら、サーシャは講堂に足を進めた。日本では定番の桜がないことを残念に思いつつ、ふと門の外を見るとピンクブロンドの綺麗な髪の女子生徒が視界に入る。珍しいはずの髪色に何故か既視感を覚えた。
始業式を終えると新しいクラスが発表された。ミレーヌとリリーは同じクラスだが、ベスとサーシャはそれぞれ違うクラスに分かれてしまった。
顔見知りがいないわけではないが、迂闊に近づきづらいので教室に着くとそのまま静かに席に座る。
(望まれてないのなら、不用意に近づくべきではないのよね)
少し憂鬱になるが割り切るほかない。教師が教室に入ってくると、その後に先ほど見たピンクブロンドの女子生徒が続き、きょろきょろと周りを見渡している。
その態度に何となく違和感を覚えたが、すぐにそれは解消されることになった。
「中途入学になるが優秀な成績で編入することになったエマ嬢だ。平民で慣れない部分も多いだろうが、みんなで手助けしてやってくれ」
教師の言葉に教室にざわめきが起きる。さきほどの貴族らしからぬ態度に納得しつつ、同時にあれは慣れない環境への戸惑いだったのだとサーシャは察した。
平民であっても非凡な才能があれば入学可能だが、ランドール王立学園は基本的には貴族のための学校だ。平民出身はゼロに等しく、数年に一人いるかいないかと言われるぐらいで、しかも編入となればかなり珍しいケースと言えるだろう。
「エマといいます。皆さん、仲良くしてください」
にっこりと満面の笑みを浮かべるエマは無邪気な美少女のようで、思わず見とれる男子生徒の姿がちらほら見える。
(ピンクブロンド、平民、美少女……うん、それだけじゃ判断できないわ)
予感めいた推測が浮かんだものの、サーシャは一旦保留にすることにした。先入観で物事を見るのはエマ自身に対しても良くないことだと思ったからだ。
明日の入学式のため、授業もなく午前中で解散となる。午後は予定もなかったので、久しぶりに寮の調理場を借りてお菓子でも焼こうかと考えながら、身支度を整えているとエマの声が聞こえてきた。
「あの、学校内を案内してくれませんか?」
恥じらうように顔を伏せてエマが声を掛けたのはジョルジュだった。
「え、俺?……レイチェル、エマ嬢を案内してやってくれないか?」
承諾する代わりにレイチェルに声を掛けるジョルジュを見て、エマが困惑したような表情を浮かべる。
「……私、嫌われてるんですか?ただ仲良くなりたいと思っただけなのに」
「いや、そうじゃない。ただ婚約者以外の女性と二人で行動するのは外聞が悪いからだ」
以前よりも周囲に配慮できるようになったのだとサーシャは少し見直した気分になった。一方案内役を頼まれたレイチェルは申し訳なさそうに口を開いた。
「あ、ごめんなさい。私、生徒会で明日の入学式の打ち合わせが―」
「えっ、貴女は生徒会役員なんですか?そうだ、案内代わりに良かったら私も連れて行ってください」
「え、でも…」
悲しげな表情から一転、強引にレイチェルに迫るエマを見て、サーシャはつい声を掛けてしまった。
「生徒会の方々は明日の準備で忙しいのですよね。よければ私がご案内しますよ」
振り向いたエマは一瞬迷惑そうな表情を浮かべたが、すぐさま怯えたような表情に変わった。
「ジョルジュ様〜、この方何だか怒ってらっしゃるみたい。怖いわ」
初対面の相手に冷たそうと思われることは多いが、率直に怖いと告げられて少々面食らってしまった。おまけにエマはジョルジュに甘えるようにシャツの端をつかんで、背後に隠れようとしている。
まるでサーシャが苛めているような行動に怒りを覚えるより、何かが引っ掛かった。
「サーシャ嬢は感情が顔に出ないだけで、怒っているわけじゃない。―悪いが案内は他の奴に頼んでくれ。レイチェル、行くぞ」
そう言ってジョルジュはレイチェルとともに教室を後にする。
「何で…婚約者を気遣うようなキャラじゃないのに……」
口の中で呟いた小さな声が、何故かサーシャの耳には届いた。顔を上げたエマはサーシャを一瞥したが、気に留めることなくそのまま教室から出て行った。エマの言葉はそれなりに衝撃を与えたが、感情が表に出ないことで気づかれなかったようだ。
(まさか、あの娘も転生者なんじゃ…)
そんな疑惑がサーシャの胸に芽生えた。




