㊳達成
サーシャが女子寮の特別室を訪れると、待ちかねたようにソフィーが立ち上がる。
「ソフィー様、ヒュー様のおかげで上手くいきましたわ」
落ち着かせるためにまずは結果だけ伝えると、安心したように笑みを浮かべサーシャとヒューに席に着くよう促してくれた。
「サーシャ嬢、今日は何も持っていないのか?」
「申し訳ございません。本日は何も準備をしておりません」
アーサーはサーシャのことを専属のお菓子係とでも思っているのだろうか。常に菓子を持ち歩いているわけではないので、そう答える。
「非常食をお持ちなのでは?今日は普通に食事を摂られていたでしょう?」
ヒューの指摘に内ポケットに忍ばせたフロランタンを思い出したが、だからといってこれを殿下に渡すのは微妙だ。適当に作ったし、長時間懐に入れていたため多分人肌に温まっている。
「非常食なのでお断りします」
きっぱり告げるとアーサーは忍び笑いを漏らす。
「殿下、サーシャを困らせないでください。サーシャ、詳しい話を聞かせてちょうだい」
そんなアーサーを軽く諌めてソフィーは続きを促した。
サーシャがアヴリルから話を聞いた翌日、ソフィーと会う段取りを付けてもらった。ソフィーには今後の口裏合わせをしてもらうためにも話をしておく必要があったからだ。
「ソフィー様と殿下が喧嘩をしてしまって、その当てつけのために私にダンスを誘うような真似をしたけれど、結局卒業式までに仲直りしたという筋書きでいかがでしょうか?」
「…そんな都合のいい真似できるわけないでしょう!サーシャ一人に損な役回りを押し付けているじゃない」
怒ったようにソフィーに反論されるが、丸く収めるならこれが一番適当だと思える。
「そもそも何で怒ってないのよ?!私のせいで他の令嬢から嫌がらせを受けているのでしょう」
「それは特に困っていませんので。私もアヴリル様に幸せになっていただきたいですし、現状ではこれが最善だと思っております」
「その前にユーゴ殿の気持ちをはっきりさせといたほうがいいんじゃないですか?多分初恋を拗らせているだけだと思いますし」
何故か一緒に付いてきたヒューが言葉を挟んでくる。
「何かいい案でもあるなら言ってみなさい」
ソフィーが命令するように言うと、ヒューは嬉々として作戦を話し始めた。
「ユーゴ殿は冷静で頭も良いが、どこか純粋な部分があるようだからな」
優雅な仕草でカップを口に運んだアーサーに、どこか黒い笑みが浮かんだように見えたのはサーシャの錯覚ではないだろう。
「基本は真面目で実直な性格ですから、アヴリル嬢の一途な想いに気づけばきちんと向き合うと踏んでいましたよ」
やはり男性同士思うところがあるのか、心配していたバッドエンドのような執着を見せることなくアヴリルへの想いを再認識したユーゴにサーシャも安堵を覚えていた。上手くいかなければ逆にアヴリルを傷付けることになるため、その場に連れていきたくなかったがヒューの強い確信とアヴリルたっての希望で、サーシャは必要なタイミングまでずっとアヴリルの傍にいた。
「では不自然にならないよう、私とソフィーが仲直りするのは1週間後でいいかな?冬期休暇に入る前なら学園外に余計な噂が広まる心配も少ないからね」
締めくくるように告げソフィーが頷くのを見ると、アーサーはにっこりと微笑んでソフィーの手に自分の指を絡めた。
「!!――で、殿下、何をなさいますの?!」
顔を赤くして慌てふためくソフィーをよそにアーサーは平然と続けた。
「ただの練習だよ?良からぬことを企む連中に隙を与えないように、私たちがきちんと仲直りしたと見せつけた方がいいだろう?」
サーシャが思わず隣に視線を向けるとヒューは無言で頷き、それから首を横に振った。
(これは、ソフィー様に対する好感度が上がったということでいいのかしら?)
今まで当たり障りなく続けていた婚約者としての関係性から変化したようだ。動揺するソフィーを見つめるアーサーはとても楽しそうで、ドSな腹黒王子という言葉が浮かんだ。
そしてヒューの仕草は、邪魔をすればアーサーの不興を買うので大人しくしていろという忠告なのだろう。
「ちょっと、サーシャ、何故納得したような顔をしているのよ?!」
「いえ、私は何も。―ソフィー様、頑張ってください」
「何を?!何を頑張れと言うの?!」
サーシャはソフィーの問いかけに答えず、紅茶を楽しむことに専念した。触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らずだ。
そして卒業式が終わった夜、サーシャはドレスを脱ぎ捨てると早々にベッドに入った。慣れないダンスや挨拶ですっかり疲れ切ってしまったのだ。
(アヴリル様、素敵だったな)
卒業生の中でも一際目を引いたユーゴとアヴリル、アーサーとソフィーもその堂々とした振る舞いと優雅なダンスは目に焼き付いている。ミレーヌとシモン、そしてレイチェルとジョルジュも一緒にダンスを楽しんでいる姿を目にして、ソフィーは心の奥がじわりと温まり達成感のようなものを覚えた。
(攻略対象の好感度を上げず、略奪も逆ハーもなしだから友情エンドってやつなのかしら?ということは強制力から解放されたってことよね?)
喜びのあまり笑いが込み上げてくる。サーシャは一人で清々しい開放感に浸り、幸せな気分で眠りに落ちていった。
『駄目だったね』
『難しいねぇ。誰を選んでも幸せになれるルートを用意したのに』
『やっぱりバッドエンドを見せるのは逆効果だったのかな』
『ヒロインだからかも。最近は悪役令嬢のほうが人気なんだって』
『もっと運命的な出会いにしよう』
『ちょうどいい子がいたよ。今度は上手くいくかなぁ?』
『きっと上手くいくよ。だって本当はあの子も望んでいるもの』
終わりっぽいですが、まだ続きますのでお付き合いくださいませ。




