啓蒙の火
家の周りには何人もの、深い緑色のつなぎを着た男達がいた。
その青も赤く照らされて奇妙な色へと変わっていた。『清掃』が始まっているようだ。彼の部屋は燃えていた。冗談のように、他の部屋から火の手は一つもあがらない。その一部屋だけが赤い舌でも出したようにも思えた。立ち上る煙の色はわざとらしいほどの緑色でエコロジスト達の勝利を歌っているらしい。清掃局特製の油はクリーンだった。彼以外にはとても。
マスクもせず、皆その炎と緑の煙を見つめていた。彼は蛾のようにふらふらと炎へと近寄っていく。
つなぎの人々は彼のことにやにやと笑っている。人食いの木は子供を喰う前にこんな顔をするのだろう。
その緑をかき分けて、非常階段を上っていく。上がりきった場所の廊下には影法師のように黒いスーツを来た男がいた。
「いや、残念、こんな結果になってしまうとは」
あの炎にも似た赤い口が三日月の笑いを浮かべて寄ってくる。啓蒙局だ。
「残念です、あなたが時間通りに廃棄していただければこのようなことに成らなかったのに」
旅行を前にした学生を思わせる、うきうきとした口調だった。そして細こっい身体を芝居がかった動作で動かし始める。悲劇の歌い手を気取っているようだ。
「我々もこんなことは、したくありませんでした。
ですが、これは決定事項です。仕方在りません。よく物知りの方が使ういいまわしですが、ネ、人間は楽園を追われてから、ずっと法が必要だったそうです。それを守らないのは野獣と変わりません。人の群れの中にいる野獣は、殺すか、飼い慣らすか、どちらかしかないでしょう。ネェ、物知りの方」
深く赤く笑う男の右手には手錠が握られていた。銀色で、冷たい体温のない金属だ。それを一回転させてから呆然とする彼の手にはめ込もうとする。彼は咄嗟に後ろへ下がるがそこすぐに階段だった。
下には固そうな床と、笑う緑色の男達。
「こんの、くそっ」
彼が叫んで捻り出した言葉はそれだけだった。
「もっとバリエーションに富んだ悲鳴が欲しいところですネェ。まあ、定型ではずれないパターンというのもなかなかいいものですガ」
両腕を広げ、楽しそうに笑う。声を出さす、ただ口を三日月に開けるだけの笑いだ。笑い方を二度とできなくしようと、飛びかかろうとした時、手錠を落とす固い音がした。
それが合図だったのだろうか。
右腕に鋭い痛みが走る。文字通り突き刺さるような痛みはすぐ引いていく。そこにあるのは注射器のようだ。いわゆる麻酔銃のようなものをどこかから撃たれたようだった。どこかは分からない。つかみかかろうとする手は弛緩を始め、視線はもう揺らぎ始めていた。そして浮遊する感覚があたりを包んだ。
「もし、生きていたら、またお会いしましょう」
三日月の笑いは、やっと声を伴って偽りの夜に響いた。




