第二幕(3)
馬車が止まる衝撃で目を覚ました。扉が外から大きく開かれる。
「アルフレッド様!」
初老の紳士が首を突っ込んで怒鳴る。
「いらっしゃる前に一言ご連絡を、と毎回お願いしていますでしょう!? ……とと、お連れ様がいらっしゃいましたか」
ヒュッと首が引っ込む。苦笑しながらフレッドが馬車を降りる。
「あんな手紙を寄越したんだ。俺が飛んでくることくらい、兄上も承知だろう?」
「それはまあ、予測はしておりましたが。それで、お連れの方は?」
続いて外に出ると、フレッドにガシッと肩を抱かれた。
「ロイだ。手紙にあったアンと同じ施設にいたようなんで、連れて来た」
「なるほど、ではご一緒にどうぞ。殿下のもとへご案内いたします」
初老の紳士を先頭に歩き出す。フレッドを追って、巨大な玄関扉の中へ足を踏み入れた。
「わ……」
天井からきらびやかなシャンデリアが下がる玄関ホール。地味なフレッドの屋敷と違って、そこかしこに装飾が施され、明るく華やかな雰囲気を醸し出している。
階段を昇り、長い廊下を渡り……一人では到底玄関に戻れないと思われる迷宮の先で、ようやく一つの部屋に通された。
「わざわざ来てもらってすまない、フレッド」
ソファーから立ち上がった男。その隣、大きな青い瞳をこちらに向けた、金の巻き毛の女の子。
「うぁっ」
グラリ、と身体が揺れた。頭を抱えてしゃがみ込む。
「ロイ!?」
『忘れなさい、何もかも。そんな子、最初からいなかったのよ』
耳の奥でガンガンと鳴り響く痛み。囁きかける恐ろしい呪文。従えるはずない。でも、抗えない。グルグル回る視界。分からなくなる。真実は何か。
「どうした、しっかりしろ! ロイ!」
フレッドの声。肩を揺さぶられている。少しずつ、感覚が現実に戻る。
「あ……」
「ロイ! 大丈夫か!?」
焦点が合った視界には、必死の形相のフレッドと……アンの、姿。
「フレッド、彼は--」
困惑した男が尋ねる。フレッドより先に、甲高い声が答える。
「ロイ。覚えてる。赤毛、キレイだから」
そうだ。コンプレックスの赤毛を、アンはよくキレイだと言ってくれた。彼女はいつもジルと一緒にいた。そして--。
「悲鳴を……聞いたんだ、俺。アンは、攫わ……れた」