2-5話:連絡しなかった時点で、だいたいもう一段階面倒になる
結局、その夜。
レンマは、マナトにもコハルにも連絡しなかった。
スマホは手の中にある。
連絡先も開いていた。
マナトの名前も、コハルの名前も、ちゃんと並んでいる。
――それでも、指は動かなかった。
(……仕事終わりに、こんな話聞きたくないよね)
勇者全員の招集。
リンカの失踪。
月船の探究者。
五年前の事件。
そして、東北。
どれも軽く扱っていい話ではない。
まして、金曜の夜に投げる内容でもない。
(いや……俺も、今から説明したくないし)
レンマはスマホを伏せた。
軽く振る舞うのは得意だ。
場を和ませるのも、冗談で流すのも、自然にできる。
けれど、それは“軽くできる”だけだ。
重くないわけじゃない。
重いものを軽く持てるだけで、その重さはちゃんと残る。
「……明日でいいか」
呟いて、天井を見上げる。
明日。
朝になれば、少しは話しやすいかもしれない。
たとえ内容が、どうしようもなく悪くても。
――そう思った。
そして、そのまま眠ろうとした。
眠れたかどうかは、別として。
◇
翌朝。
レンマはコハルへメッセージを送った。
『おはよう、コハルちゃん』
既読はつかない。
(……まだ寝てる?)
しばらく待つ。
それでも反応はなかった。
昨日の飲み会。
酒が得意ではないコハル。
そして、連絡が途切れたままの夜。
嫌な想像ばかりが、勝手に浮かんでくる。
レンマは息を吐き、もう一度画面を開いた。
『昨日飲み会って言ってたけど、大丈夫? 返信ないけど。心配だから、このあと行くね』
送信。
――直後。
スマホが震えた。
「早っ」
思わず笑う。
表示された送り主は、もちろんコハルだった。
『ごめんなさい! 昨日充電切れちゃって、返事できませんでした! このあとは友達と遊びに行くので、お家は不在です。また遊び来てください!』
レンマは苦笑した。
(分かりやすいなあ)
今度は、少しだけ意地悪をした。
『友達と遊びに行くなら、送っていくよ。まだ体調悪いならなおさら』
数秒。
また通知が鳴る。
『本当に大丈夫です! 今日は女友達なので! すっぴんなので! 寝起きなので! とにかく大丈夫です!』
レンマは、しばらく画面を見つめた。
「……情報量、多いなあ」
充電切れ。
友達。
不在。
女友達。
すっぴん。
寝起き。
とにかく大丈夫。
大丈夫と言いながら、まったく大丈夫に見えない。
むしろ、焦っている人間の文章だった。
(慌ててるな、コハルちゃん)
昨日、飲み会があるとは聞いていた。
酒が得意じゃないことも知っている。
そして、マナトが過保護なのも。
だから。
(酔ったコハルちゃんを、マナトが拾って帰った感じかな)
そこまでは自然に繋がる。
マナトなら探す。
連絡がつかなければ、間違いなく探す。
心配しすぎと言われても探す。
そして見つけたら――放っておかない。
そこまでは簡単に想像できた。
(で、介抱して……朝まで一緒にいた感じ?)
笑みが止まる。
「……へえ」
怒っているわけではない。
責めるつもりもない。
――ただ。
モヤッとした。
レンマはスマホを指先で叩く。
返信画面を開いて閉じる。
また開いて、閉じる。
(いやいや。別に何もないでしょ)
マナトは、そういう男じゃない。
酔った相手に手を出すタイプではない。
むしろ、そういう状況ほど線を引く。
自分で自分を縛る男だ。
だから焦る必要はない。
ない。
――ない、のだが。
(嫉妬はするよね。普通に)
この感情は面倒だった。
自分には似合わないと思っているから、なおさら。
それでも消えてはくれない。
コハルが頼ったこと。
マナトがそばにいたこと。
同じ空間で朝を迎えたかもしれないこと。
想像するだけで、胸の奥がざらつく。
「……やだなあ」
レンマは立ち上がった。
◇
薬局に入る。
スポーツドリンク。
胃薬。
ゼリー飲料。
シジミの味噌汁。
それに、体によさそうなものをいくつか。
かごへ入れながら思う。
(これ、俺、何してるんだろ)
恋人じゃない。
家族でもない。
今は護衛契約すらない。
つまり、完全に私情だ。
分かっている。
それでも手が止まらない。
(胃薬どれがいいんだろ……いや、二日酔いならこっち? でもコハルちゃん胃弱そうだし……)
そこで手が止まった。
「……重いな、俺も」
自分で言って笑う。
マナトを過保護だと思っていた。
でも、方向が違うだけで、やっていることは大差ない。
袋を受け取り、そのままコハルの家へ向かった。
◇
マンションの前で足を止める。
窓。
カーテン。
結界の気配。
人の気配。
(いるね)
確実にいる。
危険はない。
襲撃の気配もない。
結界も安定している。
安心材料は揃っていた。
――それでも。
(……やっぱりいるんだ)
胸の奥が引っかかる。
レンマはチャイムを押した。
反応はない。
もう一度押す。
やはり出てこない。
「……当たりだな」
中で固まっているのが分かる。
コハルが慌てている。
マナトは妙に落ち着いている。
その光景が簡単に想像できた。
(見たいなあ)
本音が漏れる。
寝起きのコハル。
二日酔いで弱っているコハル。
その隣にいるマナト。
見たら余計に面倒になる。
それでも見たかった。
「……やだなあ、ほんと」
笑ってごまかす。
そして、袋を扉の前へ置いた。
スポーツドリンク。
胃薬。
ゼリー。
味噌汁。
それと、小さなメモ。
『無理しないで。あと、嘘が下手すぎ』
貼ってから迷う。
優しすぎるか。
踏み込みすぎか。
嫌味か。
――全部だ。
レンマは肩をすくめた。
「……明日でいいか」
昨日と同じ言葉を口にする。
明日なら捕まる。
日曜なら逃げ場も少ない。
それに。
(俺も仕事あるし)
本業はWEBデザイナー。
納期もある。
クライアントもいる。
現実は待ってくれない。
勇者だろうが何だろうが、請求書は出さなければならない。
「……勇者、普通にしんどいな」
そう呟いて、踵を返す。
背後で部屋の気配が動いた。
きっと袋を取りに来るのだろう。
それでもレンマは振り返らなかった。
振り返れば。
きっと余計なことを言う。
今、言うべきではないことを。
だから、そのまま歩いた。
何も見ないまま。
何も確かめないまま。
――明日の自分に、全部押しつけるために。




