表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/68

特殊兵

「夜中にずいぶん騒がしいですね」

静かな声が、張り詰めた空気を割った。

銀杯商会の前に現れたのは、連邦のSランクチーム《魔術工房》のアデルだった。数名の部下を連れてはいるが、剣を抜いているわけでも、魔法陣を展開しているわけでもない。ただ、その場を見ただけで状況をおおよそ理解したような顔をしている。

「偶然?」

「偶然ということにしておきましょう」

アデルは淡々と答える。

「とにかく、薬務局が関わる商会で、あなた方が夜中に足を止めた。その意味は軽くありません」

ガドルが鼻を鳴らした。

「説明なら簡単だ。中が怪しい」

「怪しい、だけで強行突破つもりでしたか?」

「止められたから、まだ何もしてないぞ」

「そうですか。それは幸いでしたね」

アデルの視線がラウルへ移る。ラウルは無言で深く息を吐いた。おそらく、ここまでで今日一番まともな行動をした自覚はあるのだろう。

アデルは警備員の代表へ向き直った。

「中に人がいるのですか」

「宿直です。薬務局認可品を扱っておりますので、夜間管理者がいるだけです」


リリィが首を傾げる。

「宿直にしては多いよ。二十人くらい。立ってる人、寝てる人、動けなさそうな人がいる」

警備員のうち数人が、明らかに息を止めた。

アデルの目が細くなる。

「では、私が確認します」

「いえ、夜間の内部確認には、責任者の許可が必要です」

「シエラ姫殿下の命により、この場の収拾と現場確認を預かっています」


アデルの声は変わらない。けれど、その場の誰もが逆らいづらい響きがあった。

「王国側の高位冒険者と、連邦薬務局認可商会の間で衝突が起きる前に、内部を確認する。何か問題がありますか?」

警備員は黙った。

しばらくして、商会の奥から中年の男が出てきた。身なりは整っているが、額には汗が浮いている。銀杯商会の夜間責任者、エドガー・ノルンと名乗った。

「当商会は薬務局の認可を受け、適切に活性水と滋養粉を扱っております。このような時間の立ち入りは困ります」

ラウルが一歩前へ出る。

「我々は不法侵入を望んでいるわけではありません。ただ、建物内に多数の人がいるようなので、安全確認を求めています」

フィエルも静かに言った。

「見せれば終わる話でしょう?」

エドガーは唇を結んだ。だが、アデルの視線と、フィエルの剣に添えられた指を見比べた末、しぶしぶ扉を開けた。

中は、拍子抜けするほど普通の卸問屋だった。

棚には粉袋が整然と並び、活性水の包み、薬草粉、旅人向けの滋養粉、薬務局認可の証明書が置かれている。壁際には出荷台帳。奥には木箱。匂いも、薬品臭いというより、乾いた草と紙の匂いが強かった。

ガドルが棚の袋を一つ持ち上げる。

「さっき飲んだやつだな」

エドガーはすぐ説明する。

「はい。一般流通品です。疲労回復を補助する滋養飲料で、危険性はありません」

フィエルが尋ねる。

「薬ではないの?」

「薬ではありません。あくまで飲料です」

説明としては筋が通っている。少なくとも、表に並んでいるものだけ見れば違法性はない。

だが、ラウルが台帳をめくった瞬間、空気が少し変わった。

ラウルは指で記録を追う。

「この“戻し”とは?」

エドガーは答える。

「品質不良品の回収です」

「不良品はどうしているのですか?」

「目視で問題があるものはまとめて薬務局に返還します」

その間も、リリィだけは台帳を見ていなかった。彼女は倉庫の奥、床の一角をじっと見つめている。

「下」

ガドルが振り返る。

「地下か?」

エドガーが即座に言った。

「地下はありません」

その直後、猫の門番の獣人メンバー、ミロが耳を立てた。

「……音がします」

アデルが問う。

「どこから?」

「床下です」

全員が静まった。

最初は、何も聞こえなかった。

だが、少しして。

コツン。

硬いものが、内側から叩かれるような音。

さらに、かすかに声が混じった。

「……けて」

ラウルの顔色が変わる。

エドガーはすぐに言った。

「配管です。古い建物ですので、夜間は音が――」

ガドルが低く笑う。

「配管が助けてくれって言うのか?」

リリィは笑わなかった。

「下に人がいるね。死体は・・・ないか」

フィエルがエドガーを見る。

「地下はないと言ったわね」

エドガーは答えなかった。

その沈黙を合図にしたように、同行していた警備員の一人が出口へ走った。

ガドルが一歩で進路を塞ぐ。

「どこ行くんだ?」

警備員は答えず、腰の短剣に手を伸ばした。だが、ガドルの盾が軽く動いただけで、男の体は壁へ叩きつけられた。

外でも気配が動く。待機していた猫の門番が反応し、数人の警備員を押さえ込む声が聞こえた。

ラウルが低く言う。

「ここまでです。これ以上は、緊急確認の範囲でしょう」

フィエルが剣を抜いた。

「開けなさい」


アデルは迷っていた。ここで地下を開ければ、シエラ姫側も知らなかったものを見ることになるかもしれない。だが、止めればフィエルたちは強行する。そして何より、アデル自身も今の声を聞いてしまった。

やがて、彼は静かに告げた。

「開けてください」

エドガーが目を見開く。

「あなたにその権限は――」

「シエラ姫の名で命じます。開けてください」

「それでも――」

フィエルは剣を下ろさないまま、少しだけアデルを見る。

「止めないのね」

「止められる状況ではありません」


「賢いわ。私たちは連邦の体制に興味はないの」

剣を二、三振るう。床板が刻まれて落ちる。奥には、巧妙に隠された金属製の地下扉があった。

その瞬間、リリィがぴたりと動きを止めた。

ガドルが眉をひそめる。

「お前が止まるのかよ」

リリィは地下扉ではなく、倉庫奥の暗がりを見ていた。

「なんか来た」

暗がりから、四つの影が現れた。

三人は黒い軽装鎧を身にまとっていた。顔の下半分を布で覆い、短剣と細身の剣を持っている。足音がほとんどない。兵士というより、暗殺者に近い。

そして、その後ろに一人。

長い黒髪を束ねた女。白い軍用外套。腰には細身の剣と、小瓶がいくつも並んでいる。冷たい目をしたリーダー格だった。

アデルが低く呟く。


「軍の特殊兵ですね……」

ガドルが眉を上げる。

「軍人か?」

「ええ。軍人、という表現が適切かはわかりませんが」

女は静かに名乗った。

「オルガ・ヴェイン。連邦軍統合作戦令に基づき、この施設を封鎖します」」

特殊兵三人は、すぐには襲ってこなかった。ただ、地下扉とフィエルたちの間に立ち、進路を塞ぐ。

オルガが言う。

「盟主府の名を預かる者としての指示を繰り返します。地下管理区域は、これより閉鎖されます」

フィエルの目が細くなる。

「へえ」

リリィの声も低くなった。

「こんな夜中に急だね」

「偶然です」

その瞬間、リリィの顔から笑みが消えた。

「それ、嫌い。くだらない建前」

オルガは感情を動かさず続ける。

「事実です」

ガドルが盾を構える。

「ぶっ飛ばしゃ終わりだろ」

「駄目です! ここで手を出せば、相手は“連邦の正式権限への攻撃”として処理できます!」

ラウルが即座に叫ぶ。


フィエルも分かっていた。

「面倒ね」

リリィが地下扉を見つめる。

「下、急いでる。燃やす準備してるかも」

アデルの顔色が変わった。

「証拠隠滅……」

オルガは否定しない。

その時、フィエルが剣を抜き笑った。

「まあでも――」

「ぐっ」

エドガーが喉を押さえ、その場に崩れ落ちる。「あとは貴方達が死ねば、ここで起きたことは謎の悲劇になる、そうよね?」


オルガが剣を抜く。

「連邦政府を代表して狼藉を強く抗議します。この状況下における排除行動は、正当な権限行使です」

フィエルは静かに剣を構えた。

「番犬風情が偉そうね」



特殊兵の一人が動いた。

速い。

普通の冒険者の速さではない。低く滑り込み、ラウルの背後を狙う。

フィエルの剣が閃いた。

だが特殊兵は、致命傷だけを外した。肩を裂かれながらも姿勢を崩さず、距離を取る。痛みに反応しない。血が流れているのに、呼吸も乱れない。

ガドルが呟く。

「今のを避けるのか」

フィエルは淡々と言う。

「獣並みの回避能力ね」

リリィがその特殊兵を見た。

「この人たち、灰樽亭の犬よりずっと綺麗に壊れてる」


アデルが低く呟く。

「薬で調整されている……」

オルガが小瓶を一本割った。

白い霧が床を這う。活性水とは違う、もっと濃く、冷たい匂いがした。

特殊兵三人の姿勢が、さらに低くなる。

ガドルが盾を前に出す。

「最悪な戦闘場所だな」

ここは狭い。棚には粉袋や薬瓶が並ぶ。粉末が飛び散るなどの影響で何が起きるか分からない。

リリィは笑わないまま言った。

「下の子たち、燃やされたら嫌だから早くして」

ラウルが猫の門番へ叫ぶ。

「外を押さえろ! 誰も逃がすな!」

アデルも部下へ命じた。

「地下への別経路を探せ! 薬務局側を動かすな!」

次の瞬間、四つの影が同時に跳ねた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ