世話
1日休んだ次の日。いつものようにギルドへ顔を出した瞬間、レンは少しだけ違和感を覚えた。
受付の奥に立つミナは、普段通りに笑ってはいる。笑ってはいるのだが、どこか空気が違う。明るく軽い、いつもの“何か面白いことを考えていそうな受付嬢”ではなく、きちんと仕事の顔をしているのだ。
「レンさん、おはようございます。少しよろしいですか?」
窓口越しにそう声をかけられ、レンは思わず首を傾げた。ちょうどその時、後ろからテオとソフィアもやってくる。ミナは二人を見つけると、小さく手を振って同じように呼び止めた。
「お二人も、おはようございます。三人まとめて、お話ししたいことがありまして」
「なんだなんだ、朝から真面目だな」テオが軽く笑うが、ミナはつられない。
三人が窓口の前に並ぶと、ミナは一度周囲を見回してから、少しだけ声を落とした。
「依頼、というほど派手ではないのですが……手伝っていただきたい仕事があります。昨夜、門前の件で連れ帰った病人と難民を、一時的に隔離区画へ移していますよね。今日はそちらの補助をお願いしたいんです」
「補助?」
ソフィアが聞き返す。
「はい。荷運び、水や食料の確保、病人の見張り、関係者への聞き取り、逃亡や混乱の防止。そういった実務ですね」
実務。その言葉だけで、レンは少しうんざりした。
魔物や犯罪者の討伐なら分かりやすい。強いか弱いか、斬るべきかどうか、それだけだ。だが人が相手で、しかも病人と難民と、場合によっては怪しい者まで混ざっているとなると、一気に面倒になる。何が正解で、どこまでやれば十分なのかも曖昧だ。
「地味だけど、大事なやつね」
ソフィアが腕を組みながら言う。テオも「人助けってことだよな」と頷いたが、その顔には少し戸惑いがあった。
「報酬は・・・?」
「1日あたり一人銀貨2枚です」
「え!」
びっくりしたソフィアが大声を出す。ミナは慌てた様子で小声で話す。
「内密にお願いします。見落とさない目が大事でして破格の報酬です」珍しく、冗談っぽさのない口調だった。
「工作員が隠れていないか。申告されていない病人がいないか。人数や様子に変なところはないか。そこを見てください」
「……ああ、なるほど。接点がある俺達ならわかりやすいってことか」
「そうです。なので皆様のみ特別な報酬金です」
「怪しい人を見つけても、すぐ騒がなくて大丈夫です」
ミナは念を押すように続ける。
「まずは見て、聞いて、覚えてください。あと、隠れている病人が一番怖いので……無理して動いている人がいたら、それも見逃さないでくださいね」
「病人って、そんなに危ないのか?」テオが眉をひそめる。
「危ないです。感染系だと広がりますので」
「なるほどな……」
テオとソフィアは真面目な顔で頷く。
レンも頷きながら違うことを考えていた。
荷運び、水の確保、見張り、聞き取り、混乱防止。
こういうのは、まさに普通の冒険者の仕事だ。竜を殺したり、国家絡みの面倒ごとに巻き込まれたりするのではなく、街の片隅で人を支えるための依頼。派手さはないが、確かに必要な仕事である。
――俺、こういうのほとんどやってこなかったんだよな。
自分でも少し驚く。最初の頃はともかく、途中からは難しい依頼、大きい依頼、急ぐ依頼ばかりだった。面倒な実務や現場の調整は、いつの間にかセリーナか他の誰かが片づけていて、自分は最後に一番わかりやすい“答え”だけを取りに行っていた気がする。
だからこそ、今この依頼を「面倒だ」と感じているのかもしれない。
「……わかった。やるよ」
レンが言うと、ミナは少しだけ表情を和らげた。
「ありがとうございます。三人なら大丈夫だと思っています。あ、もちろん無理はしないでくださいね。何かあれば、すぐ戻ってきて構いませんから」
「討伐じゃないのに、無理はしないでって言われると逆に怖いな」
テオが苦笑する。ミナは珍しく「ええ、そうですね」とだけ返した。
ギルドを出て、三人は隔離区画へ向かって歩き始めた。
朝のザヴィルはすでに人通りが多い。だが昨日の騒ぎの影響か、どこか落ち着かない空気もあった。
「しかし、いきなりこういう依頼か」
テオが頭をかきながら言う。
「まあ、経験にはなりそうだけどな。なあレン?」
「経験というか、疲れそうだなって思ってた」
「それは私も思ってる。人相手の対応は気を使うからね」
「だよなあ。誰が本当に困ってるのか、すぐには分からないし」
「しかも、困ってる人を疑わないといけない場面もあるわ」
ソフィアの言葉に、テオが少しだけ難しい顔をする。レンも同じだった。
敵がはっきりしていればいい。だが今回は違う。助けるべき者の中に、警戒すべき者が混ざっているかもしれない。それが面倒で、やりにくい。
「まあ、でもさ」
テオが少しだけ明るい声を出す。
「ネクロマンサー達と他国の奴らと向き合うよりは冒険者っぽいよな」
「雑用が?」
「そうそう。あんなのはたまにでいいんだよ」
「そうね」
ソフィアが苦笑する。レンもつられて少し笑った。
やがて隔離区画が見えてくる。簡易の柵と布で仕切られた一角には、すでに大勢の人が集まっていた。物資を運ぶ者、見張りをしている者、疲れ切った様子で座り込む者。派手な戦場とはまるで違うのに、空気は張り詰めている。
「……思ったより大仕事だな」
テオが小さく言う。
「人が多いもの。見逃しも起きやすそう」
ソフィアはすでに仕事の顔になっていた。レンも、遠目に眺めながら自然と気を引き締める。力ずくで終わらせられない場所では、見ること、聞くこと、気づくことがすべてになる。
「よし」
テオが手を打った。
「とりあえず役割を決めよう。俺は荷運びと外回りだな」
「私は病人を見るわ。体調確認なら一番向いてるし」
二人の視線が自然とレンへ向く。
「じゃあ俺は……全体を見て、必要なところで対応するか」
それでも、三人の役割は自然に決まった。
レンは小さく息を吐いて、隔離区画を見据えた。
「……さて、普通の冒険者らしい仕事を始めるか」




