死んでいない匂い
シオンは、いつものように街を歩いていた。朝は市場、昼は酒場の裏口、夕方は港の荷揚げ場。表で拾える話と、裏でしか流れない話。その境目を嗅ぎ分けて歩くのが仕事だ。
けど、最近のザヴィルは明らかに妙だった。行方不明が増えている。それも、ふらっと消えそうな流れ者や借金持ちじゃない。仕事があって、知り合いもいて、急にいなくなる方がおかしい連中が消えている。なのに街の上は妙に静かで、裏の情報屋たちもやたら口が重い。
(気持ち悪いんだよな……)
そんな時、顔なじみの衛兵が声をかけてきた。
「おいシオン、最近、王都からやばい冒険者が来てるの知ってるか?」
「やばい冒険者なんて毎日いるでしょ」
「そういうのじゃない。チームだよ。特に一人、やばい女がいる」
ちょっとだけ興味が湧いて、シオンは顔を上げる。
「どんなの?」
「小柄で、見た目は可愛い。子供にも見えるくらいだな。でも不気味なんだよ。門番と何かあったらしいが、細かいことは誰も教えねえ」
衛兵は首をすくめた。
「聞いたやつも、みんな変な顔して黙るんだ」
(あー、嫌な匂いしかしない)
その後もしばらく街を流していると、細道に妙な二人組を見つけた。片方は小柄な女。もう片方は大柄な男。二人とも街に馴染んでいない。特に女の方は、見た目だけなら可愛いのに、近寄りたくない空気が滲んでいた。
(たぶん、こいつだな)
少し迷ったが、情報屋として無視もできない。距離を取りつつ声をかける。
「……何してんの?」
大柄な男は露骨に面倒そうな顔をした。
一方で女の方は、ぱっと明るく振り返る。
「調べものー」
それを聞いた瞬間、シオンは本能で理解した。
(あ、これ、関わっちゃだめなやつだ)
けど、もう声をかけてしまった。今さら自然に逃げるのも無理だ。
「なんかあったみたいなんだよね。死んでないけど」
女はそう言って、ある建物を見上げた。最近消えたEランクチーム《緑影の小鹿》のハウスだ。
「死んでないけど、って何?」
「匂いがするの」
女は楽しそうに答える。
「死んでないのに、帰ってこない人の匂い」
意味は分からない。けど、冗談で言ってる顔じゃなかった。
シオンは背筋が少し冷えるのを感じた。それでもここで引くのは情報屋として負けだ。売るんじゃなく、逆に試してみることにする。
「神隠し、ってのが最近あるらしいんだけど、それかもね」
女の目が少しだけ細くなる。
「冒険者を中心に、行方不明が増えてるって話」
「ああ、それ、選ばれてるね」
あっさり返された一言に、シオンはぞっとした。
「……選ばれてる?」
「うん。たまたまじゃないってこと」
「誰に?」
「そこまではまだ分かんない」
女は肩をすくめるみたいに笑った。
「でも、適当に消えてるわけじゃないよ」
シオンが次の言葉を探していると、女がふと顔を上げた。
「見てるやつ、多いなあ。監視してるのかな?」
シオンは周りを見るが、特に何も見えない。
「まあ、あんたら目立つしね」
そう返すと、大柄な男が低く言った。
「いや……そういうのじゃない」
次の瞬間、男が持っていた盾が音もなく巨大化した。人一人どころじゃない、扉みたいな大楯だ。シオンは思わず一歩引く。
男は周囲を睨んだまましばらく動かず、やがて息を吐いた。
「……いなくなった、か」
「何が?」
シオンが聞くと、女がくすりと笑う。
「なんで君はそんなことが分かるの、って顔してるね」
「実際そうだよ」
「得意なんだ」
そう言って女が地面に手をかざす。
すると、土の中から白い手が一瞬だけ覗いた。死人の手。そう見えた。
「……っ!」
シオンは本気で引いた。
女は平然としている。
「生きてる人がいなくても、情報はたくさんあるの。もちろん力も、ね」
「こんなとこで目立つだろ……だから宿から出るの嫌だったんだよ」
男が頭を抱える。
シオンは何も言えなかった。今まで会ってきた裏の人間も、貴族も、荒事屋も、それなりに怖かった。けどこいつは種類が違う。会話は通じる。なのに、前提が根本から違いすぎる。
「まあでも、大体わかった」
女は満足そうに頷く。
「ちゃんと隠してるのに、匂いが漏れてるんだもん」
「匂い匂いって……何なんだよ、それ」
「秘密」
にっこり笑って、女は背を向けた。男も深いため息をついて後に続く。
数歩進んだところで、女がふと立ち止まり、振り返った。
「そういえば、あんたの匂い……最近、面白い人と会ったでしょ?」
「面白い人?」
シオンは眉をひそめる。思い当たるのは何人かいるが、どれのことだか分からない。
「思いつかないなら、センスないなあ。情報屋は辞めた方がいいよ」
「は?」
言い返した時には、二人はもう遠ざかっていた。
シオンはしばらくその場に立ち尽くした。
なんで、自分が情報屋だと分かったのか。
それ以上に――あの女は、どこまで分かっていたのか。
広場にはいつものように人が行き交っている。けどシオンには、街の空気がさっきまでより少しだけ重く感じられた。
(…最近、本当にまともじゃないな)
思わず、そんなことを考える。
でも同時に、少しだけ確信もしていた。神隠しは、やっぱりただの噂じゃない。




