幸せになりたかっただけだった。~パーティーでの婚約破棄と、その結末~
パーティーの日が来てしまった。
彼が、私に婚約破棄を投げつけようとしている日が来た。根回しはしている。恐らく彼が私に婚約破棄を投げかけるだろうと。来賓のあるパーティーでそんなことをやらかすなんて正気ではないと心の底から思う。
一部では、「婚約破棄をやめさせるか、それともそちらから捨てたらどうか」とも言われた。流石にそんな来賓のいるパーティーでやらかすほど馬鹿ではないだろうという声もあった。彼は愚かではないはずだ。だから正気の彼ならばパーティーでそんなことはやらかさない。
けれど、今の彼はすっかり恋に狂っている。——きっとやるだろうなと思った。ヒロインも、私のためにと状況に酔っているようだ。根回しをしても醜態にはなるかもしれないが、根回しをせずに恥をさらすよりはいいだろう。
幸いにも私の家も、彼の家も――あと王妃様がそういうはっきりしない男が嫌いだからと私の味方をしてくれているようなので、私の悪いようにはならないだろ。
私は彼が婚約破棄をしたいときちんと手続きするのならば、受け入れたのだけど――そう思いながらパーティーの準備をしている。当たり前のようにまだ婚約者である彼はこないので、お兄様にエスコートを頼んだ。知っていたからショックはない。
他の攻略対象の婚約者達はもう自分から婚約破棄をしている。私はしていないから、私という悪に彼女を守りながら立ち向かうというシナリオらしい。私は逆に止めていたのだけど。
お兄様もお怒りで、「さぼっても問題はないだろう」と言っていたけれど、私は出席することを告げた。
パーティーでは、私が婚約者に連れられていないことを見て「やっぱり」「まさか、噂通りにやらかす気なの?」という話声が聞こえる。
学園での様子を知らない人や、彼が恋に狂っている様子を知らない人からしてみれば婚約者を放置するとは思わなかったようだ。
彼はヒロインを連れていた。他の攻略対象達と共にヒロインを囲んで登場した。正直引いた。平民の彼女では手に入らないようなドレスを身に着けている。誰かからの贈り物だろうか。
周りの彼らは婚約者に婚約破棄されてすがすがしい顔をしているけれど……恋に狂っている彼らは実家が彼らを勘当したり、見放そうとしていることを知らないのだろうか。
彼は、私に気づいた。
彼は忌々しそうに私を見ている。そういう目で見られることは辛い。
「――ヒナンシェ!!」
「はい。何でしょうか」
私の名を怒鳴るように呼んだ、彼。昔はもっと、ヒロインが現れる前は私のことを優しく読んでいたのに。今は見る欠片もない。
私のことをどうでもいい、いや、私の事を嫌っているような声。その声に胸が痛くなる。
私を親愛を込めて見ていた彼はもういない。
「お前とは婚約破棄をする!! よくもミミに酷いことをしたな!! お前みたいな性悪と結婚なんてしてられるか!!」
「はい。かしこまりました」
「お前が幾ら嫌がっても――っては?」
「はい。かしこまりましたと言っております」
「……何を、今更。お前は散々俺と婚約破棄をしたくないとミミに嫌がらせをしてきたのだろう!!」
「今更とは? 私は確かに婚約破棄をこちらから申し上げはしませんでした。でも婚約破棄の手続きを取っていただければ了承するつもりでした。そしてミミさんには嫌がらせなどしておりません」
私ははっきりと告げた。
周りが呆れた様子をみせていることに彼は気づいていないのだろうか。
私が嫌がらせをしていないことも証明はしてあるし、こうして声をあげている間にも彼は失望されているというのに気付かないのだろうか。
――彼は分が悪いいことに気が付いているのだろうか。
「何を言う!! お前は俺の事が好きなんだろう。だから、ミミに嫌がらせを――」
「確かに私はお慕いしております。でも嫌がらせはしておりません。お慕いしているからこそ、婚約破棄を申し付けられたら頷くつもりでした。それが貴方の幸せならと。なのに貴方は婚約破棄の手続きをきちんとすることなく、こんな公然の場で私に婚約破棄を言い放つという非常識なことをなさっています」
私が淡々とそう告げれば、彼も、ヒロインも、他の攻略対象も驚いた顔になる。
「何を、嘘ばかり!! 貴方が私に嫌がらせをしたのでしょう」
「しておりません。証拠はあります。そもそも貴方が周りに敬遠されていたのは、貴方が婚約者のいる殿方と仲よくしているからです。はっきり言ってしまえば、危ない人だと平民にも思われています」
「なっ、何よ、それ。私たちはただの友達よ」
「……そう思っているのはミミさんだけです。私の婚約者も含めて皆、ミミさんに恋しています。だからこそ婚約破棄をしようとしているのでしょう」
「え!? なにそれ。ヒナンシェさんが問題を起こすから彼が婚約破棄をするってだけでしょう?」
……彼のことをヒロインは何も思っていないのかもしれない。ヒロインが彼を捨てるというのならば、私が拾おう。
「貴方は彼と付き合う気はないのですか?」
「え、ないわよ。だって友達だもの」
あ、彼ががびーんって表情をしている。ここまでくると哀れな気持ちになる。攻略対象たちも何とも言えない表情になっている。——彼らもヒロインとの未来を掴みたいと婚約破棄を喜んでいたわけだからね。
でも面白い事態になった。その後、攻略対象達がヒロインに愛の告白まがいのことをしたわけだが、選ばれたのは一人だけだった。伯爵家の次男だ。
何故か私や周りに見られながらヒロインと伯爵家次男がイチャイチャしだした。……何をやっているんだろうか。そして周りの彼を含めた攻略対象たちは、屍のようになっているけど周りが見えていないようだ。
伯爵が頭を抱えている。
多分あの伯爵家の次男の未来は明るくないだろう。
「グラギ様」
私は屍と化している彼に近づく。
「……ヒナンシェ」
「どうなさいますか。彼女と付き合えなくても私と婚約破棄をしますか? 私は貴方が好きなので、どちらでも構いません。どうなさいますか?」
「……ごめん」
「それは、何に対してのごめんですか?」
崩れ落ちている婚約者の元へ寄って、私は問いかける。
「すまなかった。……色々、全部」
「ええ。それで、どうなさいますか?」
「……」
「振られて可哀そうなグラギ様。この件が醜態となって新しい婚約者なんて選べないでしょうね」
「……」
「そこで、私。ヒナンシェならこのまま婚約をし続けたままで構いませんよ。なんなら結婚もしてあげますよ」
私としてみれば、これだけ情けない姿を見てもやはり好きなのでそんなアピールをしておく。
「……いいのか?」
縋るような目でグラギ様が私を見るのにドキドキする。こんな表情向けられるの初めてで新しい扉を開いてしまいそうな気分だ。
「ええ。ただし、次に浮気をしたら流石の私でもグラギ様の元を去るかもしれませんから、そのあたりは了承くださいね?」
「……ああ」
彼が頷いた。何だかパーティー会場は、イチャイチャするヒロインと伯爵家次男に、屍と化した攻略対象たち、そしてさらっと復縁している私と彼――そういうわけでなかなかカオスだ。
彼が私に手を伸ばそうとしていたら、お兄様に手を思いっきり踏みつけられていた。
「……ヒナンシェのことを裏切って、婚約破棄まで申し出たんだ。簡単にヒナンシェに触れると思うなよ? 本人が嫌がるから婚約はそのままになるだろうが――、俺は許してないからな」
「……はい」
お怒りのお兄様に連れられて私はパーティー会場を後にした。
友人たちから、あの後またカオスな状況になったと聞いたが、とりあえず彼との婚約続行がされたのはよしとする。
あれから彼は私に贈り物をもってよく家にやってくる。家の者に門前払いをされても、めげずにやってくる。
たまに会えた時(周りが追い返しているから)は以前のように優しくしてくれている。今度彼が同じことをまたしたら今度はこんな風に聞き訳がよい婚約者でいられる自信はない。
このまま彼がよそ見をする事なく、幸せになれたらいい。
私は彼からもらった花束を見ながら、そんなことを思うのだった。
短編100作品記念企画の短編はこれで終わりになります。
活動報告での企画に参加してくださった読者様ありがとうございます。リクエスト全て回収できず、すみません。
楽しんでいただけれていれば嬉しいです。
2020年2月2日 池中織奈