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噂の魔術師

「今日はごちそうさまでした」


 普段であれば味わう事のない数々の料理に、皆満足の表情を浮かべヴライとヴラドに礼を述べる。


「はっはっは、また、いつでも来なさい。次はそうだな……盛大にパーティーを開くとしようかね」


 本気なのか冗談なのか、腹の底から全力で笑うヴライ。


「先輩、今日はすいません」


「いや、気にすんな。まぁ、酒は少しずつ慣らしていくか。ドレス試着会はまた今度だな」


 項垂れるヨムカの頭をヴラドは、くしゃくしゃと少し強く撫でる。


「痛ッ……ちょっと、先輩痛いです!!」

「じゃあ、また学院でな」

「はい」


 ヨムカ達は用意された馬車に乗り込み、御者が全員が搭乗したのを確認し馬を走らせる。


 各自席に座ると早々にクラッドとフリシアは寝息をあげ、一足早く夢に誘われていった。ヨムカの肩にフリシアの頭が乗り掛かり、対面に座るロノウェの肩にはクラッドの頭がのし掛かっていた。


「ロノウェ副隊長、重くないですか?」

「少し重いですけど大丈夫ですよ。ヨムカさん、今日は楽しめましたか?」

「はい、凄く楽しかったです。それにあんなに美味しいご飯がこの世にあるなんて、正直驚きました」

「ははは、それは良かったですね。それはそうと、明後日の放課後はお時間ありますか? もし空いているのでしたら、少し付き合っていただきたいのですが」


 まさか、ロノウェから誘いを受けると思っていなかったヨムカは、反射的に頷いてしまう。


「良かった。明後日の放課後、ヨムカさんの教室に迎えに行きますので待機していて下さい」

「あっ……わかりました」


 それからヨムカは何気なく窓の外に視線を向ける。


 繁華街の明かりに人々の楽しげな顔。酒気を帯びた若者から大人が道を行き交っていた。


「私もヴラドもこの七八部隊のメンバーで、酒を飲み交わすのを楽しみにしているんですよ」

「そうなんですか?」

「えぇ、大衆酒場の賑わいと安酒に酔いながら、腹のうちを割って談笑するのが、私達の密かな楽しみなんです。ですから、ヨムカさんには少しでも早く酒に慣れていただかなければなりませんね」

「うぅ……精進します」


 そうしているうちに朝待ち合わせた場所に到着する。


「フリシア、着いたよ」

「クラッド君、着いたので起きて下さい。肩が痛いです」


 フリシアは直ぐに目を覚ましたが、クラッドの方は寝言を呟くだけで一向に目を覚まさない。


「ロノウェ副隊長、失礼しますね」


 フリシアがクラッドの口を開かせ、そのまま何か小さな粒を口に入れる。


「フリシアさん、今何を入れたんですか?」

「ふふふ、お楽しみです」


 安らかに寝息を立てていたクラッドの表情が次第に変化が見られた。苦悶を浮かべ発汗し始める。


「かっらぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 瞬間にして目を覚まし飛び起きて、自身に何が起きたのかと目を白黒させる。口内で暴れまわる刺激を緩和させようと舌を手で扇ぐ。


「これっ、なに!? なんで、辛いんだ」


 口に手を入れ小さな粒を取りだし見せる。


「パーティーグッズです。昨日雑貨屋さんでたまたま見つけて、面白そうだったので買っちゃいました」


 ペロリと小さく舌を出すフリシア。


 被害を受けたクラッドの顔中は、汗か涙か分からないほど濡れていて、衣服のジャージも彼の汗を吸水し色が変化していた。


「皆さん取り敢えず降りましょう。御者の方が帰れませんよ」


 御者は素早く馬車から降り扉を開け一歩下がり待機し、全員が降りればまた素早く扉を閉める。


「こちらは旦那様から皆様にとお土産にございます」


 そう言い一人一人に小さな小包を手渡していく。


「ヴライ公爵にありがとうございますと、お伝え下さい」


 御者は深く頭を下げ、それ以上は何も言わずに馬車に乗り馬を走らせていった。


「なんか、愛想ないっすね」


 舌を空気に晒しながら呟く。


「彼は本来御者ではなく殺し屋が本職ですから、無駄な事が嫌いなんですよ」

「こっ……殺し屋!?」


 三人が生唾を飲み、馬車の去った方に視線を向ける。


「ふふ、貴族はたいてい殺し屋や、表沙汰に出来ない生業をしてきた者達を抱え込んでいるものですよ」

「ロノウェ副隊長のお家もですか?」

「はい」


 にこやかに答える。


 別段貴族がそういった連中を抱え込んでいるのに驚きは無いが、身近な人達の家が殺し屋を飼っているとなればやはり、驚きはあるものだった。


「まぁ、カッセナール家ほどでは無いですけどね。さて、そろそろお開きにしましょうか」

「うっす、お疲れ様です」


 皆その場で別れ帰路に着く。


 ヨムカは賑やかな繁華街とは反対の暗がりに並ぶ安い居住区に向けて足を運ぶ。周囲には人影は無く、心許ない街灯がヨムカを照らす。


「今日は楽しかったなぁ」


 今日一日の出来事を振り返りながら歩む。


 まさか自分があそこまでお酒に弱いという新たな発見に苦笑する。そして、後悔は無いが、ヴラドに自身の過去を話したことが少しだけ気掛かりだった。今まで誰にも話したことの無い過去を打ち明ければ、誰にも多少なりの不安はある。


 最後まで真剣に親身になり聞いてくれたヴラドの顔が脳裏を過り、顔が火照っているのを感じては頭を振り、深呼吸を数回して心を落ち着かせる。


 ヴラドは普段が普段なだけに、あの時見せた表情と優しさはヨムカを悩ませていた。


 ようやく辿り着いた我が家はカッセナール家を見た後なだけに、より一層ボロく見え、溜息が知らずと漏れてしまう。


 階段を登り扉を潜れば狭い一室がヨムカを迎え、簡素な室内に置かれたベッドの上には犬の人形が横たわっていた。


 軽くシャワーを浴び寝巻きに着替え、ぬいぐるみを抱き瞳を伏せる。




 翌日、ヨムカが目を覚ましたのは昼前だった。


 珍しく長い睡眠をとり、頭がまだボヤけるなか、洗面所で顔を洗い、髪を結って、意識が覚醒したら、キッチンで朝兼昼ご飯の支度に取り掛かる。


「今日はツナパンと……あっ、フルーツの缶詰めだ」


 戸棚を物色していたらフルーツ缶詰めが出てきたので、ツナパンと共に頂く。


 朝食を済ませ特にやることが無いので、学院のある噂を思い出し、外に散歩へ行こうと私服に身を包み、底の抜けそうな軋む階段を降りる。普段あまり行かない南側の区域に足を進ませた。しばらくして居住区を抜ければ、この国最大の貧民街の街並みと異臭がヨムカを出迎える。その建造物群は破壊と品の無い落書きのアートが至る場所に見受けられ、ヨムカの住む安い居住区を遥かに上回る治安の悪さだった。


 建物の隙間や窓から此方を伺う視線を感じるが、臆すること無く奥へ進んでいく。これから向かう所は散歩で行くような場所では無いのはわかっていたが、学院で聞いたある噂の真偽を確める為に赴くのだ。


「先輩達にバレたら流石に怒られるかな……ん?」


 背後から何者かの気配を感じ振り返るが、特に怪しい人影は無い。


 相手が何処に居るかはおおよその検討がつき、いつも感じるような視線ではなく、あからさまに素人の尾行だったので気付かぬ振りをして気にせずに進む。


 しばらくしてヨムカは足を止めて深い溜息を吐き出し、周囲を見渡す。手に物騒な得物を持った柄の悪い連中がぞろぞろと路地や屋内から卑下た笑いをしながら姿を表す。もちろん、背後も既に退路を塞がれていた。


「へへっ、お嬢ちゃん。こんな危険な場所に一人で何をしにきたのかな?」


 ここに来た理由。


 それは底知れぬ知識を持つ魔術師がこの界隈に住んでいると、学院内で噂になっていたのを聞いたのでそれを確認しにきたのだ。その膨大な知識を有する者なら、ヨムカの髪と瞳について何か知っているかもしれないと期待して足を運んだのだ。


「別に私が一人で何処を散歩しようが、貴方達に関係ないと思うんですが?」


 普段の冷めた口調は、ヨムカを取り囲む男達の機嫌を損なわせるには十分だったようで、リーダー格の男は唾をそこらに吐き捨てる。


「おいおい、冷てぇじゃねーかよ。ナァ?」


 冷めた夕日色の瞳で男を睨み据える。


「そろそろ退いてくれませんか? 散歩の邪魔なんですけど」

「ソイツは出来ねぇな。俺達のテリトリーに足を踏み入れたんだ。交通料を払ってもらおうじゃねぇか」

「交通料? 貴方達にお金を払う必要性を感じませんし、私はそこまでお金持ってないので」

「はっは、そうかい。なら、引き返しな。そうすりゃ、命も金も取らねぇでおいてやるよ」


 男が腰に差してある二丁の拳銃を引き抜けば、周囲の仲間達もそれに続く。


「引き返す? 馬鹿な事言わないでください。私は用があって今、ここにいるんですから」

「ここは無法地帯なんでな。ガキ一人死のうが誰も此処まで踏み込まねぇのさ、覚悟しろやッ!」


 嬉々とした瞳を輝かせ部下数人と共に狩り場に躍り出る。


 ヨムカは俯き加減に馬鹿だなと笑う。


「大地に盛る炎よ、大いなる闇を照らす朱よ、今願うその聖炎を我が剣と化せ:展開せよ――地上ホミュラー炎剣ソール


 地表から無数に突き出す炎剣は揺らぎ、火の粉を舞わせ敵を足止めする。


「ボス、この女魔術師ですよ!」


「言われなくても分かってる! クソッ、つくづく魔術師には運がねぇ。構うな所詮は炎だ」


 一同、銃口をヨムカに揃え合わせトリガーを引き凶弾が放たれるが、それら全てヨムカに届く事はなかった。


「なんだぁ?」


 地面より突き出ている炎剣がより一層に猛りその火力を増す。それでも炎では弾丸を防ぐことなど不可能。何が起きたのか、男は思案し、理解する間もなく炎剣によって飲み込まれていた。


「……あれ?」


 男は肌を焼きつくす痛みも熱さも感じない。瞑っていた目を開くと、そこには先程まで周囲を支配していた無数の炎は見られず、男達に囲まれている少女が立ち尽くしていた。


「別に命まで奪う気はないです。これで実力の差が分かったなら、道を開けてもらってもいいですか?」


 目の前に立つ少女の言葉を身体が意思に関わり無く従い、道を開けてしまう。リーダー格の男に習い他の者達も左右に分かれた。


 ヨムカがゆっくりと歩を進め、自分達を抜けようとした時に男は通り過ぎようとする少女に声をかけていた。


「待ってくれ。二つだけ答えて欲しいんだが、いいかい?」

「なんですか?」

「さっきの炎は一体何だったんだ? 俺達の身体を飲み込んだのに火傷の一つも負っちゃいねぇ。まぁ、そういう術式だって言われたらそれまでだが、俺は色んな魔術師を見たけどよ、あの術式はもちろん"あんな色の炎"見たことがない」


 本来の炎色より鮮やかで薄く、炎以上に眩しかった。まるで夕日のようだったと男は語る。


「貴方達を襲ったまでは本物の炎で、貴方達を飲み込んだ炎は幻術だから痛みも火傷もしません。炎の色は、私にも分からないから答えられないですけどね。それで、もう一つの質問はなんですか?」

「幻術か……そうだな、もう一つは質問というか、名前が知りたくてな」

「ヨムカ・エカルラート」

「そうかい、良い名前だな。次もし此所に散歩する機会があるならスカルクラブっていう酒場を訪ねな。客人として歓迎するぜ」

「気分が向いたらでよければ」

「はっはっは。あぁ、それで構わねぇ。来たら旨い食い物を用意しといてやるよ」


 豪快に笑う男はヨムカを気に入り、部下を連れて去ろうとするのを今度はヨムカが呼び止める。


「この界隈に魔術師っていますか?」

「魔術師か……ヨムカ嬢、悪いことは言わねぇ、アレに関わるのは止めておけ。これは忠告だ」

「……アレ?」


 男の顔色が大きく変わり、その瞳には深い恐怖を宿していた。


「ありゃ……人の成りをした化物だ」

1週間くらいで投稿するつもりが、少々長引いていしまいました(汗)

ようやくまともに主人公がじゅつしきを使う場面を書けたのが良かったです。そろそろまともな戦闘シーンを書いていきたいですね。

次回も1週間後を目安に書いていきますのでよろしくお願いします。

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