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打ち明ける過去

 客室のベッドにヨムカを寝かせ、目尻に溜まった涙をヴラドはポケットからハンカチを取りだし拭う。


「産まれてきてごめんなさい……か」


 ヨムカが寝言で呟いた言葉が脳裏で繰り返される。


 ヨムカは自身の髪と瞳が好きではない、と言った時に理由を聞いてはみたが話してはくれなかった。


「あ~なんか、俺も眠くなってきた」


 酔いが回ってきたのだろう。身体が良い具合に火照り、眠気によって思考力が混濁し初めていた。目蓋も重く、ヨムカの隣りで横たわり瞳を閉じた。




 ヨムカは夢を見ていた。


 それは幼い頃の夢。色々な過去が走馬灯の様に流れていく。


 両親が小さいヨムカの頭を撫で、父の大きな腕に抱かれ、よく三人で家から夕日を眺めていた。


「ヨムカの髪と瞳はあの夕日みたいで綺麗だな」

「そうね。お母さん、ヨムカが羨ましいなぁ~。きっと大人になったらお母さん以上の美人になるわね!」


 夕日に照らされた二人の顔が眩しく、こんな暖かい生活がいつまでも続くと当時のヨムカは思っていた。だが、幸せな時間は時を刻む毎に亀裂を生じていく。


 田舎にある村というのは外部の人間への風当たりは強く、母が魔術師だった事を知ると村人達は腫れ物を見るような視線を向けてくるようになる。だが、母は優しい微笑みをヨムカに向け続けていた。「私は大丈夫だよ」と。


 それからエカルラート家に対するいじめは日々エスカレートしていき、父が家族を守るために一人、村長宅へ赴いたのだが、全く相手にされずに帰された。日が沈み帰宅した父は酷く疲れていて、夕飯を食べることなく、その日は眠りについてしまった。


 村人達の手はヨムカにまで迫っていった。


 同年代の子供達からは仲間外れにされ、陰口を耳にし、石を投げられた。


「ヨムカ! その傷はどうしたのッ!?」


 額から血を流すヨムカに母は慌てふためきながらも救急箱を抱え、ヨムカの傷口に消毒液を塗る。


「お母さん、染みるからフーフーして」

「ふー、ふー。ヨムカ、その傷はどうしたの?」

「えっと……その、転んだの」


 それは嘘だと直ぐに分かった。


 普段は口ごもったりはしないヨムカは親に心配させまいと嘘をついたのだ。それが逆に母の胸を締め付ける。


「ふふ、慌てて走ったりしてたのかな?」

「う……うん、そう!」


 我が子に嘘を付かせてしまった事に自身の弱さを憎み、親としてエカルラート家に嫁いだ身として家族を守らなければと決意する。


「よし、これで大丈夫。お父さん、もうすぐ帰ってくると思うから、夕飯の支度をしたいんだけど、手伝ってくれるかな?」

「うん、手伝う!」


 しばらくの時が経った頃から、父と母は人が変わったように、ヨムカを異質なモノでも見るかのような眼差しを向けるようになる。


 父は仕事を辞めさせられ酒に溺れた。母は相変わらずの陰湿な苛めに精神を病み、ついにはヨムカに手をあげるようになった。


「貴女のせいよっ! 全て貴女が悪いの。ねぇ、ヨムカ、悪いことしたらどうするんだっけ?」


 我が子の首を両の手で締め付ける。


 優しく温かかった母の手は今は冷たかった。「ごめんなさい」と何度も何度も掠れた声で吐き出す。酸素を上手く取り入れられず、涙で視界がぼやけつつも母に許しを請う。


 夢はそこで打ち切られ意識は現実に返り目を覚ます。


 白い天上をぼんやりと視界に映し頭が痛くなる。


「ようやく、目が覚めたか」

「えっ……?」


 ヴラドが顔を覗かせてきたので、ヨムカは驚きに一瞬呼吸が止まりむせ変える。


「大丈夫か?」

「げほっ……だ、大丈夫です。というより此処はどこですか?」

「俺の家の客室だ。どうしてこんな場所に寝かされてるか分かるか?」


 責める風ではない。


 気軽に質問するような口調のヴラドにヨムカは小さく頷く。


「ジュースを飲んでたら頭がクラクラして……」

「あれはジュースじゃなくて酒だ。全く、あの酒は結構値が張るんだぞ。それをお前達は水やジュース感覚でガバガバ飲みやがって」


 ヴラドの言葉には呆れの色が混じっていた。そして、ヨムカの頭を少しだけ強く撫で回す。


「痛っ、髪がボサボサになるじゃないですか!……うっ、頭痛い」

「飲み過ぎだ」

「……すいません」


 椅子から立ち上がったヴラドは、備え付けのキッチンに向かうと、コップに水を注ぎヨムカに手渡す。


「ありがとうございます」


 水を一口含んだだけだが、少しだけ気持ちが軽くなった気がして、表情に少しだけ余裕が戻る。


「ヨムカ、辛いことや悩みがあるなら遠慮しないで話せ。まぁ、無理にとは言わないが、もちろん俺には話したくないならロノウェでもいい、フリシアでも構わない。話せば少しは楽になる事もある」


 気怠げでテキトウな普段見知ったヴラドではなく、本気で心配してくれていたにも関わらず、ヨムカは怪訝な視線を向ける。


「私の悩みなんてお金が無いくらいです」

「そうか? まぁ、皆にさっきお前が貧乏なのは俺のせいだって言われたしな」


 苦笑混じりに頭を掻く。


「そうですよ。先輩のせいで生活ギリギリなんですから、何とかしてください」

「安心しろ。今後はちゃんと任務をとって来るから……ロノウェが」


 最後はボソリとヨムカに聞こえない程度に発する。


「そんで、どうしてお前は両親に産まれてきた事を謝るんだ?」

「――ッ!?」

「お前を此処に運んでる時、涙流しながら何度も謝ってたぞ」

「……」

「安心しろ、俺しか聞いてない。まぁ、無理に聞こうとは思わないが、話せば少しは軽くなる。もちろん、お前が今言ったコトを忘れろというなら忘れる。話すも話さないもお前次第だ」


 好奇心で聞いているなら、いつものように冷たい一言と共に突き放せた。だが、今のヴラドは違った。決して好奇心などではないという事を、ヨムカはヴラドの瞳に宿る色を見て理解する。


 今まで誰にも打ち明けてこなかった過去。


 打ち明ければきっと、皆は自分から遠ざかってしまうという恐怖を常に感じていた。それでも、何故か今、目の前にいる第七八部隊隊長ヴラド・カッセナールになら、と思う自分がいる事に少しだけ驚いた。


「私を軽蔑しませんか?」

「軽蔑? 誰がそんな事をするんだ?」

「先輩が私を……」

「それは役割が逆だろ。お前が俺を軽蔑してるんだろうが」


 彼なりのジョークなのだろう。


 ヨムカはその心遣いに内心で感謝し、どこからどのように話そうか思案する。


「ゆっくりでいいぞ、時間はまだあるんだからな」

「ありがとうございます。じゃあ……」


 ヨムカは過去を思い出しながらも語り始める。


 忘れ去りたい過去をこれから他人と共有するのだ。口では軽蔑はしないと言っていたが、話しが進むに連れて不安がヨムカを覆い被さっていく。


「ほら使え、涙溢れてるぞ」


 ポケットからハンカチを取りだしヨムカに手渡す。そこで視界が霞んでいる事に気付く。過去を語る不安に自然と涙が流れていた。


「すいません」

「少し休憩するか。ホットミルクでいいか?」

「あっ……はい」


 再びキッチンに向かいポットにミルクを注ぎ火をつける。しばらくすればミルクの甘く優しい香りがヨムカの鼻孔を燻る。


「熱いから気を付けろよ」

「いただきます」


 立ち込める湯気と口内に広がるミルクの濃厚な甘みは、ヨムカの不安を和らげてくれた。


「先輩、続き聞いてくれますか?」

「当たり前だろ」


 カップをベッドに備え付けられている小さいテーブルに置き、深い深呼吸を数回繰り返し、ポツリと語り始める。



 家族との時間を過ごすうちに家庭は不安定なものになっていた。


 必ず守るからと頭を撫でてくれた両親はヨムカを避けるようになった。何故私達はこんな目にあわなければいけないのかと、母は我が子に侮蔑の視線を最愛の我が子へ向ける。


 村全体の苛めに両親は疲弊し精神を擦りきらしていた。


 毎日十分な食事が出来ず、陰口をを聞きながらも汗水を流しながら働く日々。


 そんなある日ついに家庭が崩壊する時が訪れる。


 深夜皆が寝静まる静寂の時間に村人が手に鍬や鉈を持ち、エカルラート家を取り囲んでいた。無数に揺れる松明の灯りが室内を不気味に照らし、ヨムカの両親は目を覚ます。


「なによこれッ!?」

「分からない……」

「貴方なんとかしてきてよ、私はもう嫌なの! あんな気色の悪い子供のせいで私の人生が狂わされるのは!」


 夫も半狂乱に叫ぶ最愛の妻の姿にもうんざりしていた。


「わかった。俺が様子を見てくるよ……」


 魂の抜けた亡者のような足取りで家の扉を開ける。夫が外に出たのを確認し即座にカギを掛け、わが身の安全を確保した。


 扉越しに村人と夫の怒声が聞こえた。


「私は悪くない、悪いのはそう……あの娘よ」


 キッチンに置かれた包丁を力強く握り、ヨムカの寝室へ向かう。


 その頃、ヨムカは外の喧騒で目を覚まし、窓から様子を伺うと、父が村人達に何かを訴えかけていた。何を言っているのかまでは聞き取れない。そして、一人の村人が父親に近づき、鍬を思いっきり頭上に降り降ろす。


「ッ!!」


 脳天に鍬が深々と突き刺さった。


 そのまま地面に崩れ落ちる。村人は田畑を耕すように鍬を前後に動かし引き抜くと、赤い血が地面に滴る。ヨムカは自分も殺されると悟り、押入れに身を隠し震えた。


「怖いよ、誰か助けて……」


 ヨムカの部屋の扉が開けらる。


「ヒッ!」


 押入れの扉をほんの少しだけ開け、片目で覗けば、松明の灯りに照らされた包丁を持つ母が、ゆっくりと周囲を見渡してから、ヨムカの隠れているクローゼットに手を掛ける。


「貴女がいけないのよヨムカ。私達の人生を狂わせた悪い子にはお仕置きが必要なの」


 ヨムカと母を隔てている扉が勢いよく開け放たれる。


「お母さん……ごめんなさい、許して」

「貴女を産んだのが間違えだったわ……さようなら」

「お母さんっ!」


 振り上げた包丁を降り降ろす。


 二人の離別をもたらさんと空を裂く。ヨムカは頭を抱え震えながらも瞳を力強く閉じ痛みに備えていたが、痛みは一向に訪れない。痛みを感じないまま死ねたのかとも思ったが、正面で地面に崩れ落ちる音を聞きハッと顔を反射的に上げる。


「お……お母さん?」


 ヨムカに降り下ろしたはずの包丁は母の胸元に深々と埋まり、赤い液体が溢れだし床を染めていく。


「ヨ……ムカ」

「お母さん、お母さんッ!!」


 悲痛な声を上げ母の脱力した手を握りしめる。


「ご……貴女にし……」


 母の瞳は輝きを無くし永遠の眠りに着いた。最期の言葉すら聞き取れずただ泣き叫ぶ。


 家の扉が破壊され村人はぞろぞろと押し入りヨムカを探す。


「悪魔の子を殺せ!」


 延々と紡がれる言葉。


「いたぞ、悪魔だ!」


 若い男の声に集まり、母の遺体のそばに立ち尽くすヨムカに農具を向ける。


「コイツ、自分の母親を殺したのか。なんて罪深い」

「恐ろしい子供だ」


 虚無に彩られた表情をする夕日色の少女を仕留めようと、何人かの男衆が詰めより身体を拘束せんと手を伸ばす。


「触らないで!!」


 ヨムカの言葉に呼応するように魔方陣が前面に展開する。


 鮮やかな茜色で描かれた魔方陣は火炎を盛大に吐き出し、村人を飲み込んでいく。この狭い屋内では十分に逃げる広さはない。瞬く間に全員が炎に包まれ、肉を焼きながら絶叫を上げ、魂もろとも焼き尽くされていく。初めて行使する力とその光景に唖然としつつも、術式を止めようと試みるが、そもそも術式の知識が無いヨムカにはどうともすることも出来ない。


「あっ……」


 炎は躊躇いなく母の身を飲み込み、家も軋みをあげている。このままでは家に潰されてしまうと背筋に悪寒が走る。


 ヨムカのいる場所は二階だ。


 階段下は既に炎が逆巻く領域と貸し逃げ出すことが出来ず、一先ずテキトウな部屋に押し入り、窓硝子を上着掛けで叩き割る。身を硝子片で傷つけながら潜り抜け、焼死するよりかはマシだと覚悟を決め飛び降りる。


 足首を挫いた。痛みを食い縛りながらも、足を引き摺り一歩一歩その場所を離れる。背後から村人が雄叫びの如く悲鳴を上げていた。


「皆……狂ってる」


 全ては自分の髪と瞳が両親と違うのが原因なんだと、自責の念が渦巻きながらも生きる術を探した。


 それから各地を転々とし長い年月が経過した。


 日払いの仕事をこなして得た賃金でその日を暮らす。知識は全て図書館で吸収していたが、そこでヨムカは見つけてしまった。それは古い文献からで両親と全く異なる髪と瞳を持って産まれた子供の事だった。


「これって!?」


 夕日色の瞳は懸命に文章を追ってみたが、肝心の部分でページは破れていてた。だが、それは魔術的な要因が絡んでいる事を知り、ヨムカはこの国にある魔術学院を受験する決意を固めた。


 受験日までヨムカは必死に独学で知識を付け、食費を削ってまで購入した魔術書を読み耽る毎日を送っていた。


 その成果も実り、受験は実技と筆記で見事両方とも好成績で乗り越えた。


「ここなら私の忌まわしい髪と眼の事が分かるかも」




 これがヨムカの生い立ちと魔術学院に入学した理由。


 それを黙って聞いていたヴラドは静かに吐息を吐き出す。


「一つ……いや、二つ疑問があるんだがいいか?」

「はい」

「まず一つ目だが、術式は本来発動には魔力と集中力と詠唱が絶対条件だ。それをそんな幼い少女が危機的状況で魔力を具現化させる集中力があるとは思えない。かといって自我があったみたいだから暴走した……というわけでは無い。正直言ってこれは異常だ」

「私……は」

「あ~勘違いするなよ。別にお前が化け物だって言ってる訳じゃない。」


 ヴラドは泣きそうなヨムカを見て、頭を掻きながら次の疑問を聞いていいものか悩んでいた。


「次の疑問はなんですか?」

「いや、やっぱいい」


 それは母の事。


 何故振り上げた包丁をヨムカにではなく自分に刺したのだろうか。魔術師であったなら、ヨムカを殺めた後に術式で村人を葬ればそれで済んだはずだった。そして、最期に言いかけた言葉は本来何を伝えたかったのかと疑問に思ったが、他人が親子の事に足を踏み入れるべきではないと聞くのをやめた。


「ヨムカ、今までよく頑張ったな」


 項垂れるヨムカの頭を撫でる。


「はい……」

「さてと、腹が減ったな。飯でも食いに行くか。アイツ等も心配してるだろうしな。取り敢えず今は腹を満たせ、隊長命令だ」


 伸びをしてヨムカの手を取り立たせる。ヨムカもまだあまり食べていないので、同情のない素のヴラドの気遣いが少し嬉しかった。


「はい!」

今回はちょっと暗いですね。

次回は明るい話しになると思います。

こちらはまた1週間後くらいの投稿となりますのでよろしくお願いします。

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