神の在り方について
ペラリとめくられていく紙の音。
ヴラドはいつも以上に真剣な目付きで書物の文を追っていく。その速度は十秒に一ページ。速読も良い所だ。
唯一の話し相手が書物の世界に没頭してしまった以上、取り残されたヨムカは手持無沙汰の暇となる。何か暇を潰せるものはないかと店内を見渡す。
「壁にカレンダー……それ以外は、魔導式刻限表、か」
針が三本。
一本は太く短く、もう一本は太く長い。この二本は眼に見えて動きを見せない。残った細く長い針の身がコクコクと円に並んだ数字を順々に刻んでいく。
時刻は十九時半を少し過ぎていた。
「暇だなぁ……」
厨房からは空腹に拍車をかける食欲をそそる匂い。
「ヨムカ、一つ聞いていいか?」
「……えっ、あ、はい。ど、どうぞ」
唐突にヴラドから話しかけられ、どもってしまう。そんな様子が可笑しかったのか、肩を竦ませて見せるヴラド。
「お前は、自分の持つ色について調べたいから、この学院に入学したんだよな。どうだ、少しは手掛かりみたいなのはあったか?」
「手掛かりですか……そうですね」
この学院に入学して得た自分に関わる情報といえば、底知れぬ膨大な知識を持つと言われる魔術師――パラノイアから聞き得た程度。
夕日色は希望の色だと。
「いえ、まだ何も。七八部隊で閲覧できる書物が少なくて……あっ、べ、別に七八部隊をどうのこうのと言いたいわけではなくてですねっ! えっと、その」
「ははは、無理にフォローなんて入れなくていいぞ。だよなぁ、下位部隊になれば学院書物庫で目を通せる書物は限られてくるしな。んで、どうして下位部隊が読める書物が少ないか知ってるか?」
「えっと、力ない人が余計な知識を得て、かりに敵国に捕虜となって脳内に記録している情報を引き出されても、国が痛手を負わない為、でしたよね?」
「そうだ。表向きはな」
「はぁ、表向き……って、どういうことですか!! じゃあ、まさかその理由以外に本来の理由があるっていうことですか!?」
「おう、あるぞ」
衝撃の事実。
まさか、そんな事情があるとは。いや、それより、どうしてその事をヴラドが知っているのだろう。いくら部隊長でもそんな情報を知らせておいて大丈夫なのか。もし、敵国に捕まってしまえば、と深く考えていると、ヴラドがヨムカの頭頂部に手刀を軽く入れた。
「いたっ! ちょっ、先輩なにするんですか!! 痛いじゃないですか!」
「いや、お前が馬鹿みたいに深く考えてるから、ついな」
「馬鹿って何ですか!! 馬鹿って! 先輩だって……」
「んん? 先輩だって、なんだ?」
いやらしい笑みを浮かべてみせるヴラド。そう、彼は授業をボイコットし部隊控室で小説を読んでいようとも、筆記は学年上位を維持しているのだ。比べてヨムカは、毎日授業に出席して、自宅でも予習復習していても上の中くらい。彼の実力には反論が出来ない。
「世の中は不条理で理不尽ですね」
「おいおい、どうした。現実逃避か?」
「現実逃避もしたくなりますよ。はぁ……神様って本当に意地悪ですね」
人は神という不確かな存在に踊らされている。
南大陸の生活基盤や風習や文化も神話に沿っており、神々の在り方に反しないような制度をとっている。身体的特徴に赤色を持った者が非難され迫害される、という社会制度を創り上げてしまったのは、もとはと言えば神話のせいだ。
「神様なんて、いてたまるかよ。めんどくせぇだろそんな奴が存在してても」
「まぁ、そうですけど。ですけどね、神様は人が崇拝して初めて彼等の胸中に巣食うんですよ」
「頭のイカレタ妄信者が神の声を聞いたとか、そういったあれか? まぁ、確かにそうだな。自分の在り方を変えてしまうくらい祈れば、ソイツの脳内には神様が宿ってるんだろうな」
「信者が集合的に同一の神を信仰するからこそ宗教が生まれるんですよ。辛い時があっても神様が見ていてくれます。皆さん頑張りましょう、みたいな。宗教戦争なんてのもいい例じゃないですか」
「妄信は常識という理さえも盲目的に書き替える、ね。つまり、お前は神は存在しているけど、それは個の内部に生み出された、あ~、妄想だって言いたいわけだな」
「はい、むしろ人を惑わす悪魔だとさえ思ってます」
「神は悪魔、ねぇ。面白い持論だな。じゃあ、そんなお前に良い所に連れて行ってやる。明日の授業はボイコットするぞ」
「ぼ、ボイコットですか?」
ヨムカは予感していた。
これは、また面倒な事件に巻き込まれてしまうのではないか、という最悪のシナリオを。
こんばんは、上月です(*'▽')
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