大口の奥
耳を塞ぎ込み、眼を固く閉じてしまいたい光景。
骨を砕き肉を擦切らんと反芻している。巨大な下腹部から噴き出す奇襲者達の血肉。フリシアは顔色を真っ青にしている。意識を失わないのは彼女の強い意志によるものか。
「ヨムカ、しっかりしろ。意識は……あるな。よし、俺の背におぶされ」
おじさんムカデの死角からヨムカに駆け寄って来たヴラド。手慣れた動作でぐったりとするヨムカを背におぶる。ロノウェとの目配せ。ヴラドはゆっくりと音を立てずに後ずさりをする。ロノウェもクラッドとフリシアを背に庇いながら、視線をおじさんムカデから外さずに一歩、また一歩を距離を取る。
「あの脂肪が術式を阻んでるのか。いったい、あれは何だ?」
ロノウェの放った土の杭さえ傷つける事叶わぬブヨブヨの肉。人間の血肉を合わせただけで、あれほどの防御力を備えることは可能だろうか。
「先輩、私は足手まとい……ですね」
「いや、あの化け物相手じゃ俺やロノウェでも対処できない。そんなことより、激しく吹き飛ばされたが大丈夫か?」
「腕が折れたかもしれません」
ヴラドの肩から垂れ下がるヨムカの腕には力が籠っていない。
「直ぐにフリシアに診てもらうぞ。とりあえず今はこの窮地を脱しなきゃな。さて、どうしたものか……な」
森に逃げ込めば上手く撒けるだろうか。あの図体が邪魔をして上手く木々を縫うコトは出来ないだろう。だが、その木々をなぎ倒して来たら……。
ヴラドは溜息交じりに苦笑し、服の下に隠れた腕輪に手をあてがう。
「先輩、考えがあります」
「おっ、それは期待していいものか?」
「どうでしょうね。でも、上手くいけば……ってところでしょうか」
「あ~、百パーセントじゃないなら却下だな」
「じゃあ、先輩には百パーセントの案があるんですか?」
答えられない。
案があるはずもない。書物で得た知識を用いてもあの化け物を打倒する手段が思いつかない。
「一応、お前の案を聞いておくとするか」
「それは……」
それは、とても許可できるものではない。当然、ヴラドは首を振るう。
「お前、頭打ったのか?」
「打ってませんよ!」
ヨムカの大きな声におじさんムカデの動きが止まる。
しまった、と全員の表情が凍り付く。
おじさんはヨムカを虚ろな眼でじっと見ている。舌なめずりをして、口角が大きく持ち上がり歪む。
「ニャッ!」
空腹は満たされぬ。もっと食わせろと下腹部の口から真っ赤な涎が垂れ落ちる。態勢をヨムカとヴラドに向きなおす。人間の手足をバタつかせて地を高速で這う。
「ヨムカ、暴れるなよ。逃げるぞ!」
「無理です!」
背を向けて駆けだそうとしたヴラドの背から飛び降り、おじさんムカデに向かって走り出す。
大口を開けてせまる異形に向かっていく恐怖心を押し殺す。
バロックの妹の様子を確認するだけの簡単な任務だったはずだ。
「うわあああああああああああ!!」
竦み上がる身を震え立たせるべく声を張り上げる。
大きく開かれた口目掛けて、ヨムカは身をできるだけ小さくして飛び込んだ。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回の投稿は11日の夜を予定しております




