バロックの妹
ヨムカは焦げ臭さに胃の中身を吐き出しそうになった。
目と喉を刺すような刺激。ギュッと瞳を閉じるが完全に塞ぎきることは出来ない。肌をブヨブヨと圧迫する粘膜が分泌する粘液が全身にコーティングする。
「ゲホッ! ゴボォ、オゴッ!?」
粘液が徐々に膜を形成し、ヨムカの全身を包み込もうとしている。
このままでは不味い。手や足をバタつかせて膜を突き破ろうとするが、伸縮性が強いせいで上手く破く事が出来ない。ヨムカは魔力を全身に行き渡ったのを感覚し、本来は自身の声によって詠唱しなければ術式は発動しない。ヨムカがいま実践しようとしているのは、声に出さず胸中で念じる詠唱。
ヨムカの腕に夕日色の炎が螺旋を描き纏う。
「これでっ!」
夕日色の炎でおじさんムカデの内部を焼き尽くそうという算段だった。伸縮性の幕を溶かし、ブヨブヨとした肉をこんがり焦がして脱出。ヨムカがヴラドに提案し却下された策。
成功するはずだった。
「どうして……ゴホッ、オエェッ!」
口と鼻から吐き気を催す悪臭が胃に流れ込む。放った炎は……。
「……消えた? 嘘でしょ! ゴホツ、オホッ」
再度炎を生み出すが、どういう訳か直ぐに鎮火してしまう。水、風、岩、電気と様々な属性の術式を試してみるが、それらすべてが炎と同じように消失する。おじさんムカデの内部では術式は使えないらしい。
万策尽きた。きっとこのままおじさんの体内で消化されてしまうんだ。ああ、十五歳という若さで死ぬのか。死ぬときは戦って死ぬか、袋叩きにされて死ぬか、餓死して死ぬか。そのどれかだろうなと思っていたが、まさかおじさんに消化されて死ぬとは思いもよらなかった。
「さっきから肌がヒリヒリするけど……消化が始まったのかな」
ヴラド達は逃げてきれたのだろうか。それともヨムカを助けるべく何か手を打っているのか。だが、ヨムカの頭はぼんやりとしてきた。瞼を開けているのもいっぱいいっぱいだ。
「あ~、お花畑が見えてきたかも」
死の恐怖を紛らわすための幻想。そんなことは知っている。では、花畑に存在する人々は誰か。一人一人の顔に見覚えはない。天使? それとも悪魔? どうでもいいが、彼等はとても辛そうな顔つきをしている。
「あの、ここは何処ですか?」
「お嬢さんもあの化け物に食われたのかい?」
「化け物……?」
おじさんムカデの事だろう。それ以外はあり得ない。
「お姉ちゃんの髪とっても綺麗ね」
ヨムカは声のした方へ振り返る。
「えっ……あ」
真っ赤な髪と黄緑の瞳をした少女。この人の群れの中で唯一の子供。
「お姉ちゃんのは赤より夕日みたいな色ね」
「あ、うん。ありがとう。えっと、ここに居る人たちって……」
「ええ、お姉ちゃんの想像通りよ。みんな食べられちゃったの。あのムカデみたいなおじさんに」
やっぱり。ヨムカはいま少女のいった言葉を頭の中でもう一度再生させる。
「みんなって、村にいる人全員が食べられたの?」
「そうよ。みんな誰一人残らず頂きますって食べられちゃったわ」
「じゃあ、貴女は」
村人全員が食べられた。そして唯一の若い女の子。ヨムカがこの村に来た理由は、バロックの妹の様子を見てくる為だ。
ヨムカはそっと少女に耳打ちする。
「バロックさんの妹さん?」
「あっ、お兄ちゃんのこと知ってるの? お兄ちゃんは元気にしてる?」
「うん、とっても。実はバロックさんに貴女の様子を見てきて欲しいって頼まれてきたの」
「あら、お兄ちゃんは妹離れが出来ないのね」
とても楽しそうにクスクスと笑う。
「私はレイビィ、バロックの妹よ」
「私はヨムカ。バロックさんの……」
ボスです。とは言えずお友達ということにした。
「恋人では無いのね、残念」
今度は落胆したように声のトーンが落ちる。レイビィは突如現れたヨムカに次々とバロックとの昔話を語り出した。
こんばんは、上月です(*'▽')
すいません、投稿予定日を過ぎてしまいました。
次回の投稿は15日くらいを予定しております




