酔い微睡みに包まれる
パーティー会場には白いテーブルクロスが掛けられた長机が並べられ、その上には普段では絶対にお目にかかる事のない料理が数多く乗せられていた。
普通のテーブルや椅子が無い事から立食形式なのだろう。
「うっ……旨そう。豚が……豚が丸ごとこんがりと焼かれてるぜ」
「たっ……隊長が戻ってきてからだよ、クラッド君」
今にも料理に食らい付きそうなクラッドをフリシアがなだめるが、フリシアの視線もチラチラとテーブル隅に置かれているデザートに向けられていた。
すると、一人の中年男性が執事とおぼしき男を連れ、大広間に入ってきては人の良さげな笑みを浮かべ、ヨムカ達に近づいてくる。
「キミ達がヴラドの友人で間違いはないようだね。ロノウェ君も相変わらず元気そうでなによりだ」
「ヴライ公爵もお元気そうでなによりです」
「ははは、まだまだ若いつもりなんだがな。さて、そちらのお若い子達の紹介をしてもらってもいいかな?」
目元に優しげな小皺を作る。
「彼はクラッド・フォーファです。我が隊では前衛を担当しています」
「クラッドって言います。趣味は筋トレです!」
何故か興奮気味に鼻息を荒くしながら、袖を捲り上げ自慢の筋肉を見せつける。
貴族相手に礼を失する行為にもヴライは豪快に笑い、自身も上着を脱ぎ意外にも鍛えられた力こぶを見せつける。
「ほぅ、君は筋肉に自信があるようだね。ならば、こんな筋肉を見たことがあるかな?」
「うっ……美しすぎる!」
クラッドの視線を釘付けにする美筋肉。それは筋肉に疎いヨムカ達も少し惚れ惚れとしてしまう美曲線を描いた隆起だった。その完成型は闇雲に鍛えて出来る物ではない。それは計算に計算を重ね、たゆまぬ努力という過程を経てようやく辿り着く極地。
「クラッド君も良い筋肉をしているじゃないか。その筋肉から普段の努力と筋肉愛がヒシヒシと伝わってくるよ」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げるクラッドの肩に手を置き頷く。
二人のやり取りを見届けたロノウェが口を開く。
「彼女はフリシア・マルシャ。後衛で治癒や補助の術式を使用し、我々をサポートしてくれています」
「えっと……フリシア・マルシャで……す。よ、宜しく……お願いします」
緊張のせいで言葉途切れになり深く頭を下げる。
「はっはっは、そんなに緊張しないで良いぞ。宜しくなフリシア君」
「はっ、はい!」
フリシアとも挨拶を済ませ、ヴライはヨムカに視線を合わせ柔和な微笑みをみせる。
「最後にヨムカ・エカルラートです。彼女は我が隊でも高い魔力を有している将来有望な魔術師です」
ロノウェの紹介を聞いていたヴライは腰を屈め、ヨムカと視線を水平に合わせ、その大きな手でヨムカの頭を優しく撫でた。
「えっ……あの」
「そうかそうか、この娘がヨムカ君か。確かにヴラドやロノウェ君が言うように質の良い魔力を有しているな」
ヴライ公爵に撫でられても特に嫌という気はせず、幼い頃父親に頭を撫でられた時と同じ感情を抱き、頬を朱色に染め俯きながら身を任せていた。
「ヨムカを手懐けている……だとっ!?」
「普段のヨムカさんだったら、嫌がりますしね。かといって貴族だから……というわけでもなさそうですし」
「ヨムカちゃん、なんか嬉しそう」
クラッド達の声なんか耳に入っていないというように、口許を綻ばせ眼を細めていた。
「おっと、うら若き女性に失礼だったな。つい撫でたくなったものでね」
ヨムカの頭から手を離す。
ヨムカは少し物足りないというような顔を一瞬浮かべるが、ヴライは背を伸ばし控えさせていた執事に何かを耳打ちし、七八部隊に今一度振り返りる。
「今日は存分に楽しんでいきなさい」
ヴライは気分良さげに後ろ手を組み、執事と共に部屋を退出し、入れ替わるようにヴラドが姿を現せる。
「親父になにか言われたか?」
「言われた……というより、ヨムカの頭を撫でてたっす」
「あ~そうか、ならいいんだ」
ヴラドがいつもの調子を取り戻していた事に一同安心する。
「じゃあ、食うか。ロノウェには酒を付き合ってもらうからな」
「ふふ、美酒であればいつまでも付き合いますよ」
「ここを何処だと思ってる、一級品の酒ばっかりだ」
「えぇ、知っていますよ。私の家でも手に入れられないような一品も、この家にはありますしね」
「遠慮なんて無粋なものはいらないからな~」
ヴラドは手に持っていたワインのコルクを手早く抜き、グラス二つに注ぎ、一つをロノウェに手渡す。
「では、乾杯」
「あぁ、乾杯」
先程の出来事なんて無かったかのような親しげさでグラスを傾けていく。
「ヨムカちゃん! な……何から食べようか、悩んじゃうね」
完全に視線はデザートに向いていたが、最初はメインとなる豪勢に彩られた料理から手をつける。
「凄い……簡単にお肉が切れる」
「マジだ! なんか、タレも甘じょっぱくて、すげぇウマイ!!」
次々と肉を皿に盛っては口いっぱいに頬張っていくクラッドに、このままでは全て食べ尽くされると危機感を抱き、ヨムカも少量ずつ色んな料理を皿に乗せる。
フリシアは最初からデザートを攻め、頬に手をあてて幸せそうなため息を吐く。
「こんな、こんな美味しいパフェ、食べたこと無いです……あぁ」
うっとりと恍惚な表情をしては、次なるデザートを物色し始めていた。
そんな部下達の様子を肴に、二本目を開けて、楽しそうに酒を煽っていくロノウェとヴラド。
「皆さん、とても幸せそうですね」
「そうだな。また時々こうやってパーティーでも開くか?」
「是非ともお願いします。さて、私もお腹のほうが空いてきたので、何か食べようかと思うのですが、ヴラドは何か食べますか?」
「あ~任せる」
ロノウェは両手に皿を持ち、料理が並び部下が賑わう場所へと向かう。取り分けた料理を綺麗に皿に並べて、ヨムカ達から歓声があがる。
「そういや、ヨムカって金が無くて節約してるみたいだけど、普段なに食ってんだ?」
クラッドが何気なく気になっていた質問をヨムカにぶつけてみた。
「賞味期限ギリギリのパンを安く買って、ツナを乗せて食べてる。少しお金に余裕があった時はミルクを飲んだり……あと、サラダが付けば贅沢な部類かな」
「……」
「……」
「……」
「わりぃ……」
ヨムカの食生活に一同は言葉を失い、なんて声を掛けていいか視線をヨムカに合わせようとしない。
「どっ……どうして視線を逸らすんですか!? あっ、やめて下さい、その哀れむような表情!」
「そこまで、金に困ってたのか?」
必死になるヨムカにヴラドはワインを片手に頭を掻く。
「というより、ヨムカが貧乏なのって隊長が任務を受けてくれないからじゃないっすか!」
「そっ……そうです。このままだとヨムカちゃんがもっと痩せ細ってしまいます!」
クラッドの抗議に珍しくフリシアも強気で続き、部下二人に言い寄られ、気怠そうな瞳はヨムカを一瞥し、何かを考えるように瞳を伏せる。
「ヴラド……?」
「わかったよ。じゃあ簡単な任務を来週から請け負ってきてやるよ……ロノウェが」
「私が……ですか?」
「手続きとかめんどくさいし、何よりも読書の時間が割かれるだろ?」
「ふふ、仕方ありませんね。では代理受注という形になるので、隊長印をお借りしますよ」
「勝手に持っていってくれ」
これでやっと部隊として仕事が出来ると、クラッドやヨムカは喜び、フリシアも甘いデザートを口いっぱいに頬張り幸せそうに頷く。
「ちょっと、トイレに行ってくるから好きに食べててくれ」
「では、私も付き添いますよ」
開始からずっとワインを飲んでいたヴラドとロノウェは肩を並べ、談笑しながら部屋を出ていく。
「……」
二人が完全に部屋から出ていくのを確認し、クラッドが不敵な笑みを浮かべた。
そっと、テーブルに置かれたグラス三つにワインを注ぐ。
「お~い、ヨムカ、フリシア。美味いジュースがあったから飲もうぜ!」
無理矢理押し付けるように、ワインの入ったグラスを手渡す。
「なんのジュース?」
「なんか、葡萄……みたいな?」
「確かに良い香りがします。せっかくですし乾杯しましょう」
三人はグラスを合わせ、こぎみ良い音を鳴らし口に含める。
ほんのりと甘い香りと喉にたゆたう熱は、三人にとって初めて味わう感覚だった。鼻から抜けていく葡萄の風味に魅了され、グラスを傾ける速度が次第に早くなる。空のグラスを恍惚と色香に濡れた瞳で眺めるヨムカとフリシア。
「……おかわり」
「クラッド君、まだありますか?」
「うぇーい。じゃあ、じゃんじゃん持ってくるわ」
変なテンションとなったクラッドに不信感すら抱かない。いや、抱けない女性陣は頬を薄桃色に染めている。
「隊長達が戻る前に早く飲もうぜ」
おかわりを手渡し、またグラスを煽っていく。そして、変化が表れた。
ヨムカがその場に崩れ落ちた。
「えっ……」
「ヨムカちゃん!?」
クラッドとフリシアが千鳥足なりにも慌て駆け寄る。ヨムカから小さな寝息が聞こえ安堵する。
「クラッド君、これ、お酒だよね?」
「……」
視線を反らすクラッド。
ほんのりと赤みがかったクラッドの頬をフリシアが両手で挟み、強制的に視線を合わせる。
「クラッド君、これ、お酒だよね?」
「すいません……お酒です。はい」
「はぁ……クラッド君、どうするの? ヨムカちゃん寝ちゃったよ」
「よし! 隊長達の指示を仰ごう」
地べたに身体を丸め眠るヨムカをそのままにするわけにはいかず、ひとまず広間の端に置かれた椅子に座らせるとタイミング良く、ヴラドとロノウェが帰って来た。
「どうした?」
椅子に座らせられ、小さな寝息を立てるヨムカを見てクラッド達にヴラドが問う。
「えっと、これには訳がありまして……」
「おや? ワインの量がだいぶ減っていますね」
ニコやかに量の減ったワインボトルを揺らし見せ、クラッドとフリシアは子供のように視線を逸らす。
「おいおい、視線が逸れてるぞ……酒を飲んだだけだろ?」
「私達を、その……怒らないんですか?」
おどおどと上目使いにヴラドを見上げるが、ヴラドは何故だと言いたそうに首を傾げる。
「飲みたかったんだろ?」
「うっす」
「減った量からして一人二杯ですね。それで、ヨムカさんは酔い潰れてしまった……というわけですか?」
「はっ……はい」
ヴラドとロノウェは互いに顔を見合せ苦笑する。ヴラドは仕方ないかと、椅子で眠りこけているヨムカを背におぶる。
「客間で寝かせてくるから、お前等はてきとうに飲み食いしてろ。まぁ……酒は潰れない程度にな」
そう言い置いてヨムカを背負うヴラドは広間を後にする。
客室までの間ヨムカの体温を背に感じながらも歩を進めていく。
「うんっ……はぁ」
熱い吐息がうなじを撫で、やれやれと表情を緩めては、落ちそうになる華奢な身体を背負い直す。
「ヨムカには、まだ酒は早いな」
ヴラドは隊の仲間達と酒を酌み交わす時を密かに楽しみにしていた。出来れば危険な任務や徴兵なんて受けずに、平穏な日常を彼等に過ごしていてほしいと言葉にはしないが願っていた。
「お母さん……お父さん」
「寝言か?」
ヨムカは自身の過去を話したがらなかったので、彼女がどういう経緯で魔術学院に入学したのかは分からなかった。ヴラドも無理に聞き出そうとはしなかったのだが、今、ヨムカの分かる情報といえば、自身の髪と瞳の色を良くは思っていない事と、魔術師として高い才能を有している事くらいだ。
「お母さん……お父さん、産まれてきて、ごめんな……さい」
首筋に冷たい何かを感じ、手に触れてみる。サラサラとした水滴。それがヨムカの垂らした唾液ではなく、流れ落ちた涙だと理解するに時間はかからなかった。
GW中書けるかなって思っていたら、いがいと忙しかったです……はい。
そんな中、なんとか書け投稿できました。




