バロックの頼み事
これといってやることが無い。
部隊控室に顔を出してみたが、ヴラドはいつものように書物の城塞を築いて籠城。フリシアは家の手伝いがあるといって帰宅。クラッドは部屋の隅でスクワット。どうでもいいが、汗を周囲にまき散らさないで欲しい。
ロノウェは指名の任務を請け負っていて不在。
「先輩、私も帰ります」
「おう、気を付けろよ」
「おっ、ヨムカっ、帰んのか? ほっ、お疲れ、っと」
「クラッド、ちゃんと汗を拭いといてよ?」
「安心しろって。俺だってそこまで不潔じゃないんだっぜ。シャワー浴びて帰る、っと」
「いや、床とか壁の事なんだけど。まぁいいや。お疲れ」
ヨムカが帰宅すると、ヴラドとクラッドの二人だけとなる。二人がどのような会話をするのか気になる所ではあるが、扉に聞き耳を立てているほど暇ではない。かといって、帰宅しても勉強くらいしかやることもない。
「久しぶりに顔出そうかな。何か食べさせてもらえるだろうし」
市民は間違っても寄り付く事の無い南区域。
ガラの悪い連中の掃きだめ。国内に点在する独立国。犯罪者の隠れ蓑。等々……。かつては、三つの強大な組織によって管理されていたが、ここ最近にその中でも群を抜いて幅を利かせていた炎龍という組織が壊滅したとの事。残った二つの組織である智天使と黒死蝶は、我が君臨すべきと派閥争いに華を咲かせていた。だが、ヨムカが黒死蝶のボスに就任し、智天使と同盟を結んだことによってだいぶ落ち着きを見せていた。
「今度、清掃活動でもさせようかな」
南区だと主張するかのように、至る場所にごみが捨てられ、ヘンテコな絵画が描かれている。
「あっ、これ描いたのリーなんだろうな」
民家の壁にはでかでかと『地上に舞い降りた、頭脳明晰地上最強天使!!』と頭の悪い文句と、リーを美化したような天使が描かれていた。
「絵がすっごく上手くてなんかムカつくんだど……」
ただ、退屈はしない。
視線を何処となく向ければ何かがあるのだ。
「こんにちは、バロックさんいますか?」
「おっ、ヨムカ嬢じゃねぇか。腹減ってねぇか? もちろん何か食ってくだろ」
「はい。是非お願いします」
「がはは、お願いしますなんて低姿勢じゃなくていいんだがな。おい、スアラ。何か作れるか?」
「ヨムカ様。ご希望の者があればなんなりとお申し付けくださいね」
頭に浮かぶ数々の料理の中から選ぶのは難しいのでスアラに任せる。バロックの背後に続き、木造螺旋階段を昇り、吹き抜けの二階フロア。通称VIPの間に通される。階下を一望できる特等席に座らされる。
「あれ、カロトワさんはいないんですか? なんか、いつもよりメンバーも少ない気がしますけど……」
階下に集うメンバーは智天使が数人と黒死蝶が二十人程度。いつもの活気が無い事に不審に思い、バロックに視線を向ける。
「あ~、あいつ等は仕置きだ。この間よ、国家正規騎士と揉めてただろ? 困るんだよなぁ、国家に介入されるのも。まぁ、あんな状況になったのはリーが原因らしいけど。最初はウチの連中から始まった事みたいだしな。そんで、罰として買い出しに行かせてる。もちろん、リー達もな」
「そういえば、ありましたね。私はボスなのに、どうしたらいいか分からなくて……」
「あの時、俺が居なかったらヨムカ嬢が輪に入ってたんじゃねぇか?」
「はい、あのまま大切な仲間が怪我したりするのを、見て見ぬふりなんて出来ませんし」
「まぁ、突入しないで正解だったんだがな」
そう、表ではヨムカは彼等とは無関係なのだ。下手に繋がりがあることを見せれば、両者に良い事はまずない。栄えある魔術学院の生徒がスラム街の住人と仲間だなんて事がバレれば、部隊長であるヴラド……さらには父、ヴライにも迷惑がかかってしまう可能性だってないとも言い切れない。
あの時はバロックがいてくれて本当に助かった。
「そうだ、ヨムカ嬢。これ受け取ってくれねぇか?」
バロックが懐から取り出した小さな紙袋。中を開けると一冊の本だった。
「最新版、常世時代の産物――因果創神器? これって!」
「おう、ヨムカ嬢が学校で研究してるって言ってただろ? ちょいと、今日街を歩いてたら本日発売で残り一冊じゃねぇか。もしかしたら買えてないかもしれねぇと思ってな」
「わぁ~。ありがとうございます! はい、すっごく大切に読ませていただきます!」
「がはは! 気に入ってもらえてよかった。それで、一つ頼みがあるんだがいいか?」
「頼み……ですか?」
ヨムカは小首を傾げた。
こんばんは、上月です(*'▽')
バロックの頼み事とは!?
七八部隊を巻き込んだ闘争と逃走の任務が始まります。
次回は25日の夜を予定しております!




