内包する夕炎に焼かれて
ヨムカはクラッドとフリシアを護衛対象であるベイリッドの傍らに配置させ、その前方で周囲を警戒するヨムカと騎士達。
カルロを含む討伐部隊の騎士達は正体不明の奇襲者を一人たりとも最前線の防衛ラインを抜けさせまいと奮闘していた。
「ここまで乱戦になると、術式も容易には使えない……か」
カルロは、銃身が長い愛用のクラシックリボルバーを慣れた手つきで弾丸を装填し、敵の心臓や眉間を正確に打ち抜いていった。
数が劣り無謀にも奇襲してきた相手に、ヨムカは、ある疑問――不可解な引っかかりを覚えていた。
なぜ、敵の武器は心許ない小さなナイフ一本だけなのだろうか。騎士の身に纏う鎧に対して決定的な一撃を与えるには不十分な代物だった。
こう、薄暗い森だ。遠距離から身を隠して狙撃でもしたほうが確実かつ懸命な手段だろう。
それを、わざわざ、死にに来るような――。
「ヨムカ君!!」
「……えっ」
完全に意識は思考に傾いていた。
焦りを孕んだカルロの声にハッとなり、その夕日色の瞳には銀にきらめく残影を捉えていた。周囲の時間をこま切りにしたかのように音も人も視界に映る全ての景色はゆっくりと流れていく。
死にたくない――異常体感時間の中でその銀の残影が鋭利なナイフだと理解し、ソレが自分目掛けて飛んできていたが、身体は脳からの信号をちゃんと受けていないのではないか、と思うほど身動きを取ることが出来ない。
死の輝きを目で追う事しか出来ない恐怖、死にたくないという生への執着は、人の限界を踏破するに十分な要素だ。
「私は――」
心臓が周囲に反して、球速に脈動する。
「自分がどういった存在なのか、自分でその答えにたどり着くまで死ねないんだ!」
ヨムカの身体から――荒れ狂う感情を宿す暴虐の炎が、彼女を護るように飛来するナイフを瞬時に溶かし、その勢いは収まる事を知らぬと言わんばかりに、カルロや騎士達が戦う最前線へと、螺旋状を描き木々を薙ぎ払い全てを瞬く間に呑み込んでいった。
「すげぇ……綺麗だ。これって炎なのか?」
クラッドは瞳が乾き、眼をしばたたかせながらも、しかとその炎の赤より鮮やかで淡い――まるで、夕焼けのような輝きに唖然としていて、それは、フリシアやベイリッド、そしてこの場に居る騎士達も同じ反応を見せていた。
螺旋の炎が消えるのとヨムカがその場に倒れ伏すのは同時だった。
辺りは真っ暗だった。
光も無く、音もない。周囲はどこまで広がっているのかの距離感も掴めない、そんな世界だった。
そんな寂し気な場所に、淡く発光して浮かぶ夕日色の双眸。
「真っ暗だ……ここは、私は確か……あれ?」
何をしていたんだっけ、と先程までの自分の記憶がごっそりと抜け落ちていた。
「私は……何をして……そもそも、私って誰だっけ」
彼女の内包する記憶という個我を形成する要素の一つが失われていた。
「暗いけど……なんか、心地いいかも」
眠くなってくる。
自分が何者かなんてどうでもいい、先程まで何をしていたかなんて関係ない。今はただ、この暗闇は居心地がよく、いっそ、このまま溶けてしまえたら……なんてことも、ぼんやりと頭に浮かび始める。
「カ……カ、ヨム……おい!」
暗闇に反響して聞こえてくる何者かの声。微睡に落ちていく意識を阻害される不快感に、その瞳い苛立ちが芽生えた。その聞いているだけで馬鹿っぽい声を知っていた。そして、その声は一定間隔で同じ単語を連呼している。
それは、良く知り大切な単語だった。
その単語は――ヨムカ。
「……私の名前だ」
ヨムカ・エカルラート。
自分の名前を思い出すと、空虚だった記憶に少しづつ色が生まれ始めた。
「そうだ、私は護衛任務に就いてて……そう、目の前にナイフが飛んできたと思ったら、炎が――」
そこまで、思い出せれば十分だ。
あとは、自分が帰るべき道を思い描くだけでいい。帰るべき場所を強く強くイメージしていくと、暗闇の奥に一筋の明かりが亀裂と共に生じる。ヨムカはその光目指して駆けだした。
こんばんは、上月です(*'▽')
前回の投稿からだいぶ時間が経ってしまいました(^-^;
今書いているヨムカと、新しく書き始めたヨムカでは多少(?)キャラが違うので書いて混乱してきます。
さて、次回の投稿は一応書ければ明日にでも投稿できたら、と思っておりますので、是非とも一読くださいませ!




