@第10話 ヤバいレベルの支配欲
@第10話 「ヤバいレベルの支配欲」
・・・アリエスとインステスキムが離脱した戦場では、
未だ残された2人の激しい戦いが展開されていたのだった・・・。
漆黒のフォーサー、トレディシオン・ルイナーが
自身から生成した刃先が長方形のプロパンブレードを振り上げると、
モガナオメガはその場で体勢を低くし、
両肩のガトリング砲を直接突き出すようにルイナーの上半身目掛けて飛び込んだ。
ルイナーが振り下ろした刀はちょうどガトリング砲に命中したが、
そのままの勢いで突っ込んできたモガナオメガのタックルが
ルイナーへとヒットした。
さきほど加速を付けた死神の鎌を一歩も後退せずに受け止めたルイナーであったが、
モガナオメガのタックルは抑え切れずに3歩ほど退く。
全身重装甲に加え、
重そうなガトリングを2機も背負っている事から容易に想像できるが、
モガナオメガの重量のせいでタックルの威力もそれなりに高いのだ。
「・・・あなたはよくそんな重量で軽快に動く事ができますね。
一体どこからそんなパワーを供給しているのでしょうか。」
自称フォーサーの王であるトレディシオン・ルイナーは
胸部の四角穴からクローパーツや盾、ブレードなど多彩な武器を生成する事ができる。
それに加え、自身の身体能力も、
他のフォーサー6体分のHR細胞を注入しているというだけあり
凄まじい性能を誇る。
「それならば、この製作者である《あの方》に訊いてみるのが良いねぇ。
まぁ、居場所は教えられないが。」
対する謎の武装者、モガナオメガは
両肩に黒いガトリング砲を2本装備しており、
それをメインウェポンとしている。
自身が超高性能アーマーと称するゴツゴツしたそれは、
身体の各部位に堅い装甲が仕組まれており、
いかにも鈍足な見た目ではあるが、
意外にも素早く動く事が可能で、近接戦闘もそれなりにはこなせるという
チートっぷりである。
「先ほども《あの方》という言葉を呟いていましたが、
一体、その方はどなたなのでしょうかね?
それだけのアーマーを製作する事が可能となると
相当なメカニックの腕の持ち主のはずですが?」
「まぁ、それは間違ってないねぇ。
他人に謎解きの答えをバラされるのは好きじゃないだろ?
お前も自分で探してみろ。」
「私としては、いわゆるネタバレはそこまで嫌悪しませんがね。
しかも、これから支配者となる身として
危険な勢力については熟知しておく必要がありますので、
その情報は是非いただきたい。」
「支配者・・・ねぇ。
お前には無理だろうな。《あの方》がいる限りでは。」
「どうやらその方は相当な権力、もしくは戦闘能力をお持ちのようですね。
私をも圧倒できるまでの?」
「当然だろ。
まぁ忠告になるが、お前もそこまで派手な事はしない方が良い。
《あの方》に目を付けられれば最後、もうこの世にはいられない。」
モガナオメガが喋り終わる前に、
ルイナーは再度右手のブレードを振りかざし、モガナオメガへと迫った。
さすがに不意打ちを食らったモガナオメガに避けるための隙はなく、
その場で防御する体勢に移る。
すると、ルイナーは上方から振り下ろすように振るってきたブレードを、
突然刃先が地面と平行になるように傾かせ、
素早く横方向へと切り裂いた。
刃を平手で受け止めようとしていたモガナオメガは腹部を斬られ、
そのまま何歩か後退する。
が、すぐさまガトリング砲を目の前のルイナーへと構え、
発射体勢に移った。
「ベンゼンシールド、ジェネレイト。」
それを確認したルイナーは素早く胸部の四角穴から六角形の黒い盾を生成し、
それとほぼ同時にガトリングが稼働を始める。
生成されたルイナーの盾はガトリングの弾を弾くように前方へと飛び出し、
その連射を受け止めながらルイナーの左手に握られた。
ルイナーはその盾を前に突き出しながら少しずつ進行を開始する。
銃弾をすべて盾で受け止めるとなると相当な負荷がかかるが、
ルイナーはぐんぐんと前に進んでいく。
「へぇ、さすがだねぇ。
この連射を受け止めながら向かってくるとは・・・。」
モガナオメガは銃火器をぶっ放しながら
ルイナーにわざと聞こえるように呟いた。
が、ルイナーは一切返答をせず、いつの間にか距離を詰め切り、
そのまま巨大な盾をモガナオメガの身体に勢いよく押し付けた。
バランスを崩したモガナオメガは掃射を中断し、
近接戦闘に切り替えようと試みるが、
気付くと今度はルイナーによる素早いタックルが迫ってきていた。
しかしモガナオメガにはどうしようもなく、
そのまま身体の正面で受け止めようと足を踏ん張る。
「甘いですよ。」
ルイナーはモガナオメガにぶつかる瞬間に急停止し、
モガナオメガへと自身の身体正面を向けた。
「何だと?」
「デカンファイナルキャノン、ジェネレイト!」
ルイナーがそう叫ぶと同時に彼の四角穴のハッチが開き、
内部から全長1mを越える大型で黒色のブラスターが飛び出した。
そのまま不意を突かれたモガナオメガへと命中し、
ブラスターはルイナーへと跳ね返る。
ルイナーが武器を生成する際には彼の胸部にある四角穴のハッチが開き、
指定した武器が飛び出してくるのだが、その飛び出す勢いは凄まじく、
武器を生成するだけで攻撃になるという、
少し変わった特性を持っている。
「そろそろ笑っていられませんよ?」
ルイナーはそれまで両手に持っていたシールドとブレードを後方に捨て、
跳ね返ってきたデカンファイナルキャノンを握ると、
すぐさま構え、トリガーに指を掛ける。
《ケミカル・・・ブレイク・・・アップ!》
キャノンから、まるでボイスチェンジで聞き取りにくくしたような
男声の電子ガイダンス音が鳴り響き、
同時に漆黒の大型銃のボディに緑色のラインが一斉に点灯し始める。
そして次の瞬間、キャノンの銃口が光ったかと思うと、
一瞬にしてそれが標的としたモガナオメガが
何者かに弾かれるように背中からアスファルトへと仰向けになった。
「この威力は・・・驚きだねぇ・・・。」
モガナオメガは仰向けの姿勢から瞬時に飛び起き、
ルイナーの方へと視線を向けると、
彼が構えた大型銃が再び光を放つ。
するとモガナオメガは先ほどと全く同じように後ろ側に転がった。
彼の両肩のガトリング砲が地面に叩き付けられ重そうな音を立てる。
「どうですか?そこで土下座をして私に従うのであれば
これ以上の発砲は控えますが。」
「フッ、足りないねぇ・・・。」
モガナオメガは仰向けの状態で
腰のバックルに付いていた折り畳み式の電子機器を開いた。
この電子辞書サイズの謎の機械も彼の身体と同じく
緑色とグレーの迷彩柄をしている。
すると、手馴れた手付きで下画面のキーを次々と操作し、
あっという間にコマンドを入力し切った。
《Answer、Answer、Answer、Answer・・・》
「ビークル、起動。」
その電子辞書型機器からはネイティブ男性風の流暢なガイダンス音が流れ始め、
モガナオメガは端末に向かってすかさず答えた。
《Certified!!》
端末からの応答を確認すると、
モガナオメガはその場でやおら起き上がり、
降参、といったように肘を曲げ両手を軽く上げた。
「・・・どうしました?
大人しく私に服従を誓う事を決心されましたか?」
ルイナーはそう言いながら構えていた大型キャノンを下げた。
「いや、今日はこの辺にしておいてやろうかと思って。
とりあえず、今の状態で俺が本気を出しても
お前に勝てるかどうか微妙な様だからねぇ。
正直、倒せるなら今ここで倒しても良かったんだが。」
「・・・そう簡単には逃しませんよ?
私に対してあんな大口を叩いた罰を下してあげましょう。
それに、最初に仰っていた《あの方》というのも気になる。」
「・・・本当にすまないねぇ?」
「何をするつもりです?」
次の瞬間、なんとモガナオメガの背後から
巨大な車両がコチラに接近してきたのが見えた。
それは時速100kmを越えるほどの物凄い勢いで迫ってきている。
「あれは・・・装甲車!?」
「俺の専用機、処刑重機スサマジ・トレイリングはどうだい?
まぁ、今度はお互い本気でやりたいものだねぇ。」
モガナオメガはそう言い残し、跳躍すると、
彼の背後から現れた迷彩柄の装甲車の屋根へ飛び乗った。
ルイナーは瞬時にデカンファイナルキャノンを構え直すが、
もはや時間切れだった。
装甲者はそのまま対局側にいたルイナーへまっすぐに進んできたが、
彼はその装甲車の突進を間一髪で、道路を転がり回避した。
すると、装甲車はルイナーの更に背後で激しくUターンをし、
再びルイナーへと迫ってくる。
ターンが激しすぎて車体の片サイドが地から浮いているが、
屋根の上に乗ったモガナオメガは四つん這いになり、姿勢を保っている。
「随分と卑怯な真似を!」
ルイナーは転がった後に膝立ちの状態で再びキャノンを構え、
屋根の上に乗っているモガナオメガに向け、躊躇なくそのトリガーを引いた。
《ケミカル・・・ブレイク・・・アップ!》
キャノンの野太いガイダンス音と共に
そのビーム砲が解き放たれる。
が、モガナオメガは瞬時に屋根の上にうつ伏せになり、その銃撃を避けた。
「避けられた、ですと?」
「同じ技がそんなに何度も通用すると思うなよ。
足りないねぇ・・・。」
油断をしていたルイナーはそのまま装甲車の追突に遭い、
3mほど先の道路脇へと投げ飛ばされうつ伏せにアスファルトへ叩き付けられた。
それと同時に身体中のチェーンが一斉に地面に触れ、
ジャラジャラと音を立てる。
「じゃあ、って事でまたねぇ。」
モガナオメガの馬鹿にしたような呼びかけと共に
装甲車は加速の勢いを緩めないまま
いつの間にかすっかり暗くなっていた路地へと走り去っていった・・・。
「モガナオメガ・・・新たなローズ・ブレイカーですか。」
ルイナーは膝を付きながらやおら起き上がり、
全身の損傷を確認するように軽く見回すと、
その場で怪人態の変身を一瞬にして解いた。
すると、そこには細身の男性が立っていた。
身長180cmほどで、全身には黒いスーツを纏い、
顔には四角い縁無しメガネを掛けている。
髪型は黒髪で整った、いわゆるビジネスマンヘアで、
前髪を左サイドに流れるような形で固定している。
全体的に清楚なイメージを醸し出している男性であった。
男性はスーツの脇ポケットからスマートフォンを取り出すと、
指紋認証でそのロックを解除し、
すぐに誰かのダイヤルを打ち込み、自身の耳へと当てがった。
「・・・もしもし、上戸鎖です。
今日のパーティは終了しました。
当初の計画通りには行きませんでしたが、
とりあえず私たちは東京へと戻る事にしましょう。」
上戸鎖と名乗る男は手短に要件を伝え、
電話の向こう側の人物と連絡を取り始めた。
―――――そして、その翌日―――――
・・・今日は月曜日。
今週も苦痛の一週間が始まるかと思うと、朝から鬱気分・・・。
俺は昨日、チェーン怪人こと
トレディシオン・ルイナーと戦闘したが、
ヤツのふざけた戯言は、そこまで馬鹿にもできないくらいの価値があった。
つまり、普通に対戦相手として強かったんだ。
彼が言うには身体にフォーサー6体分のHR細胞を注入したという事だから、
まぁ単純計算で普通のフォーサーの6倍は強そうだと言える。
そんな化け物が俺と死神を圧倒する中、
突然現れた謎のガトリング迷彩によって俺たちは上手くその場から逃げ切れた。
名前は・・・確かモガナオメガと言っていたかな。
あの人には感謝しなくちゃいけない。マジで。
でも、あの人の喋り方に加え声も、どこかで聞いた事があった。
今も迷彩柄のアーマーの奥から聞こえてきた
特徴的なあの声はちゃんと頭の中に残っているけど、
昨日からずっと思い出せそうにない・・・。
唯一確かなのは、この学校の俺の友達ではないって事だな。
あんな変な喋り方をする友達はそこら辺にはいない。
ってなると、ガトリングの正体はどこかの有名人なんだろうか?
トレディシオン・ルイナーとモガナオメガの件は
当たり前だけどアブソリュート・アーツ社の
フォーサー対策関連研究室に電話で報告しておいた。
その2人の目撃証言はこれまでにはあまりなかったようで、
色々と細かい事まで聞かれた。
「基、ちょっと見てくれよ!」
俺の隣の席の井岡 充は
考え事でぼーっとしていた俺の肩をガシッと掴み、
無理やり自分の方へと向かせた。
「何だよ、忙しい時に!」
「俺さ、この土日でフィンガーレスノーマルを完成させたんだよ!」
フィンガーレスノーマル、っていうのはペン回しの技の一つだ。
親指でペンを押して、親指の周りを一回転させて
その回ってきたペンを再び親指でキャッチするという、
言うなれば親指尽くしの珍しい技だな。
だけど、そこまで難易度は高くないから俺もできる。
ペン回しサイト「レッツ!スピン!」の評価では
確か1.5点だった気がする。
まぁ、充はペン回しの中でもソニック系統を得意としていて、
逆にノーマル系統はボロボロだったはずだから、
遂にノーマルの応用技に手を出したとなると褒めるべきかもしれないね。
「え、スゲーじゃん!たった2日でぇぇぇ!?」
ちょっとやり過ぎ感もあったけど、
オーバーリアクションでその場を切り抜ける事にした。
「そうそう!おかげで右手の親指の付け根が痛いんだよ。
あと、練習してる時にペンが飛んでいきやすいんだよね!」
充は俺の反応を気に入ったらしく、
男子にしてはパッチリとした目をキラキラさせながら続ける。
「あー、確かにフィンガーレスノーマルはペン飛ぶよな!」
俺は去年、高校2年生の時の授業中に練習していた。
ちょうど前の席のヤツが凄い嫌いなチャラい野郎だったから
失敗する振りをして何度もソイツの背中にペンを投げ付けたなぁ・・・。
「やっぱりだよな!」
ニッコニッコしている充を横目に、
ふとクラスを見回すと、もう既に教室に人は揃ってきていた。
教室の時計を確認すると、ちょうど8時を指している。
だけど、俺が探していた1人の姿は見当たらなかった・・・。
・・・昨日の夜の事だけど、
寝る前、深夜0時を過ぎた頃、突然俺のスマホが通知音を響かせた。
通知音は今期のお気に入りアニメのオープニングにしているから
俺はそのメロディに自分で歌詞を乗せながらノリノリでスマホを見ると、
そこには思わぬ人物からのLINE通知が来ていたのだった。
その人物とはズバり、吹雪ちゃん。
例の夏景の彼女である。
先週の月曜日、つまりちょうど一週間前に、
死神フォーサーのおっさんに襲われそうになっていたところを助けた時、
彼女とはLINEを交換していた。
だけど、その時吹雪ちゃんは
「また危険な目に遭いそうだったら連絡するから」、
と言っていたから、
俺はてっきりその深夜にまた吹雪ちゃんが危険な目に遭ったかと思い、
ヒヤヒヤしながら送られてきたメッセージを読んだんだけど、
そういう話じゃなかったからとりあえず安心した。
その気になる用件は、どうやら相談したい事があったらしく、
ずっと一人で悩んでいたらしい。
相談なら彼氏にあたる夏景にするのが普通だと思ったけど、
昨日の俺はすぐに察する事ができた!
それはその夏景に関係する相談なのだと!
・・・そんで、俺は詳しい話を聞こうとLINEメッセージを送ったんだけど、
吹雪ちゃんの踏ん切りが付かなかったらしく、
昨日は結局また今度的な感じになって終わった。
自分から連絡しておいてまた今度ってのはいい加減な気もするけど、
それだけ悩んでるって事なんだろう。
相談されといて俺から文句言うのも何だか変だから、
俺も昨日は無理やり聞き出そうとせずに済ませた。
そして、吹雪ちゃんはどんな感じかな、とさっき確認しようとしたら、
この時間の教室にいない・・・って事は今日はたぶん欠席だ。
夏景の方は普通に登校してきて席に座っているけど、
いつも通り呑気そうな顔で読書をしているから
吹雪ちゃんが悩んでいるのは知らないんだろうか?
って事は吹雪ちゃんの方が一方的に悩んでる事になる。
まぁ、それはそれで良いとして、
俺の前の席の蔵本 秀人によると、
緑野病院に入院している彼の友達、
高沢 烈の右目の視力低下がぐんぐんと進んでいるらしく、
今日もお見舞いに行くから着いてきてほしいらしい。
正直、先週俺が顔を出した時の烈の怯え方からして
俺がお見舞いに行くのは逆に不快にするような気もするんだけどね・・・。
でも、秀人によると俺が見舞いに来るという事に
彼女は賛成していたらしいのと、
秀人自身も1人じゃ行きにくいという理由で、
俺もまた顔を出す事になった。
烈の視力は残念ながら俺にはどうする事もできないけど、
お見舞いくらいに行くくらいなら良いかなって感じだ。
それに俺には気になってる事がある。
あのイケメン、坂本 荘乃と烈の関係だ。
秀人の言い分だと、荘乃が何かしらの嫌がらせをした、
みたいに聞こえたけど、これは俺の勝手な解釈だ。
真相は烈よりも秀人から聞くのが良いと思うけど、
また先週みたいに急に怒り出したら俺としても怖い!
―――――その日の夕方、東京のとある会議室では―――――
「もしもし・・・はい、上戸鎖です。
あの謎のローズ・ブレイカーの件ですか。
あの後東京へと戻ってきてから部下と共に調査を進めていましたが、
何も有力な情報は手に入っておりません。」
トレディシオン・ルイナーの人間態、上戸鎖は
何やらスマートフォンを耳にあて、誰かとの会話を始めた。
「なるほど・・・あなた方でも情報は掴めていないのですね。
あれだけのアーマーを製作するとなると、
その過程でそれなりの予算と研究施設が用意されているとは思いますが。
・・・・・個人の可能性、ですか?
ないでしょうね。
あんなものを個人で製作できる腕の持ち主が動けば
何かしらの情報が洩れるに違いありません。」
何やら、昨日岩手県で戦闘をしたモガナオメガについて
電話の向こうの人物と議論をしているらしい。
「確かに、意図的に隠す者がいるとする事もできますが、
それなりの権力と資金が必要です。
ならば・・・私たちが想像しているよりも
遥かに大きな組織が裏で動いている可能性がありますね。
例えば、一部上場の巨大企業など。
あなた方のほうで何か怪しそうな候補はありませんか?
・・・・・ん?アブソリュート・アーツ社ですか?
あそこは中二宮Xレアという他のアーマーを開発しています。
1つの会社で複数の、しかも違う特性を持つアーマーの開発には
少々無理があると思われますが・・・。」
上戸鎖は不思議そうな表情で電話の受け答えを続ける。
「・・・分かりました。
念のため、という事にはなりますね。」
―――――――――――――――
今、私の電話の相手をしているのは超巨大テロ組織を自称する
「バーバレス」とやらの幹部にあたる人間である。
私はより多くのフォーサーを従え、支配し、
私へと服従する者たちによるフォーサー軍団を創る計画を進めているが、
そのような手間の掛かる計画は部下がいると言えども、
私だけの力では実現不可能だ。
今から約5年前の2020年、レボリューショナイズ社が開発したHR細胞を
人間に用いる初となる手術が行われた。
当然の事ながら、レボリューショナイズ社ではそれより以前から
HR細胞の研究は行われており、
私は現在32歳であるが、22歳の時にHR細胞開発を主体とする研究員となった。
元々レボリューショナイズ社というのは大企業で、
会社直属の巨大な医療研究所が建設されているのだ。
大学入学当初から私は「化学」が好きで、
既にそちら方面の研究職に就く事を目標としてきた。
私の力で病人の寿命を1日でも良いから伸ばしてあげたい。
そのような思いとミクロ世界への興味から、必死に勉強を続けた。
無事にレボリューショナイズ社の入社を果たした後は、
直属の研究施設にて日々他の研究員たちと共に研究に励んだ。
その結果、遂にHRSの開発は成功した。
これにより、後天的に知力を上げたり、
運動能力を上げたりするという夢の様な矯正が可能となったのだった。
しかし、昨年12月、
例のブラッディ・オーバーキラーによる大量虐殺が起きた事により
4年間続いていたHR細胞による治療は凍結され、
同時にこの社会にフォーサーという化け物を生み出した責任が
レボリューショナイズ社へと押し付けられた。
そしてその矛先は主に、我々研究員へと向けられた。
研究も凍結され、今まで情熱を燃やしていた職を失った研究員たちは
社会から悪者扱いされながらも次々と会社から去る道を選んだ。
その中で私は会社に残る事に決めた。
医療会社であるレボリューショナイズ社には
やろうと思えば様々な研究が転がっている。
社長の城ヶ崎にも何故か気に入られていた私は、
HRSの件の責任は私一人だけには押し付けられる事なく、
次の研究へと足を踏み出した。
・・・それが今年の1月の事だった。
私がHRSの次に担当した研究はがんの治療薬だったのだが、
これはHR細胞の研究を流用せよ、という上からの命令で、
事実上、社会的には許されるはずもないHR細胞の研究は続行されていた。
それほど私たちが研究したHR細胞というものは世紀の大発明であったという事だ。
この幸運を良い事に、私はとある実験をしてみたくなったのだった。
そう、その実験テーマは「自分がフォーサーになったらどうなるのか」だ。
危険だという事は十分に承知していた。
しかし、研究者として
試せる事象は全て実際にこの目で確かめなくては気が収まらない。
他の研究員には何も言わずに、
どうすればフォーサーとして生まれ変われるのかを
昼夜必死に考え、気付けば研究の目的もすべて自分がフォーサーになるため、
といつの間にか変わってしまっていた。
だが、私の中にはこの危険な欲望を是とする私が既にいて、
抑制は意味を成さない。
研究が変わった直後から、私は
密かに幾度もHR細胞のサンプルを自分の体内に打ち込む実験をしていたが、
私とHR細胞は相性が悪いらしく、怪人態へと変身する事はなかった。
その頃、私はその研究室で入社して間もない羽場崎 文人と出会った。
彼は23歳、という大学を卒業したばかりの若手研究員だったが、
私と同じようにフォーサーに強い興味を示しており、
それを人工的に作る事ができるのであれば、と私に協力をする事を決めた。
私は諦めずに自分をフォーサーにする実験を続けた。
すぐに羽場崎は過去にHRSによるHR細胞の体内注入により
偶然にもフォーサーになった人物だったという事を知ったが、
何よりも驚いたのは彼がフォーサーと普通の人間を見分ける能力を持つ、という事だった。
これにより、私はとある計画を思い付く。
ただのHR細胞を打ち込んでもフォーサーになれないというのであれば、
既にフォーサーとなった人間からそのHR細胞を摘出して私に注入すれば・・・。
私はこの計画を羽場崎へと告げると、
彼は喜んでフォーサーの殺害計画を開始した。
羽場崎にしてみれば、
研究者ながら自分から進んで実験台になるような私を面白半分で見ていただろうが、
私にとってはそれでも貴重な協力者だった。
フォーサーというのはそこら辺にゴロゴロといるものではないために
彼が襲う事ができるフォーサーはせいぜい月に2,3体だったが、
それでも羽場崎、いやミスターインバラスは
見つけたフォーサーが怪人になる前の人間態の時に
不意を撃つように無差別に殺していった。
そして、その殺害したフォーサーからHR細胞を取り出す手術は、
静岡県の岩山病院にて行っていた。
そこの院長、太斉 健氏も、私たちの良き理解者だったからだ。
そうやって最強のフォーサーを
創り出す研究をしていた私たちに目を付けてきたのは、
世界のどこかに拠点を構えるバーバレスというテロ組織であった。
彼らはいかにも怪しそうな組織であったが、
私たちに資金提供をしたいと申し出てきただけであったので
そのまま黙って資金援助を受け続けていた。
それに、私たちを都合良く振り回すような動きを見せれば、
我らフォーサーで潰す事ができる。
バーバレスの資金援助を受けながら、
私は、4か月ほどでフォーサーへと変身する力を手に入れた。
その力は、私が想像したものを遥かに超越していた・・・。
そこで、私は自分の真の欲望に気付く事になる。
それは・・・支配。
自分の目の前にいる者たちが全員、
私の言う事を素直に受け入れるようになればどんなに心地良い事だろう。
いつしか私はそんな事を考えるようになり、
現在の他の「フォーサーを従える」という目的も
そこから派生していったうちの一部分だ。
私はとりあえずそこら辺で好き勝手にしているフォーサーを従わせ、
その後、社長である城ヶ崎の権威を地に突き落とす。
先週の全国フォーサー蜂起事件の際には、
私に従っている5人のフォーサーに対して一斉に暴動を起こさせたのだが、
その際にはレボリューショナイズ社が
フォーサー達に対して協力的であるという
嘘の情報を本人たちからバラまかせておいた。
現在もゆっくりとではあるが、着実に社長の権威は低下してきている。
「・・・という訳で、今度はアブソリュート・アーツ社のネットワークに侵入し、
この半年ほどで不審な予算流出などが無いかチェックをお願いします。」
私は電話を切ると、目の前のソファで私の話が終わるのを待っていた
羽場崎へと指示を出した。
「ワタクシにお任せくださいませ。」
羽場崎は凄腕のハッカーでもある。
彼は大学で同じ研究室の同僚からハッキング技術を学んでおり、
医薬品についての知識の他にも意外な得意分野を持つ。
「そう言えば、昨日は申し上げなかった事なのですが、
ワタクシがパーティに招いたはずのカエル型フォーサーは
現場には現れなかったのでしょうか?」
「カエル型フォーサー・・・?
いえ、私が昨日対戦したのはアーマー装着者のアリエス、
それと偶然その場で出くわした死神型フォーサーのみですね。」
私がそう返すと、ソファから立ち上がった羽場崎は
不思議そうな表情で顎に手を添えてみせる。
「そうなのですか。
そのカエル型フォーサーの能力は・・・無限再生でした。」
「再生能力を持つフォーサーはこれまでに出会った事がありません・・・。
その者の細胞を私の中へと取り込む事ができれば、
私は更なる進化を遂げられるかもしれない・・・。」
「上戸鎖様、あれだけの細胞を自分の身体の中に入れた上で
まだ無茶をする気ですか?
それに、HR細胞を奪ってきたとしても
その無限再生能力が引き継がれるという保証はありませんよ。」
「しかし、私を更に強化できるというのであれば
多少の無理は仕方がないのですよ。」
私が落ち着いた口調でそう言うと、
羽場崎はふてくされたように視線を私の顔から逸らし、
黙ってフローリングを見つめた。
おそらく羽場崎は、トレディシオン・ルイナーという
度を超えた怪物を創り出してしまった、
という罪意識を多少なりとも自分の中に秘めていると思う。
自分の興味のままにまるで遊び道具のように使っていた私が、
自分で手に負えないほどにまで強化されたとなれば、
恐怖が湧くのは仕方がない事なのかもしれない。
しかし、羽場崎の感情などはどうでも良い事だ。
彼の協力なしでは我が目的の達成は遠のいてしまうから、
感謝は存分にしているつもりではある。
だがそんな彼の抑止は受け付ける必要はない。
私は私の支配欲に従って進むのみ。
「今週中にもう一度岩手へと行きましょう。
そして羽場崎にはそのカエルのフォーサーを見つけてもらい、
トレディシオン・ルイナーによりそれを倒します。」
「何も正々堂々と戦う必要はありませんよ。
カエルのフォーサーが人間態として活動している時に
ワタクシが不意打ちで殺害すれば済む話です。」
「フッ・・・それは過去に私がフォーサーになれなかった時の手段です。
強大な力を手にした今となってはそんな真似は不要。
私の前に恐れを成しながら命を絶たれる愚かなフォーサーを
その目で見たくはありませんか?」
―――――――――――――――
―――――その頃、基は―――――
俺は学校からの帰り際、スクーターの秀人と共に
バイクで学校から20分ほどの緑野病院に寄っていた。
先週と同じように6階の1人部屋へと招かれ、
そこに入院してる烈との面会をしている。
「その単語テストで俺は16点を取って呼び出されちゃって・・・」
秀人は自分の話を聞いている烈の隣で得意気に学校での話をする。
前に山村高校にいるかのような雰囲気を出したい、って言ってたっけ。
秀人の企ては成功しているのか分からないけど、
とりあえず烈は満面の笑みを浮かべながら時折笑い声を上げている。
「・・・秀人のヤツ、平均80点越えのテストでもそんな点数取るからな。」
せっかく来たんだし、俺も話に混ざろうとして
恐る恐る解説を入れてみる。
「基お前、平均点言うなよ!
俺のバカ具合が現実味を帯びて落ち込んじゃうだろ!」
秀人は笑いながら俺の頭に軽く平手を乗せてきた。
そこで俺はふと烈の表情を伺うと、
やっぱり先週の時みたいに少し怖がっているような様子だ。
だけど、今日は笑顔が引きつってるだけで、
先週みたいに露骨に嫌がるような表情ではない。
「2人ともまた来てくれてありがとうね。
私まだこの右目が見えているうちにもっと
今みたいな生活を楽しみたいんだぁ!」
烈は自嘲気味に笑いをこぼしたけど、
俺と秀人にとっては何のギャグにも聞こえない!
烈の右目の視力は今は0.1くらいは見えているらしいが、
それもいつ失明するかは分からない。
だからこそ秀人は彼女の目が見えるうちに
こうやって話をして楽しませてあげたいんだろうけど、
実際に失明した後の事を考えると、どうなんだろうって俺は思う。
秀人のお話が楽しければ楽しいほど
その後のショックはデカいんじゃないのかな・・・。
まぁ、そうは言っても
秀人に付いて病院に来ている俺も同罪かもしれない。
まず、こんな普通の女の子が糖尿病で入院とかおかしいんだよ。
俺しては、理由も分からずにただ励ますっていうのは納得がいかない。
良い事をしたって気にもならないばかりか、
烈の顔を見る度に罪悪感でいっぱいになって何だか気持ち悪い。
どうすればいいんだろう・・・。
・・・そうこうしているうちに、
それから30分ほどで秀人が病室を出ようと話をまとめたから、
俺も烈にさよならを言ってそこから出てきた。
烈の病室を出て廊下を20mほど行ったところに
3基備えられたエレベーターがある。
俺はそのエレベーターの下方向を指す矢印ボタンを押すと、
上部の表示に現在の箱のありかを示す数字が点灯した。
ふと気付くと、俺のすぐ隣で
秀人はその数字をぼーっと眺めている。
さっきの病室でのテンションとは似ても似つかない、
まるで受験の合格発表で自分の番号が無かった時の受験生のよう。
・・・って現役の受験生が言ったらスゲー不謹慎だね。
「烈さ、元気そうで良かったな。」
俺は志望校に落ちた秀人にそう投げかける。
「あぁ、今はとりあえず・・・な。」
元気そうな烈を見て落ち着いていられないのは
どうやら俺だけじゃなかったらしい。
「元気そうにしてる烈を見るのが逆に辛いんだろ?
だったら、どうせならもっと笑顔にさせてやろうぜ。
中途半端は気持ち悪いだろ。」
俺は途中途中でつっかかりながら決め台詞が如くキメてみた。
普通に秀人を慰めるのは俺の性に合わない気がする。
「あぁ、そうだな。」
「もっと色々な友達連れて来れば良いだろ!
あの、先週自販機前で会ったイケメンは?」
確か名前は坂本 荘乃だったはず。
陸上部のエースでそこそこ学年内でも有名人物だから。
「アイツは・・・絶対来ないと思う。」
秀人の表情が険しくなり、俺の目をまっすぐに見てきた。
「何でだよ?」
これはちょうど良い機会だな。
先週、秀人がぶち切れた理由が分かるかもしれない。
「それは・・・・・」
秀人が躊躇っていると、
目の前のエレベーターが到着した事を示す案内音が鳴った。
「続きは駐車場で、どうだ?」
俺はそう言いながら開いた無人のエレベーターに乗り込む。
すぐに3秒ほど固まっていた秀人も乗ってきた。
・・・そして、俺たちは病院を出て、
バイクを停めてある駐車場へと辿り着いた。
外はまだ微かに明るいけど、5月の夕方の風に多少の肌寒さはある。
「さっきの話だけど・・・。」
秀人が嫌そうな雰囲気で切り出す。
「荘乃と烈と俺の3人は一年生の時、
同じクラスだったんだけど、
その時に荘乃と烈が交際していたんだ・・・。」
なるほどね。
烈も荘乃もお互いモテそうな感じだから
お互いにくっ付いた訳か。
お互いの性格は知らないけど、容姿だけなら納得のコンビだな。
「でも、烈が2年生の初期に退学して入院した時、
荘乃は烈を見捨てて別れた・・・。
最初は俺とは別々にお見舞いに行ってたらしいけど、
3年生になってからはほとんど来なくなったって烈が・・・。」
ふむふむ・・・。
じゃあ、つまり秀人的には荘乃が烈を見捨てたって事になってるのか。
・・・個人的な意見にはなるけど、
そりゃあパートナーがいきなり糖尿病で入院したとなると
焦るし、迷うわな・・・。
それに荘乃だったら他の女子の誘惑も多いだろうし。
「うーん・・・聞いた限りでは、
荘乃が単純に烈を裏切ったって事にはできなくないか?
入院した側の烈の事を考えてやりたくなるのは分かるけど、
入院された側の荘乃の事もある程度は考慮しないと・・・。」
普段の俺だったら話し相手に調子合わせて
「うわー死ねばいいじゃん!!」
とか笑い飛ばすけど、今はそんな事ができる重さの話じゃない。
「でも・・・荘乃は1年生の時同じクラスで、
その時に性格もなんとなく分かったっていうか・・・。」
「まぁ、イケメンでもてもての男子はだいたい性格悪いからな。
でもその悪いにも色々あると思うんだよね。
人間に対してそう簡単に良い悪いの判断は下せないぜ?」
俺は、いかにもアニメ中盤の説得役が喋りそうなセリフを並べる。
こんな哲学的な難しい話は好きじゃないけど、
そういう話好きですオーラを出すのは
チューニクスとして理に叶っている気がする。
「じゃあ機会があれば、基自身が荘乃と話してみてくれないか?
そこでアイツの性格が分かれば俺に共感するはずだから。」
秀人の指摘は正論だけど、
俺はそんな面倒くさい事はしたくない。
何で特に交流もない違うクラスのイケメンに絡まないといけないんだよ!
相手の性別が異性で、しかも可愛かったら大歓迎だけど!
「あー、まぁ機会があれば、かな。」
俺は手短にそうまとめ、フルフェイスのヘルメットを被った。
@第10話 「ヤバいレベルの支配欲」 完結