第6話 決意
今回は短いです
「しかし、今年の賢者がもう選ばれていたとはな。」
暗い部屋の中、ランプを間に置き光から零れぬよう互いに身を寄せ合う。眩しいのか、チュチュはローブの中に潜り込んでしまった。
「意外ですか?私が賢者だっていうの。」
1年に1人、新入生の中から賢者は選ばれる。選考基準はこれと言ってなく、ただその年の1年生学年主任が独断と偏見で自分が秀でていると感じた生徒にこの称号を与えるのだ。選ばれた生徒には書の館の鍵が贈られ、1年中、いついかなる時にも館の利用が可能となる。
「まさか。聞いて腑に落ちた。」
実は俺も賢者を狙っていたんだが、これは諦めるしかなさそうだ、ローラントはそう言って笑った。エルも少し目を見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。書の館の鍵を渡す際のタリルの言葉が彼女の頭に浮かぶ。
『エル、貴女の魔法は素晴らしい。貴女の産み出す世界は私達の知る世界と同じ様で何処か違う。
…貴女の眼には、この様に世界が映っているのですね。』
(タリル先生、それは、私の前世の彼女から見た世界です。彼女の眼から見るこの世界は、きらきらと輝いていて、夢や憧れ、希望を詰めた、とっても美しい世界なんです。)
『誇りなさい、エル。貴女の魔法は特別です。その眼は、私達とは違った視点からこの世界を見ることの出来るその眼は、神様からの贈り物ですよ。』
(先生、私、もっともっとよくこの世界を見ようと思います。そして、今以上に魔法を磨いて、神様と彼女からの贈り物のこの眼で見た世界を私の魔法で形にしていきたい。)
ローラントと他愛もない言葉を交わしながら、そっと服の上から鍵に手を当てる。
(この鍵は私の誇り。彼女の見る世界が他人に認められた証。この誇りをのばしていけば)
ー私もいつか、隣に座るこの人と胸を張って同じ場所に立つことが出来るだろうか?
ううん、と否定する。そして、並び立つんだ、と唱えなおす。もう決めたのだ。決意を込めた目で隣に座る彼を見上げる。ローラント様、と声をかけた。
「次の試験で、私と勝負をしませんか?」
エルからの急な挑戦に、ローラントはまず驚いた。けれども次の瞬間、彼の体を襲ったのは今まで体感したこともないぐらいの興奮だった。自分でも驚くほどの強い興奮に戸惑い、その理由を自身に自問する。
(エルと勝負できるからか?)
いや、とローラントは自分の考えに即座に首を振った。エルと勝負できるのは嬉しい、けれどそれ以上に
(エルが挑んできてくれたのが嬉しいのか。)
その答えがローラントの心にストンと落ちた。
エルとローラントの間には壁がある。それは、例えば身分だったり、立場だったり、魔法だったり様々だ。初めて会った時からその壁は厳然と存在していて、しかし、当たり前の物だからと敢えて気にせずその見えない壁を挟んでお互い接してきた。だが、それを今、こうしてエルが越えようとしてくれている。こちら側に来ようとしてくれている。ローラントは、それが無性に嬉しかった。
(ペアとはまた違った形で、競い合い高めあう相手として共に立つことが出来る。)
どうしようもない喜びに、緩みそうになった唇を慌てて引き締める。気を抜いたら、とてもだらしない顔をしてしまいそうだった。
「私では役者不足ですか?」
黙り込んでしまったローラントに、エルが不安そうに聞いてくる。ローラントは、いいや、と首を振った。そんなことはあり得ないと心の中で笑う。
「最高の挑戦者だ。」
気が付いたら、、引き締めていた唇を緩めてしまっていた。みっともない顔だろうと思う。けれど、こんな風に笑い合えることがとても幸せだった。
「全力で試験に挑むからな。」
「はい!そうでなければ、意味がありません。」
互いに右手を差し出し握手する。交わらせた視線を阻むものは何もない。不意に、ローブの下からチュチュが這い出てきて、繋いだ手の上まで走りそこに腰を落ち着けた。
「チュ!」
その鳴き声は、自分を忘れるなと言っているようにも、二人を鼓舞しているようにも聞こえた。恐らく両方であろう。ずんと、手の上に重みが増す。
ーこの世界において相手の手を握ることは、友好、友愛、そして挑戦を表す。
今更ですが、ここまで読んで頂きありがとうございました
かなりゆっくりの更新となりますが、お付き合い頂ければ幸いです
感想、送ってくださった方々、本当にありがとうございます
ではでは、また次回お会いできれば幸いです