3 イェラルシ
風呂から上がり、冷蔵庫から缶ビール、350ml缶を取り出す。銘柄はア〇ヒだ。俺はこだわりのない方で、と言うよりビール各社の違いが良く分からない。セレは日本のビールは飲んだ事がないので、俺と同じく良く分からないとさ。俺としては余り違いがないと思う。確か、オンフルールのカフェで飲んだビールは、冷えていなかった事だけしか覚えていなかったが。
湯上りに飲む一口目は美味い。後は分からない、と言うのが正直な話しです。
ここで俺達の住まいについて触れておこう。東京駅から30分強の、千葉の賃貸マンションに暮らしている。海岸には比較的近く、見晴らしの良い場所に立地しているにも係わらず、家賃は左程高くない場所だ。築年数は30年以上経っていると思うので、その点からも相場は低いかな? あくまで東京と比較したら、と言う話しですが。
そういう訳でビールを飲みながら、彼女の顔を伺う。もう穏やかな表情になっている。俺が謝って、風呂に入っている間、一人で気持ちを落ち着けたのだろうか?
「今日は帰りが早かったの?」
ご機嫌伺いの積もりで聞く。
「うん。接待がなかったから、早かったの」
「JC社の方は?」
「市場調査の結果は送ってあるから、向こうの結果待ちね」
「そうなんだ・・・ 話しは進んでいるんだ」
「そうよ。気になる?」
「いや」
「嘘仰い。それじゃ、何で聞くの?」
「ほら、俺が前の担当だったから」
「そうだったわね」
君の怒りが未だ続いているか知りたくて、探りを入れたなんて言えないから、こっちは苦労してるんだよ。なんてね。色々話しているうちに、気分も落ち着いてきたのが分かった。
「飲む?」
俺は飲みかけの缶をセルに手渡した。
「ありがとう」
彼女が潤んだブルーの瞳で俺を見詰め、応えた。一瞬、ゾクッとした。美人に直視されるとドギマギしてしまい、気持ちが落ち着かない。何か言われるんじゃないかと不安にもなる。疚しい事をしているんじゃないけど、後ろめたい気分になる。結構、小心者ですね、俺。
俺から手渡された缶ビールの残りを飲み干して、セルは空き缶を俺に返した。俺は黙ってキッチンの分別袋に捨てる。この何気ない動作からも、俺達の位置付けが分かるよね。結婚する前から、イェラルシ(ヒエラルキ)は存在してんだ!!!
ソファに腰かけて、ケーブルTVのスイッチを入れる。110チャンネルをリモコンで探し、番組を選択する。今日行われたオートレースの結果が放送されているから、土日のレース傾向の予想に使える。
隣に座っていたセレは何の興味も示さず、黙って雑誌を見ている。覗き込んだら、ファッション誌だった。
「それなら日本語で書かれていても大丈夫だね」
俺が話し掛けると、直ぐに彼女返してきた。
「見てるだけで、詰まらない。それとも買ってくれる?」
何それ? 俺は日常会話として話しかけた、だけだけど。何で俺が買わなきゃいけないの?
「買ってくれる?」
「え?」
「買ってくれる?」
何と答えれば良いのだ? 考えろ、俺。稼ぎは彼女の方がちょっと良いのは確かだけど、家賃は俺の方が出してるし。生活費は折半にしているから・・・ あれこれ考えていると、彼女俺の方に向き直り、俺の顔を穴が開くほど見詰めている。
少し不味い状況になった。断れば、治った機嫌が・・・ そうかと言って承諾すると、俺の小遣いが・・・ 土日の軍資金をどうする? どうしよう・・・
「ダコー。土曜に、買いに行こうね」
俺は満面の笑みを浮かべながら応えた。どう考えても、俺に拒絶する選択がないのは分かっている。この状況で拒否する命知らずの男がいるのだろうか?
「ありがとう。嬉しい」
愛くるしい微笑みで応えるセレを見て、絶対このシチュアション(シチュエーション)で要求すれば、断られる事がないのを知って、言っているんだと邪推したくなる。
「そろそろ遅いから寝よう」
「そうね」
俺は寝室にセレを促した。ナンテールに居た頃は、就寝が2時頃だったと思うんだけど。日本に帰ってからは0時過ぎには寝るようにしているな。何かが変わった訳じゃないけど、不思議だよね。
俺は寝る前に、スマホで証券会社のアプリを立ち上げ、ナスダック市場の株価をチェックした。俺の持っている株はMVDA、LU、MVDL、ZPLD。投資に興味のある方は参考にしてね。興味のない方はスルーしてください。




