1 女尊男卑
”セリーヌが俺を待っていた”の続編として書きました。
俺の名前は田中肇。都内の某商事会社で働いていた会社員だった。「働いていた」と言うのは昨年の夏、渉外担当専務の命で、フランスJC社の商品買付交渉役としてパリ郊外ナンテールに出張したんだ。同社と独占契約を結ぶ為だった訳ね。それがどういう因果か、俺の通訳として配属されたJC社々員のセリーヌがスッゴイ美人で、俺は彼女に一目惚れ。途中色々あったけど、無事彼女と結婚した訳ですよ。
結婚が、何の脈絡があるのか疑問でしょうけど、もう少し聞いてくださいね。俺の勤めていた会社に、女房のセリーヌがヨーロッパ担当として採用されたのよ。その決定は、俺をナンテールに派遣してくれた専務の意向ときたもんだ。俺も入社1年目だったので断る勇気もなく、嫁さんの入社を了承した訳ですよ。
何といっても元JC社々員でフランス語、スペイン語、イタリア語、英語が喋れて、日本語も日常会話位なら片言で何とか対応出来る。そんな女性が日本国籍を持って、日本にいる訳です。これを放って置く訳がないんだな。得難い人材だから、専務は飛び付いたんだね。
そうなると、俺がしていた仕事全て嫁さんが担当するようになり、俺は蚊帳の外(蚊帳ってどう使うのか分かります?)。詰まり、使えない男に認定された訳です。
それで終われば良いんだけど、そうはならないよね、営利企業は。中小企業に於ける経費の過半は人件費となると、異動か退職が待っている訳ですよ。協力会社への出向か、退職金割増の依願退職かの選択になり、俺は後者を選んだ訳。
そんな紆余曲折、右折禁止があって、俺は某行政書士事務所に、第二新卒として入所したのでした。仕事と言うと“開発行為申請”と言って、エステートと組んで山林や農地に倉庫やら工場建設のお手伝い。後は決算書や消費税申告資料の作成とか、“建設業許可申請”と言う建設・建築土木一般や電設業等に係わる許可証取得のお手伝いですかね。
前の会社の業務と比べると、完全にデスクワークが主で、対人営業は一切なし。業務自体は先輩に教わって、何とかこなしています。
営業職と違い定時出所、定時退所なので、時折営業が恋しい時もある訳ですよ。時間が余れば、パチ屋かスタバでの息抜きが出来た外回りが懐かしくもあり、羨ましくもありで。
だけどそんな贅沢を言っていたら、神様に怒られる訳でして、退屈な仕事でも仕方なく働くのです。
これが現状での俺の仕事です。他には何にもなし。だから時間は沢山出来たね。9時から18時迄拘束されるけど、後は自由時間。何をするかって? “小人閑居して不善を為す”ではありませんが、競輪・オートは土日限定、平日は麻雀のみ。夜はナスダックに張り付き、一喜一憂の日々を過ごしている処です。根っからのギャンブラーだね、俺は。
ここで注意点を一つ。商社の営業マンの時には息抜きでパチ屋に入り浸っていたけど、今は一歩も足を踏み入れておりません。何故か? 癖になるんですよ、パチンコは。
余談ですけど昔、関西の或る市ではパチンコの換金を公安員会が、手数料の一部を交通事故による遺児への寄付という形で直接換金を認めている、と聞いた事があるんだけど。今もあるのかな?
まあそれは置いといて。千円で250玉借りて、280玉で千円に換金出来るとすると、差金は280÷250の12%。“三競オート”は除外してもぼったくりだよ。それに夏場は日中涼みに行くから、毎日でも行ける訳。それに気付いて止めたんだ。
新婚なのにそれで良いのかって? 良いんじゃないですか。嫁さんは営業外回りもあるので、接待も当然ながら付いてきまして、ご帰宅は遅くなりますよね。不思議なもので、ナンテール時代はオン・オフ、ライフワークバランスがはっきりしていたのに、今じゃ「24時間働けますか」ですよ。
当然、夜の夫婦の会話はなし。俺がその気になっていても、セリーヌが全くその気にならない。だって「疲れた、疲れた」の連続だよ。偶に早い時間にほろ酔い気分でご帰還となると、俺の上に跨り女王様になるんだな。
仕事と慣れない日本の環境でのストレスが、如何に彼女の心身を蝕んでいるか想像出来るから、俺も文句は言わないんだけれど。ナンテールにいた時は今ほど女王様じゃなかったような・・・ 例えば、俺の名前は肇なんだけど、フランス人は“は行”の発音が上手く言えないので、大概「アジメ」とか「モン・シェリ」って、言ってくれてたんだ。それが今じゃ、「ヘイ」だよ。それで俺はと言うと、「マ・シェリ」とか「セレ」とか。
これだけでも如何に俺が彼女を大切にしているか、分かるよね?




