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机の上には、何もなかった  作者: ゆうぎり


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7/11

届いたのは、封筒ではなかった

午後の光は、

昼前よりも、少しだけやわらかい。


窓辺に落ちる明るさが、

ゆっくりと形を変えながら、

机の端へと静かに伸びてきていた。


急ぐ気配はない。

ただ時間だけが、

部屋の中を穏やかに通り過ぎていく。


灯りは、

まだともっている。


昼の光に包まれながら、

それでも自分の小さな明るさを、

消さずに、静かに保っていた。


強く主張するわけでもない。

役目を誇るでもない。


ただ、そこにある。


その控えめな在り方が、

部屋の静けさと、

よくなじんでいた。


椅子の位置も、

本の重なりも、

机の上の余白も。


朝からずっと、

きちんと整ったままだ。


誰かが片づけた形跡も、

誰かが動かした気配もない。


——そのはずだった。


ふと、

指先が止まる。


ページをめくる途中で、

ほんのわずかに、

視線が机の端へ向いた。


理由は、はっきりしない。


音がしたわけではない。

影が動いたわけでもない。


それでも、

確かに何かが、

視線をそちらへ導いた。


そして、気づく。


そこに、

さっきまでなかったものがある。


音は、しなかった。


扉も、

窓も、

一度も動いていない。


空気の流れさえ、

ほとんど変わっていない。


それなのに——


小さな箱が、

机の空いた場所に置かれていた。


手のひらに収まるほどの、

簡素な箱。


木目とも紙ともつかない、

落ち着いた質感。


飾りはない。

紐もない。

宛名もない。


ただ、

「ここに置かれている」

という事実だけが、

静かにそこにある。


しばらく、

部屋の中に動きはなかった。


驚き、というほどでもない。

警戒、というほどでもない。


胸の奥で、

ひとつ、呼吸がゆっくり深くなる。


箱は、急かさない。


早く開けろとも、

触れろとも、

何も求めてこない。


置かれているだけで、

それ以上の意味を、

押しつけてこない。


灯りの光が、

箱の角に、やわらかく触れている。


その様子は、

まるでずっと前から、

ここにあったもののようにも見えた。


時間の境目が、

少しだけ曖昧になる。


やがて、

指先が、

机の上を静かに滑る。


木の表面をなぞる、

かすかな感触。


触れる直前で、

ほんの一度だけ、

動きが止まる。


ためらいというより、

確かめるための、

短い間。


それから、

箱のふたに、

そっと手がかかる。


重さは、

ほとんどない。


抵抗も、ない。


ふたは、

音もなく持ち上がった。


中に入っていたのは——


言葉では、なかった。


紙でも、

手紙でも、

記号でもない。


小さな、

透明に近い欠片。


光を受けると、

かすかに、

やわらかい色を返す。


淡い、

名づけにくい色。


見る角度によって、

少しだけ表情が変わる。


それは、

何かの部品にも見えるし、

ただの硝子片にも見える。


特別な形をしているわけでもない。

目立つ輝きを放つわけでもない。


意味は、書かれていない。


説明も、

添えられていない。


それでも、

しばらく見つめていると、

胸の奥のどこかが、

静かにほどけていく。


思い出す、

という感じではない。


理解する、

という感じでもない。


もっと、

ゆっくりした変化。


少し前から、

ここに空いていた場所に、

きちんと収まる感覚。


欠けていた形が、

無理なく戻ってくるような、

そんな自然さ。


灯りが、

ほんのわずかに、

明るさを揺らした。


風は、吹いていない。


窓も、閉じたまま。


それでも、

光だけが、

一瞬だけ呼吸をしたように見えた。


欠片は、

冷たくない。


温かくもない。


ただ、

長く手の中にあったもののように、

自然な重さで、

指先に収まっている。


握ろうとしなくても、

落ちそうになることもない。


そこにあることが、

すでに馴染んでいる。


部屋は、

相変わらず静かだ。


外では、

誰かが通りを歩いている。


遠くで、

荷車の軋む音。


空は、

午後の色に、

ゆっくりと移っていく。


雲は高く、

光は穏やかで、

世界は何も変わらない。


それなのに——


机の上の空気だけが、

ほんの少し、

やわらいだ。


目に見える変化ではない。

けれど確かに、

触れればわかるほどの、

かすかな違い。


箱は、

開いたまま。


中には、

もう何も入っていない。


最初から、

ひとつだけだったように。


余計な余白も、

隠された仕掛けも、

どこにも見当たらない。


ただ、

必要な分だけ。


灯りは、

まだともっている。


昼の中で、

小さく、

しかし確かに。


その光は、

欠片の縁に触れて、

やさしく、形をなぞっていた。


なぞられるたびに、

欠片の色が、

ほんのわずかに深くなる。


まるで——


ずっと前から、

ここに届くことを、

静かに知っていたかのように。


部屋の空気は、

相変わらず穏やかで、

何事もなかった午後が、

ゆっくりと続いていく。


けれど。


机の上には、もう、

「何もない」わけではなかった。

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