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机の上には、何もなかった  作者: ゆうぎり


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6/10

封筒は、まだ届いていなかった

昼前の光は、

朝よりも少しだけ、

輪郭がはっきりしている。


窓辺の空気も、

さっきまでの静けさを保ったまま、

ゆっくりと温度を上げていた。


部屋の中は、

整っている。


机の位置も、

椅子の角度も、

壁にかかった布の揺れ方も、

どこにも不自然なところはない。


灯りは、

まだ机の端で

静かにともっていた。


消し忘れた、

という感じではない。


むしろ、

そこにあることが

最初から決まっていたような、

落ち着いた明るさだった。


しばらくして、

外の廊下で、

かすかな物音がした。


足音かどうかは、

はっきりしない。


止まったようにも、

通り過ぎたようにも聞こえる、

あいまいな気配。


それきり、

何も続かない。


部屋の中の空気は、

わずかにも乱れなかった。


机の上には、

いつもの本がある。


ページは、

今朝の続きのまま。


指先が、

そっと紙の端に触れる。


めくる。


その動きは、

昨日と同じ速さだった。


紙がこすれる音は、

ほとんど空気に溶けて、

部屋のどこにも

跡を残さない。


一枚。


また一枚。


読み進めるというより、

時間のほうが、

静かに前へ滑っていくようだった。


外の世界は、

相変わらず、

きちんと動いている。


遠くで、

戸を閉める音。


階段を降りる、

軽い足取り。


誰かが名前を呼ぶ声。


どれも、

普通の昼前の音だ。


特別な知らせは、

届いていない。


机の上にも、

床の近くにも、

窓の外にも——


封筒は、

まだなかった。


それを探す様子は、

部屋のどこにも見えない。


必要としている、

という気配もない。


ただ、

灯りの下で、

ページが一枚、

静かに読み進められていく。


ときどき、

視線が、

机の端の光に触れる。


確認するでもなく、

気に留めるでもなく、

ただ、そこにあるものとして。


灯りは、

揺れない。


昼の光に混ざりながら、

それでも、

自分の小さな明るさを

保ち続けている。


——


やがて、

窓の外で、

風が一度だけ向きを変えた。


カーテンの裾が、

ほんのわずかに持ち上がる。


けれど、

すぐに元へ戻る。


何も起きなかった、

と言ってしまえるほどの、

小さな動き。


それでも、

机の上の影だけが、

一瞬、

いつもと違う形を取った。


気づくほどではない。


測ろうとすれば、

たぶん誤差の範囲だ。


それでも、

影は確かに、

ほんのわずか、

遅れて戻った。


本のページは、

変わらない速度で進む。


呼吸も、

姿勢も、

落ち着いたまま。


部屋は、

穏やかだった。


あまりにも、

穏やかすぎるほどに。


外では、

誰かが笑った。


通りを渡る荷車が、

短く軋む。


窓の外の空は、

雲ひとつない。


何もかもが、

正しく、

整いすぎている。


その中で、

この部屋だけが、

ほんのわずかに、

時間の歩幅を

変えているように見えた。


けれど——


それに気づく者は、

まだいない。


本は閉じられない。


灯りも、

消されない。


机の上には、

空いたままの小さな余白がある。


そこに、

何かが置かれる予定があるのか、

それとも最初から、

何も置かれない場所なのか。


まだ、

決まっていない。


昼の光は、

静かに角度を変えていく。


影が、

ほんの少しだけ、

机の端を越えた。


それでも、

部屋の形は崩れない。


外の世界は、

相変わらずだった。


きちんと動き、

きちんと進み、

何一つ、

遅れてはいない。


だからこそ——


ここに、

まだ何も届いていないことに、

誰も不思議を感じなかった。


灯りは、

変わらずともっている。


昼の中で、

小さく、

しかし確かに。


そしてその光は、

これから訪れる何かのために、

あらかじめ席を空けているように、

静かに、

机の端で待っていた。

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