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机の上には、何もなかった  作者: ゆうぎり


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5/10

翌朝、灯りはついたままだった

朝は、

いつも通りに来た。


窓の外では、

誰かが早めに戸を開け、

遠くで水の音がして、

通りを渡る足音が、

規則正しく続いている。


特別なことは、

何も起きていない。


それは、

疑いようもないほど、

整った朝だった。


部屋の空気も、

昨夜と同じまま、

静かに落ち着いている。


机は、

動いていない。


椅子も、

窓も、

壁にかけられた小さな布も、

すべて、

記憶どおりの位置にある。


ただ一つ——


机の端の灯りだけが、

静かに、

ついたままだった。


それは、

不自然な明るさではない。


強くもなく、

弱くもなく、

紙の上に、

やわらかな影を落としている。


昨夜、

確かに触れたはずの灯り。


消したはずの、

あの小さな光。


それが、

何事もなかったかのように、

そこにある。


しばらく、

その光を見ていた。


驚きは、

思ったほど大きくない。


むしろ、

胸の奥に浮かんだのは、

かすかな確かめるような感覚だった。


——そういうことも、ある。


言葉にはしないまま、

そんなふうに受け止めている。


部屋は、

落ち着いている。


物の輪郭は、

きちんとそこにあり、

昨夜と同じ静けさが、

薄く朝の光に混ざっている。


灯りだけが、

ほんの少し、

この部屋の時間から

ずれているように見えた。


手が、

ゆっくりと持ち上がる。


灯りに触れる距離まで、

静かに近づく。


指先は、

まだ触れない。


消すことも、

そのままにすることも、

どちらも選べる位置。


少しだけ、

迷う。


けれどその迷いは、

重いものではなかった。


昨夜、

暗くしても、

部屋はちゃんとそこにあった。


その感覚が、

まだ胸の奥に残っている。


だから——


灯りは、

消されなかった。


手は、

そっと離れる。


光は、

変わらず机の上に落ち続ける。


外では、

朝の気配が、

少しずつ濃くなっていく。


誰かの笑い声。

遠くの荷車のきしみ。

開いた窓から入る、

まだ冷たい空気。


世界は、

きちんと動いている。


何もおかしくない。


何も、

変わっていない。


それなのに——


部屋の中だけ、

ほんのわずかに、

やわらいで見えた。


机の角。


椅子の背。


床に落ちた、

細い朝の光。


どれも、

昨夜と同じ形のはずなのに、

境目だけが、

少しだけ優しくなっている。


理由は、

分からない。


確かめる必要も、

なぜか感じなかった。


しばらくして、

本が開かれる。


ページは、

昨日の続き。


文字は、

変わらない並びで、

静かにそこにある。


灯りの下で、

紙の白が、

やわらかく息をしている。


外の世界は、

相変わらずだった。


朝は進み、

人は動き、

時間は、

いつも通りの速さで流れている。


けれど——


机の上の光だけが、

ほんの少しだけ、

昨夜の続きを知っているように、

静かに、

そこに残っていた。


誰も、

それを指摘しない。


誰も、

理由を探さない。


それでも確かに、

この部屋のどこかに、

小さな余白が生まれている。


まだ名前のない、

やわらかな余白。


灯りは、

今日も、

静かに呼吸している。

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