表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
机の上には、何もなかった  作者: ゆうぎり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/3

触れかけた指先

机の上には、

何も増えていなかった。


昨日と同じ本。

昨日と同じカップ。

昨日と同じ、静かな灯り。


ただ——


窓の外の気配だけが、

わずかに遠くなっていた。


部屋は、

整っている。


整えた覚えはないのに、

どこにも無理がない。


椅子は引かれすぎておらず、

本の角は、机の縁と静かにそろい、

灯りは、

夜の中心からほんの少しだけ外れた場所で、

やわらかく息をしている。


その前に、

手があった。


まだ、

何にも触れていない手。


指先は、

わずかに宙に浮いている。


伸ばそうとしている、

というより——


そこに、置きどころを探しているような、

静かな迷い方だった。


部屋は、

何も言わない。


急かしもしないし、

待っている様子もない。


ただ、

この距離が、

最初から決まっていたみたいに、

自然に保たれている。


机の端に、

紙の気配がある。


折り目のついた、

薄い紙。


封は、まだ切られていない。


けれど、

それが“届いたもの”なのか、

“ずっとそこにあったもの”なのかは、

この部屋の中では、

もうはっきりしなかった。


指先が、

ほんの少しだけ近づく。


触れるほどではない。

だが、

空気の層が一枚、

静かに押し広げられる。


そのとき——


灯りが、

ごくわずかに揺れた。


風ではない。


窓は閉じている。

カーテンも動いていない。


それでも、

灯りの縁だけが、

呼吸を変えたみたいに、

やわらかく脈を打つ。


手は、止まった。


触れない。


けれど、

引き戻されたわけでもない。


ただ、

その位置で、

静かに考え直している。


机の上のものたちは、

何も変わらない。


カップは冷めたまま。

本は閉じたまま。

灯りは、

また元の落ち着きを取り戻している。


部屋は、

依然として整っている。


整いすぎている、と感じるほどに。


指先が、

わずかに角度を変えた。


紙のほうではなく、

もう少し奥へ。


そこには、

まだ視線を向けられていない

小さな余白がある。


何かを選び直すほどの、

大きな動きではない。


ただ、

触れようとしていたものが、

触れなくてもよい位置に戻った。


それだけの、

ほとんど形にならない変化。


灯りは、

今度は揺れなかった。


代わりに、

部屋の奥行きが、

ほんのわずかだけ、

深くなったように見えた。


錯覚かもしれない。


けれど、

椅子と壁の距離が、

最初に入ってきたときより、

呼吸しやすくなっている。


手は、

ゆっくりと下りた。


机の上には、

まだ封の切られていない紙がある。


何も、起きていない。


少なくとも、

外から見れば。


灯りは、

静かにそこにあり続けている。


そして部屋は、

まるで最初からそうであったかのように、

やさしい沈黙の中に収まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ