外から見える部屋
その部屋は、外から見ると、
どこにでもある一室にしか見えなかった。
通りに面した、ありふれた建物の三階。
窓の形も、壁の色も、
特別に目を引くものはない。
ただ、夜になると、
決まった位置に灯りが現れる。
それだけのことだった。
最初に気づいたのは、
毎晩同じ時間に帰宅する配達員だった。
荷物を抱えて通りを横切るとき、
ふと視界の端に、
やわらかな光が入る。
強すぎず、弱すぎない。
外灯とも、室内灯とも、
少しだけ質の違う光。
最初のうちは、
ただの生活の灯りだと思っていた。
誰かが起きていて、
誰かが眠る前に灯している。
それだけの、
説明のつく光。
けれど——
ある晩、
配達員は無意識に足を止めた。
理由は分からない。
急いでいたし、
立ち止まる用事もなかった。
それでも、
ほんの一拍だけ、
視線が窓に残った。
灯りは、
部屋の中央から、
ほんの少しだけずれた位置にあった。
妙だ、と思うほどではない。
ただ、
「そこに置く人もいるか」
と感じる程度の、ささやかな違和。
配達員はすぐに歩き出し、
そのまま角を曲がり、
次の配達先へ向かった。
翌日には、
もう思い出さなかった。
別の日、
通りの向かいにある建物の管理人が、
夜の見回りをしていた。
窓の施錠を確かめ、
廊下の電気を落とし、
最後に外の通りを一度だけ眺める。
それが、長年続けている習慣だった。
その夜も、
何も変わらないはずだった。
風は弱く、
通りを歩く人影も少ない。
いつもの夜。
ただ、
視線がふと、
向かいの三階の窓に触れた。
灯りが、見える。
やわらかな、
落ち着いた色の光。
管理人は、
ほんの少しだけ首を傾げた。
明るさではない。
色でもない。
置かれている位置が、
妙に落ち着いて見えた。
意図して整えたというより、
そこに置かれるのが最初から決まっていたような——
そんな収まり方だった。
管理人は、しばらく見て、
やがて小さく息をついた。
「……まあ、いいか」
誰に向けたわけでもない声。
窓を閉め、
見回りを終え、
建物の明かりを順に落としていく。
向かいの灯りのことは、
その夜のうちに、
ほとんど意識の外へ滑り落ちていった。
通りを行き交う人々の中で、
あの灯りを正確に覚えている者は、
おそらくいない。
気づいた者はいる。
立ち止まりかけた者もいる。
けれど、
誰もそれを、
「出来事」として持ち帰らなかった。
光は、
ただそこにある。
夜のどこかに、
静かに置かれている。
それだけで、
十分だった。
その夜、
風が少しだけ強く吹いた。
通りの看板が揺れ、
電線がかすかに鳴る。
だが、三階の窓の奥の灯りは、
ほとんど揺れなかった。
まるで、
外の風とは、
別の場所に置かれているみたいに。
しばらくして、
雲が流れ、
月明かりが通りに落ちる。
外の世界は、
いつも通りの夜だった。
規則正しく、
説明がつき、
何ひとつ不足のない夜。
そして、
その整いきった夜の中に、
あの部屋の灯りも、
静かに含まれていた。
違和感としてではなく、
異物としてでもなく、
ただ、そこにあるものとして。
だからこの時点では、
まだ誰も知らない。
あの灯りが、
少しずつ、
部屋の奥行きを変えはじめていることを。




