黒き魔王の常若の部品
前書き
未知のウイルスという名のバグが完全に水際でデリートされた、2020年4月。
甲斐の国大学の旧休憩室には、うららかな全盛期の春が訪れていた。
論理の魔王である黒木万桜と、医学の才女、白井勇希。
ふたりきりの甘い「勇希デイ」は、再構築フードメイカーが弾き出す塩焼きそばの香りと共に、産業の寿命を再定義する「工業的アポトーシス」の議論へと昇華していく。
永遠を否定し、常に生まれ変わる「常若」のシステム。
それは、1000年先まで愛する女のメンテナンスを独占しようとする、魔王の過保護なパッチ当てでもあった。
だが、その全盛期の静寂は長くは続かない。
イチゴ味のバイオプラスチックを抱えて乱入する赤い社長を「お義兄ちゃん」の最強ワードでデリートしたのも束の間。
アホの子成分を求めて招集されたセイタンシステムズのコアメンバーたちが、旧休憩室の空気をマッハの速度でオーバーフローさせていく。
極めつけは、防大組の藤枝による、岩手への無謀な単独特攻の顛末だ。
某赤い彗星の致命的なエラーコードを婚約の挨拶で出力し、見事「ハッピーセット(オマケ抜き)」の格下認定を受けた男の悲壮なる生還。
桜舞う狂騒の中、世界を略奪する天才たちが、今日も予測不能なバグと最高にエモい知性を撒き散らす、全盛期の日常を綴る。
2020年4月中旬。甲斐の国大学に新設されたセイタンシステムズのラボ。
論理の魔王である黒木万桜が率いるセイタンシステムズの中心地。
それは、なぜか甲斐の国大学併設のカフェ・ジャカジャカの休憩室であった。
その状況に業を煮やした甲斐の国大学学長、北野爽大が、万桜たちを新たなラボへと押し込めたのである。
そこで新入生たちが、今ひとつの研究に投入されようとしていた。
そう、ナフサに頼らない、全盛期のコンポジットバイオプラスチックの開発だ。
「いいか。テメエらの役目は、このコンポジットバイオプラスチックの配合を弾き出すことだ」
万桜は、新入生たちを前に、尊大に告げた。
「お米のデンプンを基材としたネオリザ。これを本隊とする」
万桜は、モニターに4つの素材の分子構造を全盛期の速度でレンダリングした。
「そこに、動物性タンパク質であるシルクパウダーを混ぜ込む。これが骨組みとなり、耐熱性と引張強度を劇的に引き上げる 精鋭部隊だ」
新入生たちは、植物性と動物性の垣根を越える暴挙に、息を呑んだ。
「さらに、軍師として樟脳をデプロイする。剛直な高分子の間に割り込ませ、潤滑剤として成形性を極限まで高めるんだわ」
万桜の指先が、空間に仮想の分子ネットワークを構築していく。
「極めつけは、蒟蒻のグルコマンナンだ。これが盾兵となり、素材にエラストマーのような弾性と衝撃吸収性をパッチ当てする」
「お米、絹、樟脳、蒟蒻。この和の四成分系コンポジットが、これからの世界の骨格になる」
万桜は、新入生たちの凝り固まった常識という名の古いOSを、物理的な熱量で焼き払う。
「だが、この素材は石油由来のプラスチックに比べて、劣化が早い。……わかるか?」
新入生たちが、その致命的なバグに顔を見合わせた。
「それはバグじゃねえ。……『式年遷宮』という名の、最強のアップデート機構だわ」
万桜は、冷徹なジト目で新入生たちを射貫いた。
「永遠に壊れない素材なんてものは、産業の代謝を止め、属人化のスパイラルを生むだけの呪縛だ」
万桜の言葉が、ラボの空気をマッハの速度で書き換えていく。
「強度はあるが、時期が来れば潔く土に還る。……だから、替えればいいんだよ」
「20年ごとに社を建て替える伊勢神宮のように、数年で役目を終えて自然に還る」
万桜は、循環という名の新しい経済モデルを空中に描き出す。
「樟脳の香りが消え、シルクの光沢が失われた時。それが、次世代のパッチを当てる交換のサインだ」
万桜は、新入生たちの脳髄に、常若のプロダクトという概念を強制インストールした。
「壊れないものを作るんじゃねえ。心地よく壊れて、常に最新の技術で作り直せるサイクルを回す」
万桜は、不敵に口角を上げた。
「それが、俺たちの描く全盛期のリサイクルだわ」
「おまえらが西郷並みに根性があることを願っているぜ」
万桜は尊大に告げると、セイタンシステムズ首席技師である西郷輝人へと視線を向けた。
そして、新入生たちの最終試練を、全盛期の無造作さで丸投げする。
新設のラボは、潤沢な予算があって、設備も最新鋭なものばかりだ。
しかし、万桜はなにかが違うと感じていた。
不便の中からしか、閃きは生まれねえよ。
万桜の持論はそれだった。
「任せてくだされ黒木氏。拙者、見事ダイヤの原石を発掘してみせるでござる!」
意気込む西郷に、
「おう。善きに計らえ首席技師」
万桜は丸投げすると、あの居心地のよい旧休憩室へと、未練なく踵を返した。
★ ◆ ★ ◆ ★
春の淡い陽光が、甲斐の国大学に併設されたカフェ・ジャカジャカの旧休憩室に差し込んでいる。
二〇二〇年四月。
未知のウイルスという名のバグが完全に水際でデリートされた日本には、うららかな全盛期の春が訪れていた。
窓の外では、満開の桜から零れ落ちた花びらが、物理法則に従って静かな軌跡を描きながら舞い散っている。
この日の旧休憩室は、黒木万桜と白井勇希のふたりきりであった。
他のメンバーはそれぞれの実務という名のノイズ処理に追われている。
世界をハックする論理の魔王と、それを医学的に紐解く美しき才女。
誰の邪魔も入らない、完全にクローズドな全盛期の空間がそこにはあった。
使い込まれたソファに深く腰掛けた勇希は、キッチンカウンターに立つ万桜の広い背中を見つめていた。
「常若のパーツってわけね」
白井勇希が、万桜が提唱する「耐用年数式年遷宮構想」について推察する。
お米、絹、樟脳、蒟蒻。
それらを融合させたコンポジットバイオプラスチックがもたらす、産業の新たな循環についての議論の続きだ。
「いっせいに全取っ替えすれば、利用者の負荷は高いし、手に馴染んだ道具が変われば、どうしたって一時的な技術の隙、慣れを得るまでの劣化が生じるわ」
勇希の言葉に万桜は頷き、振り返ることなくまな板に向かい合う。
「無理して騙し騙し道具を使う。一見すりゃ、物を大切に使っているって映る」
万桜の低い声が、世間の欺瞞という名の古いOSを射抜く。
「でも現実はそうじゃねえ。錆びて色褪せた世界に我慢してるだけだ」
万桜はウンザリと吐き捨てた。
物を捨てないことが美徳とされる社会。
だがそれは、耐用年数という概念を「壊れるまでの期間」と定義し、永続性を神格化しすぎた結果のバグだ。
「長持ちする高価な素材は、壊れにくいわね」
勇希は、医学的な視点から社会という名の患者を診断するように言った。
「ただし設備更新時に、止めていた反動が環境を破壊するわ」
勇希の言葉に万桜は深く頷く。
そして、再構築フードメイカーから出力された乾麺だったパスタを、重曹を放り込んだ沸騰した湯の中に静かにデプロイした。
アルカリ性へと相転移した熱湯の中で、乾麺特有の硬い構造がマッハの速度でハックされていく。
「その通りだ、勇希。巨大な設備を一気に更新すれば、莫大なコストと稼働停止という名のシステムエラーが起きる」
万桜は、物理法則の勝利を確信するように口角を上げた。
「生産ラインの停止、従業員の再教育、初期不良による歩留まりの低下。一括更新という名の暴力は、すべてにおいてパケットロスを引き起こすんだわ」
茹で上がった麺をザルに上げ、湯切りをする。
そこに残っていたのは、洋風のパスタではない。
小麦粉のタンパク質を重曹でハックし、全盛期のモチモチとした弾力をレンダリングした、中華生麺であった。
「だからこそ、パーツごとに寿命をずらすのね」
勇希は、ソファの背もたれに腕を回し、恋人の見事な手捌きに見惚れながら言葉を継ぐ。
「人体の細胞が日々生まれ変わるように、全体の機能を維持したまま、常にどこかが新しくなり続ける。まさに、伊勢神宮の式年遷宮よ」
「劣化を敗北じゃなく、次世代へのパスとして設計する。それが真の循環だわ」
万桜は、フライパンに油を引き、パッチを当てられた生麺を放り込む。
ジュワッ、と心地よい油の弾ける音が旧休憩室の空気を震わせた。
「そこに、この手前ミートの出番だ」
万桜が掲げたのは、大豆やオーツ麦、アーモンドプロテインをベースにした植物性のブロックだ。
再構築フードメイカーで出力された、植物の栄養素を全盛期の密度で圧縮した素材。
「ただの植物の塊じゃ、旨味の奥行きが足りねえ」
万桜は、小さなスポイトを取り出し、黄金色に輝く液体を一滴、フライパンへと滴らした。
熱に触れた瞬間、暴力的なまでの香ばしい脂の匂いが、空間を一気に支配する。
「これは豚バラ肉の構造から抽出した、超濃縮のマスター成分だわ」
万桜は、菜箸で素早く麺と合成肉を絡ませる。
「一頭の豚を殺すんじゃねえ。動物性のエッセンスを触媒にして、植物性のバルクを全盛期の塩豚へと強制的に染め上げる」
万桜の錬金術のような調理工程に、勇希は思わず喉を鳴らした。
「一頭の豚の命を、何万倍もの糧へと増幅させる。まさに食の錬金術ね」
「肉の脂ギトギトを洗う手間もデリートできる。最高に合理的な塩焼きそばだろ」
万桜は、岩塩と粗挽きの黒胡椒、そして特製のネギ塩ダレをフライパンにパッチ当てした。
香ばしい焦げ目と、ネギの鮮烈な香りが、メイラード反応という名の物理法則を伴って立ち上る。
勇希の満腹中枢を容赦なく攻撃してくる、全盛期のアロマだった。
「ほら、味見だ」
万桜は、箸で少量の麺と肉を掬い上げた。
フーフーと自らの息を吹きかけて熱を逃がすと、そのままソファに座る勇希の口元へと差し出す。
「……子供扱いしないでよ」
勇希は少しだけ頬を染めて抗議した。
だが、抗いがたい香りにあっさりと敗北し、小さく桜色の唇を開く。
万桜の箸から、熱々の塩焼きそばを受け取る。
咀嚼した瞬間、勇希の瞳孔が限界まで見開かれた。
「……美味しい」
「だろ」
万桜は、愛する女の反応を見て、この世のすべてを手に入れたかのように満足げに笑う。
「乾麺だったとは思えないモチモチの弾力。それに、この豚肉の旨味……完全に細胞レベルで錯覚させられるわ」
「おまえの脳内物質を最適化するためなら、味覚のバグくらい簡単に引き起こしてやるよ」
万桜は、フライパンの火を止め、ふたつの平皿に全盛期の塩焼きそばを盛り付けた。
湯気を立てる皿をローテーブルに置き、万桜は勇希の隣に深く腰を下ろす。
使い込まれたソファが僅かに沈み込み、ふたりの肩がピタリと触れ合った。
万桜の体温が、春の陽気よりも熱く、そして力強く勇希の肌に伝わってくる。
「おまえのメンテナンス権限は、俺が独占する。他の誰にも、1ミリのパケットも触らせねえ」
万桜は、勇希の細い肩を抱き寄せた。
その温もりを、確かな物理量として自らの胸に刻み込む。
二人きりの甘い空気が、旧休憩室を優しく包み込もうとした、その時だった。
「待ったぁぁぁぁ! その一口、俺の情熱のパッチも当てさせてくれぇぇぇ!」
旧休憩室の扉が、全盛期の音圧と共に暴力的に蹴破られた。
そこに立っていたのは、真っ赤なヘルメットを被り、擦り切れた芋ジャージを着込んだ赤い社長。
茅野淳二である。
「……あんた、甲斐の国市在住だから、このラボへの物理的なアクセス権限が無駄に高いな……」
万桜は、甘い時間をデリートされた怒りを隠すこともなく、氷点下のジト目を淳二に貼り付けた。
「当たり前や! 俺と黒木くんは、地球リフォームという名の共同事業体やろ!」
淳二は、ズカズカと土足で上がり込み、怪しげなタッパーを抱えていた。
「これを見てくれ! 俺が開発した『赤い情熱の粉』……。名付けて、紅蓮・パウダーや!」
「……ただの唐辛子だろ。ノイズを撒き散らすな」
「ちゃうわ! これは俺の赤い社長としてのカリスマ性を、分子レベルで凝縮した……」
淳二は、こともあろうに予備で置いてあったフードメイカーに、タッパーの中のイチゴ味チップスの塊を突っ込んだ。
旧休憩室に、芳醇なネギ塩ソースの香りと、それとは致命的に矛盾するイチゴの人工的な甘い香りが充満する。
「……脳がバグる。……万桜、早く、このノイズを排除して」
勇希が冷静にメスを構えるような目で淳二をスキャンする。
万桜の論理回路が、一瞬にして沸点を超えた。
物理的な攻撃ではない。
魔王は、自らの脳内アーカイブから、淳二のOSを強制終了させる最強の論理パッチを検索し、デプロイした。
「お義兄ちゃん! 今日は勇希デイなの! 邪魔しないで! ハウス!」
万桜の低い声が、旧休憩室の空気をマッハの速度で制圧した。
その言葉には、世界の理を書き換える魔王の威圧感と、茅野舞桜の兄という「お義兄ちゃん」属性、そして白井勇希デイという「聖域」の定義、さらには淳二を「アホの子」として扱う「ハウス」という命令が、全盛期の精度でマージされていた。
「お義兄ちゃん……?」
淳二の脳内OSが、その多層構造の論理にオーバーフローを起こした。
魔王の威圧感と、妹の夫(予定)からの「お義兄ちゃん」という呼びかけ、そして勇希デイという不可侵領域の提示。
情報の滞留が、淳二の身動きを物理的に封じる。
「……ハウス?」
淳二は、イチゴ味焼きそばという名の情報の残り香を残したまま、すごすごと、春の空の下へと逃走していった。
アホの子としての初期設定に忠実に、システムの命令に従ったのである。
「……やっと、情報の滞留が解消されたな」
万桜は、窓の外の淀んだ空気をジト目で一瞥した。
「本当に嵐みたいな人ね。……でも、最強ワードで追い払うなんて、万桜らしくないわね」
勇希は、少しだけ空になった自らの皿を見つめ、呆れたように溜息をついた。
「非論理的じゃねえ。……これは、維持管理のパッチ当てだ」
万桜は、ソファの上で勇希の手を力強く握りしめた。
その温もりを、確かな物理量として胸に刻み込む。
窓の外では、散りゆく桜という名のアポトーシスが静かに進行している。
そして室内では、永遠に更新され続ける「常若の愛」という名の式年遷宮が、ふたりの鼓動と共にレンダリングされていた。
「……ところで万桜。さっきの淳二さんのイチゴ焼きそば、一口だけ残ってるんだけど」
「……食べるなよ。それは物理的な正解から最も遠いゴミだぞ」
「でも、好奇心という名のパッチが、どうしてもこれを試せって言ってるのよ」
勇希は、恐る恐るその真っ赤な麺を箸で摘まみ、口に運んだ。
次の瞬間、勇希の美しき表情が、医学的に説明のつかないレベルで瓦解した。
「……あ、甘い……。そして殺人的に辛い……! 万桜、水! 全盛期の速度で水をデプロイして!」
「だから言っただろ、このアホの子が。ほら、飲め」
万桜は、不敵に笑いながら、冷えた梅コーラを勇希の口元に運んだ。
春の旧休憩室。
知性と爆笑、そして深い愛情が混ざり合い、新しい時代の地層が、全盛期の速度で積み上がっていく。
世界の理を書き換える魔王たちの日常は、今日もまた、予測不能なバグと、それを凌駕する最高にエモいパッチで満たされていた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「なあ勇希。気づいてる?」
塩焼きそばを食べ終えて、後片付けをしながら万桜は勇希に投げ掛ける。
「ああ、残念ながらな」
勇希は不本意を吐息に捨てた。
勇希デイ。先日、舞桜と万桜がいい感じにいちゃついていたのを嫉妬して、無理矢理に設けた1日。
悪くはないけれど、よくもない。なにかが足りない。それは。
「ヤロー共。出合いやがれ」
万桜は、パンパンと柏手を打って遠ざけていた、セイタンシステムズのコアメンバーを招集する。
「なんだよ。大学生っぽいカップルだったじゃんか」
口を尖らせて、旧姓福元、斧乃木莉那が抗議する。
「うっせサブリナ。アホの子成分が足りねえんだよ。勇希って生徒会長キャラだから」
万桜は抗議を一蹴して、
「おう。テメエら、このアイデアどう思う?」
万桜は、モニターをデプロイし、和の四成分系バイオプラスチックの構造式を映し出した。
「永遠に壊れない素材なんてものは、産業の代謝を止めるバグだわ」
万桜は、旧休憩室に集まった天才たちをジト目で見回した。
「あえて劣化するパーツを作り、時期が来たらアポトーシスのように自死させる」
万桜の指先が、循環する円の軌跡を描く。
「一気に設備を全取っ替えするんじゃねえ。常にどこかのパーツが新しくなり続ける、耐用年数式年遷宮だわ」
「素晴らしいわね、万桜くん」
舞桜が、パチンと扇子を鳴らして全盛期の笑みを浮かべた。
「モノを売り切る旧時代のビジネスモデルの、完全なデリートよ」
舞桜は、CEOとしての冷徹な視線で市場という名のシリンダーを見透かす。
「素材のサブスクリプションになるわ。定期的に新しいパッチを当て続けることで、継続的な利益と、顧客との永久的な接続が担保される」
「経理的にも、最高にエモい数字の巡りよ」
人妻となった佐伯香織が、マッハの速度で計算機を叩きながら標準語で追従する。
「数十年ごとの莫大な設備投資によるキャッシュフローの悪化が、完全に平準化されるわ」
香織は、モニターに映る減価償却のグラフを平坦にならしてみせた。
「設備更新のスパイクが消滅して、常に一定の支出で最新の環境が維持できる。国税局のノイズも入り込む余地がないわね」
「見事でござる、黒木氏!」
首席技師の西郷輝人が、ござる口調と共に全盛期の熱量で身を乗り出した。
「一括で設備を導入すると、数年後には技術の陳腐化というバグを抱え込むことになり申す」
西郷は、武士のように腕を組んで深く頷く。
「だが、この式年遷宮システムならば、常にその時々の最新技術をデプロイし続けられる。まさに永遠の全盛期でござる!」
「兵站の観点からも、極めて合理的だな」
防大組の佐伯一と、斧乃木拓矢が、顔を見合わせてニヤリと笑った。
「一気に交換しようとすれば、現場に必ず技術の隙ができる。その一瞬のパケットロスが、戦場では命取りになる」
一が、軍事的な防衛ラインを想定しながら分析する。
「段階的なパッチ当てなら、システム全体の稼働を止めずにアップデートを完了できる。無停止での構造改革だ」
「わっぜ! そいはまさに、資本の死と再生のサイクルにごわす!」
九条鉄厳が、薩摩の火山のごとき熱量を爆発させて吼えた。
「永遠を求めることは、変化を拒む精神の不良債権化! 常に壊れ、常に生まれ変わることで、真の誠が宿るじゃっど!」
鉄厳は、文学と経済学を融合させた熱い涙を流し、見えない伝票に激しく署名するフリをした。
「要は、現実世界でソフトウェアのアップデート回してるようなもんっしょ?」
莉那が、楽しそうに笑いながら万桜の意図をサルベージする。
「アタシらハッカーのやり方を、物理的な物質の地層に落とし込んだだけじゃん。最高にロックだね」
「そういうことだわ」
万桜は、集まったアホの子たちの全盛期のレスポンスに、満足げに口角を上げた。
「100年持たせるために、ガチガチに固めるんじゃねえ。数年で土に還るパーツを、100年間交換し続ける」
万桜は、冷徹なジト目で旧休憩室の全員を見渡した。
「それが一番、変化という名のノイズに強いシステムなんだわ」
勇希は、その騒がしくも高度な知性の殴り合いを見て、ふっと息を吐いた。
「……やっぱり、この喧騒がないと、あたしたちの全盛期は回らないみたいね」
勇希の言葉には、不本意ではなく、確かな充足感がパッチ当てされていた。
万桜は、勇希の肩を抱き寄せ、不敵に笑う。
「言ったろ。おまえのメンテナンスも、このアホの子たちと一緒に、俺が100年先まで善きに計らってやるってな」
春の旧休憩室。
未知のウイルスという名のシステムエラーが存在しない世界で、若き天才たちの論理は、マッハの速度で世界の理を書き換えていく。
永遠の愛も、常若のプラスチックも。
すべては万桜の手によって、最も美しく、最も理不尽な全盛期へとレンダリングされ続けていた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「そういや、藤っちは? 最近、見てねえけど?」
万桜は、防大組の集団をスキャンし、藤枝誠の物理的反応がロストしていることに気づいた。
防衛大学校の制服という名の迷彩を脱ぎ捨てたメンズたちに、視線のパケットを投げる。
「それがさ……。俺や斧乃木がカミさんと入籍したら、無駄に対抗意識燃やしちゃってさ」
佐伯一が、頭を掻きながら答えた。
「今頃、柏葉さんの実家に、単身で交渉しに行ってるんだよ、魔王さま」
「え、あいつ生きてる? 埋められてないか?」
万桜は、冗談ではなく、文字通りの生存確認として素で尋ね返した。
防衛大学校の人間が、事前の根回しという兵站を無視して、岩手の強固な要塞へと特攻を掛ける。
それは、軍事的に見ても全盛期の自殺行為に等しい。
「いやいや、さすがにそれは……」
斧乃木拓矢が、仲間を庇うように言いかける。
だが、その言葉は防大組の取り纏めによって、無情にも遮断された。
「ふむ。音信不通の原因はそれか……ふむ……」
倉田琴葉は、腕組みをして深く空を仰いだ。
その瞳には、有能な部下を無謀な作戦で失った指揮官の、深い哀悼の意がレンダリングされていた。
「藤っち。おまえのことは覚えてるうちだけ忘れないぜ!」
万桜は、藤枝の顔を春の青空にホログラムのように浮かべ、全盛期の速度で別れを告げた。
「生きてますからね!?」
悲壮な叫びと共に、旧休憩室の扉の隙間から、ひょっこりと顔を出したのは他でもない。
死んだはずの男、藤枝誠であった。
その顔には、長距離移動による物理的疲労と、精神的なダメージという名のデバフが、幾重にもパッチ当てされていた。
「おまえ、ノリで相手のご両親にご挨拶するとかどうなん?」
拓矢が、呆れたように鋭い言葉を投げ掛けた。
「佐伯先輩も俺も、家庭の事情でシステム的に入籍処理しただけだぜ?」
拓矢の言う通りだ。
旧姓杉野である佐伯香織の両親の再婚。
そして、旧姓福元である斧乃木莉那の両親の再婚。
この偶然の同期という名の「家庭の事情」が、二組のカップルが戸籍上のパッチを当てる決定的な理由であった。
そこに、ロマンチックな衝動や、情緒的なノイズが入り込む余地はない。
極めて合理的な、行政手続きの最適化である。
「うっさいな~。俺だって、真剣な未来のポートフォリオを提示しに行ったんですよ!」
藤枝が、口を尖らせて抗議する。
「で? 岩手の要塞は、おまえのプレゼンをどう評価したんだよ」
万桜が、冷徹なジト目で結果を要求する。
「……岩手まで行って、ハッピーセットご馳走になっただけですよ」
藤枝の口から漏れたのは、あまりにも悲惨な戦果報告であった。
「オマケ抜きですけどね」
旧休憩室の空気が、一瞬だけ絶対零度に凍りついた。
ハッピーセット。
それは、対象年齢を著しく下回る者に対する、残酷なまでの子供扱いの隠語である。
しかも、オマケすら与えられないという圧倒的な格下認定。
それは、交渉のテーブルにすら着かせてもらえなかったことを、物理的な質量を伴って証明していた。
「……おまえ、一体どんなバグったプレゼンをかましたんだよ」
万桜は、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「俺はただ、真実の愛という名の絶対的な真理を伝えただけです!」
藤枝は、両手を握りしめ、全盛期の熱量を込めて叫んだ。
「『弥生ちゃんは、俺の母になるかも知れない女性なんです』……。のどこがいけないんだろう?」
静寂。
それは、情報の処理が完全に停止した、システムダウンの瞬間のようであった。
防大組、そしてセイタンシステムズの面々の脳内に、特定のアニメーション作品の赤いお面の姿が、鮮明にレンダリングされる。
それを、よりにもよって、婚約の挨拶という極限のインターフェースで出力する狂気。
「「「「全部!」」」」
その場にいた全員の、全盛期の否定プロトコルが完全に同期した。
当事者である柏葉弥生を含め、一寸のパケットロスもなく、完璧なユニゾンが旧休憩室に響き渡る。
「ええっ!? なんでですか! 男の理想の究極系じゃないですか!」
藤枝は、自らのバグに全く気づいていない様子で、本気で驚いた顔をした。
「あのな、藤っち……。おまえのそれは、マザーボードに直接寄生しようとするウイルスの論理だわ」
万桜は、深い溜息と共に、致命的なエラーコードを指摘する。
「相手の親からすれば、娘を嫁に出すどころか、巨大な赤ん坊を養子に押し付けられるようなもんだろ」
「そういうことだ、藤枝……医学的に見ても、深刻な退行現象としか診断できません」
勇希が、冷たいメスのような視線で藤枝のメンタルモデルを切開する。
「あたしが親でも、塩撒いて追い返すわね……ハッピーセットを出してくれただけ、ご両親は慈悲深いわ」
「うぅ……弥生ちゃぁん……」
藤枝は、泣きそうな顔で弥生へとすがりつこうとする。
「近寄らないでくださいっ! この、マザコンのバグ野郎!」
弥生は、顔を真っ赤にして藤枝の物理的接近を全力で拒絶した。
その手には、どこから取り出したのか、分厚い六法全書という名の鈍器が構えられている。
「まあ、よいではないか。アホの子成分としては、最高級の純度でござる」
西郷輝人が、ござる口調で場を和ませようとするが、火に油を注ぐ結果にしかならない。
「……おまえら、本当に最高だな」
万桜は、旧休憩室に渦巻くカオスという名の高密度な情報をスキャンし、満足げに笑った。
「これでこそ、俺の最適化プロセスに欠かせない、全盛期のノイズだわ」
春の陽光が差し込む中、彼らの日常は、今日もまた予測不能なバグとパッチの応酬で、美しく書き換えられていくのであった。
『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!
いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。
実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?
地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!
もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!
皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!
引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!




