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黒き魔王のタイムゾーン・ブレイク

前書き

 パンデミックという名の「システムエラー」が世界を侵食し始めた2020年2月。

 甲斐の国大学の旧休憩室では、世界のバグを物理と幾何学でデバッグしようとする青年、万桜(マオウ)とその仲間たちが、全盛期の熱量で新たな地平をレンダリングしていた。

 「技能実習生制度」という旧時代のロジックにジト目を向け、国境という名のハードウェアを通信プロトコルでデリートしようと画策する万桜(マオウ)

 彼は、地層学の粘弾性と等周問題の論理を同期させ、人類の移動コストをゼロにする究極のデバイス「アイマカ」を提唱する。

 地球の自転を「労働力のシフト表」へと書き換え、太陽を追いかけるように知性をデプロイするその構想は、夜勤という概念すらこの世から消去しかねない。

 芋ジャージ姿で地球リフォームを吠える赤い社長・淳二(ジュンジ)や、恋人の不敵な知性を優雅にビジネスへとサルベージする舞桜(マオ)

 そして、魔王に「お義父ちゃん」のパッチを当てようと画策する泰造や、実務という名のノイズを投げつける西郷たち。

 うどんの断面制御から始まった思考の連鎖が、多層ジェルの人工筋肉「梅タイプ1」として産声を上げる。

 冬の西日が差し込む講堂から、世界が、そして「家族」の定義までもが、全盛期の速度で書き換えられていく光景を綴る。


 2020年2月下旬。山梨県、甲斐の国大学の講堂。

 冬の乾いた空気が、窓から差し込む西日に照らされていた。

 壇上では、黒木(クロキ)万桜(マオウ)と市議会議員の白井泰造が、全盛期の熱量で対峙していた。

 

「だって、ジジババも若返ってるし、要らなくねえか? 技能実習生制度」

 万桜(マオウ)は、演台に肘をつき、泰造へと冷徹なジト目を向けた。

 テーマは、新型コロナウイルスの水際対策で停滞している、外国人労働力の受け入れについてだ。

 

「うん。そうなんだけどさあ、でもね、国際協調って、オジさん大事だと思うんだよね。わかってよ万桜(マオウ)ちゃん」

 勇希の父である泰造は、困ったように眉を下げ、穏やかな口調で説得を試みる。

 だが、万桜(マオウ)の論理の刃は、公僕の情理など微塵も受け付けなかった。

 

「泰造さん。国際協調なんていう、実体のねえノイズで耳を塞ぐのはやめろよ」

 万桜(マオウ)は、手元の端末に実習生制度の「バグ」をレンダリングしていく。

「現状の制度は、労働力のデプロイじゃねえ。ただの『情報の滞留』と『責任のパッチ当て』だわ」

 

「そんなに手厳しいこと言わないでよお。彼らのおかげで、人手不足の現場が回ってるのも事実なんだから」

 泰造が、地域経済の全盛期を守る立場から反論する。

「回ってるんじゃねえ。無理やり回させてるんだよ」

 万桜(マオウ)は、鼻を鳴らして画面を泰造へと向けた。

 

「いいか。まずは『送り出し機関』と『監理団体』の中間搾取だ。これが最大の不純物だわ」

 万桜(マオウ)の指が、複雑に絡み合った金流の図を指し示す。

「実習生たちが日本に来る前に、多額の借金を背負わされる。この時点で、バイタルはエラー寸前なんだよ」

「う、うーん。確かに、手数料の不透明さは問題になってるね……」

 

「それだけじゃねえ。転籍制限という名の、移動の自由のデリートだ」

 万桜(マオウ)は、ジト目をさらに細めて、制度の本質的なエラーを突いた。

「劣悪な環境に置かれても、逃げ場がねえ。それが失踪という名のシステムダウンを招いてるんだわ」

 

「それは、雇用側との信頼関係で解決できるはずなんだけどなあ……」

 泰造の言葉に、万桜(マオウ)は追い打ちをかけるように続けた。

「信頼なんていう、再現性のねえ変数に頼ってるからバグが起きるんだよ。泰造さん」

「……ぐぬぬ。耳が痛いなあ」

 

「それに、実習生たちに『技能移転』なんてラベルを貼って、実際は単純労働の穴埋めをさせてるだろ?」

 万桜(マオウ)は、公僕たちの「建前」という名の古いOSを、物理の力で強制終了させる。

「スキルのアップデートもねえ。キャリアのデバッグもできねえ。そんな使い捨てのロジックに、全盛期の日本の未来を預けられるかよ」

 

「……わかったよ。万桜(マオウ)ちゃんの言う通り、今の制度はツギハギだらけだ」

 泰造は降参するように両手を上げ、苦笑いを浮かべた。

「じゃあ、この水際対策の空白期間に、なにをインストールすればいいって言うんだい?」

 

「アイマカだよ。愛しき摩擦の制御だわ」

 万桜(マオウ)は不敵に微笑み、人類の移動コストをゼロにする、究極の最適化案を提示した。


「まあ聞けって、勇希(ユウキ)の父ちゃん。アイマカ・テンダーアンドロイドのパイロットとしてなら、問題が全部なくなるぜ?」

 万桜(マオウ)は、演台の上で不敵に笑い、泰造の困惑を論理の濁流で押し流した。

 技能実習生という名の生身の人間を、物理的にデプロイする非合理。

 それを、通信という名のパッチで書き換える「全盛期の解決策」だ。

「技能実習生たちは出国する必要がねえ。操作はカメラの前で動くだけ。日本語を覚える必要もねえ。人工知能が翻訳も、アンドロイドの操作も捌いてくれる。文字通りの技能実習生だ。日本の給料を現地で貰えばどうなるよ?」

 万桜(マオウ)の指先が、空中に経済の循環図をレンダリングしていく。

 

「東南アジア諸国に、中間層が爆増する。治安もよくなる。家族と離れて暮らさなくて済む。食わしてやれる。そうだろう?」

 泰造は、あまりにも巨大な「略奪なき豊かさ」の構想に、言葉を失って立ち尽くした。

「こっちは受け入れ先を用意する必要もねえ。文化を受け入れる必要もねえ。頭脳だけを輸入できる」

 

「……万桜(マオウ)ちゃん。それはつまり、国境という名のハードウェアを、通信プロトコルでデリートするってことかい?」

 泰造が、震える声で問い掛ける。

「当たり前だわ。アイマカの多層ジェル構造なら、現地のパイロットの微細な指の動きを、数千キロ離れた日本の現場で、1ミリの誤差もなく再現できる」

 万桜(マオウ)は、ジト目でモニターの数値を弾いた。

「これは労働力の輸入じゃねえ。世界の『全盛期の知性』をクラウド化して、必要な場所にデプロイする兵站の最適化だわ」

 

「でも、それじゃあ現地の文化や言葉を学ぶ機会が……」

 泰造が食い下がるが、万桜(マオウ)はそれをノイズとして一蹴した。

「言葉が通じねえから、差別や搾取っていうバグが起きるんだろ? だったら、最初から物理的に接触しねえのが一番合理的だわ」

 万桜(マオウ)は、冷徹な経営者のような視線で泰造を射抜いた。

「俺たちのアイマカは、国籍も人種もノイズとして処理する。必要なのは、熟練した職人の『動き』というデータだけだわ」

 

「……頭脳だけを輸入する。そんなことが、本当に……」

「やってる連中は、もうやってるぜ? アメリカのIT企業がインドのエンジニアをリモートで使い倒してるのと、論理は同じだわ」

 万桜(マオウ)は、梅コーラを一口飲み、満足げに喉を鳴らした。

「ただ、俺たちの場合は、それを『肉体労働』という名の最後の聖域にインストールするだけだ。これで、日本のゼネコン現場は、世界中の全盛期の職人たちによって、24時間止まることなくデバッグされ続ける」

 

「泰造さん。これが俺の描く、平和的で略奪的な『全盛期の鎖国』と『全盛期の開国』のハイブリッドだわ」

 万桜(マオウ)の不敵な号令と共に、講堂の空気は、物理法則を書き換える熱量でオーバーフローしていった。


★ ◆ ★ ◆ ★


「話は聞かせてもらったで」

 重厚な講堂の扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのは、赤いゼネコン社長、茅野(チノ)淳二(ジュンジ)だ。

 相変わらずの芋ジャー姿だが、放つ威圧感だけは一級品のパッチが当てられている。

「建設だけやない。農業や介護、そういった現場がアンドロイドやったら、フル稼働が可能になるで……なあ黒木(クロキ)くん、いっちょ、地球の時差を味方につけようやないか?」

 淳二(ジュンジ)は、芋ジャーの袖を捲り上げ、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「それなー。去年アメリカ助けた時に思ったわ、それ。14時間差ってバグってるけど、裏を返せば夜勤が消滅できるってことだろ、舞桜(マオ)の兄ちゃん」

 万桜(マオウ)は、ジト目のまま、手元のデバイスで地球の自転モデルをレンダリングし始めた。

「いいか、勇希(ユウキ)の父ちゃん。地球の自転っていう物理現象を、そのまま『労働力のシフト表』に書き換えるんだわ」

 

 万桜(マオウ)の指先が、光と影の境界線をなぞる。

「日本が深夜の0時、現場が寝静まる時間帯。地球の裏側では、太陽が全盛期の輝きを放ってる。そこにいるパイロットたちが、アイマカにログインすればどうなる?」

「……まさか、日本の夜勤を、昼間のブラジルやアフリカの連中にデプロイするのかい?」

 泰造が、そのスケールの大きさに声を震わせる。

 

「せや! 太陽を追いかけるんや! 現場は24時間、常に『昼間の集中力』を持った人間に支えられることになる」

 淳二(ジュンジ)が、全盛期の熱量で追撃する。

「夜勤手当という名のコスト、睡眠不足による事故という名のシステムエラー。そんなノイズを、時差という物理現象でデリートするんや!」

 

「介護の現場もそうだわ。深夜の見守り、体力の限界……。それを、現地の昼間を生きている人間が、アンドロイド越しに全盛期のスマイルで対応する」

 万桜(マオウ)の言葉には、もはや慈悲を超えた、残酷なまでの合理性が宿っていた。

「日本人は夜に眠り、地球の裏側の人間は昼間に働く。誰もバイタルを削ることなく、システムだけがマッハの速度で回り続ける」

 

「時差はバグじゃねえ。地球が用意した、最高の『分散処理システム』だわ」

 万桜(マオウ)は、デバイスを閉じて泰造を真っ向から見据えた。

「わざわざ夜中に目を擦って働く非合理を、いつまで放置するつもりだ? 全盛期の地球リフォームには、夜明けなんて言葉は必要ねえんだよ」

 

「常に太陽が天頂にある場所から、労働力を略奪し続ける……。これが、俺たちの描く『不夜城・日本』のパッチ当てだわ」

 淳二(ジュンジ)の咆哮と、万桜(マオウ)の冷徹な論理。

 二人の全盛期の共演に、泰造はもはや、新しい時代の到来を告げる鐘の音を聞くしかなかった。


「まあアメリカンや公僕殿に一声かけりゃ、ノリノリで動くと思うぜ?」

 万桜(マオウ)は、合衆国大統領や一国の宰相を、あたかも近所のコンビニ店員でも呼び出すかのような全盛期の気軽さで口にした。

 その言葉の裏にある、世界のパワーバランスを指先一つで書き換えてきた実績という名のパッチが、講堂の空気を物理的に重くする。

 

「泰造。この子、怖いんやけど」

 淳二(ジュンジ)は、芋ジャージの襟を正しながら、万桜(マオウ)がさらりと口にした人脈のスケール感に、全盛期のドン引きを見せた。

 

万桜(マオウ)ちゃん。オジさん、気づいたんだけどさ、今日は『泰造さん』だったり、『勇希(ユウキ)の父ちゃん』だったりしてるじゃん? いいんだよ『お義父ちゃん』って呼んでくれて」

 だが、泰造は娘の未来という名の最強の利権を死守するべく、魔王の威圧感に一歩も引かずに攻勢をかけた。

 

「待やぁ! く、黒木(クロキ)くん、『お義兄ちゃん』って呼んでくれてええんやで! 泰造! 抜け駆けすんなや!」

 淳二(ジュンジ)が、妹の舞桜(マオ)を奪われまいと、真っ赤な顔で割り込む。

「抜け駆けじゃありませんよ先輩。万桜(マオウ)ちゃんと勇希(ユウキ)ちゃんは、幼馴染です! 勇希(ユウキ)ちゃんは万桜(マオウ)ちゃんのお嫁さんです!」

 

「まあ、あれだよ……その件はよ……あれだよ……桜の季節が過ぎたら話そうぜ?」

 万桜(マオウ)は、熱くなった頬を隠すように髪を掻き乱し、全盛期の速度で講堂から逃げ出した。

 物理法則や経済兵器を自在に操る魔王も、身内からの「お義父ちゃん」「お義兄ちゃん」波状攻撃という名の情緒的バグには、耐性が低すぎたのだ。

 

「まあ良いけどね。万桜(マオウ)ちゃんならカミさんふたり居ても。先輩、どう思う?」

 泰造が、去っていった万桜(マオウ)の背中を頼もしげに眺めながら、さらりと「一夫多妻パッチ」を提案した。

 

「いやまあそうやけど……ルール変えそうやね。あの子」

 淳二(ジュンジ)は、芋ジャージのポケットに手を突っ込み、ポツリと呟いた。

 

「既存の法律だの倫理だの、あの子にとっては単なる初期設定のミスみたいなもんやろ? 舞桜(マオ)勇希(ユウキ)ちゃんも、両方全盛期の幸せにしてみせる……なんて論理を叩き出されたら、誰も反論できへんわ」

 淳二(ジュンジ)の脳裏には、既存の婚姻制度すら「情報の滞留」としてデリートし、新しい愛の形式をデプロイする万桜(マオウ)の姿が容易にレンダリングされていた。

 

「……泰造。俺らの心配は、あの子が『家族』という概念にどんな恐ろしい最適化をかけるか、やな」

「ははは! それもそうだね。でも、万桜(マオウ)ちゃんなら、世界を救うついでに娘たちも最高に幸せにしてくれる。そう信じられるのが、あの魔王の凄いところだよ」

 

 二人の「お義父さん候補」が笑い合う中、逃げ出した万桜(マオウ)は、外の冷たい空気を吸い込みながら、脳内の演算を再起動させていた。

 桜の季節。

 それは、古いシステムが散り、アイマカという名の新しい「巡り」が芽吹く、全盛期の幕開けになるはずだ。

 

★ ◆ ★ ◆ ★


黒木(クロキ)(ウジ)! 探しましたぞ! 見てくだされ! 仲居さんアンドロイドの梅タイプ1アイマカ仕様ですぞ!」

 講堂の外、春を待つ冷たい風を切り裂いて、弾んだ声が響き渡った。

 そこに立っていたのは、セイタンシステムズのアンドロイド首席技師、西郷(サイゴウ)輝人(テルヒト)だ。

 かつての面影を残しつつも、見事な好青年に変貌を遂げた西郷(サイゴウ)が、一台の機体を伴って全盛期の笑顔で駆け寄ってくる。

 

「脳がバグる! フツーに話せや!」

 万桜(マオウ)は、耳に飛び込んできた時代錯誤な語尾にジト目を貼り付け、西郷(サイゴウ)の頭を万力のような力で掴み上げた。

「いや、おまえが『ござる』にしろって言ったんじゃん?」

 全盛期のアイアンクローを食らった西郷(サイゴウ)は、涙目で必死に抗弁する。

 

「……チッ、余計なパッチのことは後だ。それより、その梅タイプ1を見せろ」

 万桜(マオウ)は手を離し、西郷(サイゴウ)の背後に佇む「それ」を、スキャンするように注視した。

 

 そこにいたのは、落ち着いた紺色の着物に白の割烹着を纏った、全盛期の美しさを誇る仲居さんだった。

 肌の質感、微かに揺れる後れ毛、そして伏せられた睫毛の落とす影。

 どこからどう見ても生身の人間と遜色ない、いや、人間以上に完璧な「気配」をデプロイしている。

 

「……これが、アイマカ仕様か」

 万桜(マオウ)の指先が、梅タイプ1の頬に触れた。

 多層ジェル構造による断面制御が、体温と適度な弾力を、全盛期の再現度で出力している。

 

「はい、黒木(クロキ)(ウジ)。地層学からサルベージした粘弾性パッチにより、骨格の硬度と筋繊維の柔軟性を同期させましたぞ」

 西郷(サイゴウ)が、誇らしげに胸を張る。

「関節の駆動部は、例の等周問題を用いた螺旋捻りパッチを当ててあります。不自然なモーター音という名のノイズは、物理的に消滅させました」

 

 梅タイプ1が、静かに目を開けた。

 潤んだ瞳が万桜(マオウ)を捉え、しなやかな動作で深々と頭を下げる。

「お帰りなさいませ、黒木(クロキ)様。お食事の熱量計算、ならびに湯殿の温度最適化、すべて完了しております」

 

 その声、喉の震え、言葉の間の取り方。

 情報の滞留が一切ない、極めて合理的な「おもてなし」のインターフェース。

 それは、遠隔地にいるパイロットの神経系を、ジェルと幾何学で全盛期に翻訳した、究極の肉体だった。

 

「……地層と筋繊維。ちゃんとパケットロスせずに繋ぎやがったな、西郷(サイゴウ)

 万桜(マオウ)は、不敵に口角を上げた。

 

「これで、東南アジアの村にいる女の子が、この梅タイプ1を通じて、日本の老舗旅館で全盛期のサービスをデプロイできるわけだ。言葉の壁も、国境という名のバグも、この多層ジェルの滑らかさの中に溶けて消えるんだわ」

 

「その通りですぞ! これこそが、黒木(クロキ)(ウジ)の描いた、世界のデバッグの第一歩ですぞ!」

 西郷(サイゴウ)の全盛期の叫びが、春近いキャンパスに、新しい時代の産声を響かせた。


★ ◆ ★ ◆ ★


 カフェ・ジャカジャカの喧騒は、すでに昼食の枠組みをオーバーフローしていた。

 テーブルの上には、幾何学的な等比数列を描くように積み上げられた空の漆器が、全盛期の威容を誇っている。

「はい、どんどん。はい、じゃんじゃん」

 無心に椀子蕎麦を平らげる莉那の隣で、勇希もまた、負けじと全盛期の吸引力を発揮し、蕎麦の断面制御に挑んでいた。

 

 給仕を務める女性型の梅タイプ0は、旧式のアイマカ・テンダーアンドロイドだ。

 多層ジェルの初期パッチゆえに、最新型に比べれば粘弾性は劣るが、その無駄のない所作は、客の誰一人として彼女が精密な演算回路で動く「物理の勝利」であることを見抜かせない。

 万桜(マオウ)は、蕎麦のバルク輸送に夢中な莉那たちに声をかけるのを諦め、隣で優雅に扇子を弄ぶ舞桜(マオ)へと視線をスライドさせた。

 

「白浜オーシャンって覚えているだろ? 去年の夏、社員旅行で行ったサブリナの親戚が経営しているリゾートホテルだ」

 万桜(マオウ)が、記憶のアーカイブから特定のパッチをサルベージするように切り出した。

「ええ、覚えているわよ。万桜(マオウ)くんがアンドロイド派遣を決めて、経営方針まで決めて、そこからあとは、全部あたしと西郷くんに善きに計らえって丸投げした外部案件第一号よね? それがなに?」

 舞桜(マオ)の言葉の圧力は、深海6000メートルの水圧よりも重く、万桜(マオウ)の論理回路を物理的に圧迫した。

 

「い、いや丸投げはしてねえんだろ? たぶん……」

 万桜(マオウ)は、微かに手伝った記憶をデバッグしようと試みるが、

「そうね。設計思想をぼんやり語って、決定的な経営方針の穴を指摘するだけして、実務は丸投げすることをフォローって言うならそうかもね?」

 舞桜(マオ)のジト目は、万桜(マオウ)の不完全な記憶という名のバグを、全盛期の鋭さで穿った。

 

 万桜(マオウ)は、舞桜(マオ)が放つ深海6000メートル級の静かな圧力に、珍しくたじろいでいた。

「ぎ、技能実習生制度ってあるじゃないッスかぁ~」

 万桜(マオウ)は、自身の論理回路をフル回転させ、実務という名のノイズから逃れるための「全盛期の口実」を紡ぎ出す。

 

「いいか、舞桜(マオ)。今の制度は、労働力という名のバイタルを物理的に移動させるっていう、初期設定からミスってるバグだと思わねえか?」

 万桜(マオウ)は、手元のデバイスに地球の自転モデルを全盛期の速度でレンダリングした。

「アイマカをデプロイすれば、現地の人間は自国に居ながら、日本の現場にログインできる。移動コストも、文化的な摩擦という名のノイズも、すべて物理的にデリートできるんだわ」

 

 万桜(マオウ)の指先が、光と影の境界線をなぞり、地球の裏側を指し示す。

「それに、時差はシステムのエラーじゃねえ。最強の分散処理パッチだ。日本が深夜のとき、地球の裏側は全盛期の昼間だろ? そこにいるパイロットがアイマカを操作すれば、夜勤という概念そのものをこの世から消去できるじゃねえか」

 

 万桜(マオウ)は、自身の論理の美しさに酔いしれるように、ジト目を細めて続けた。

「太陽を追いかけるように労働力をリレーさせる。現場は24時間、常に『昼間の集中力』で最適化され続ける。これが、俺の描く全盛期の地球リフォームだわ」

 

 怯える万桜(マオウ)に、舞桜(マオ)はさらに鋭いジト目を貼り付けた。

「まあ素敵ね。万桜(マオウ)くん。でも社長はおなかイッパイです。たまには事務の実務も片してください魔王さま!」

 舞桜(マオ)は、万桜(マオウ)の壮大な構想を「素晴らしいわね」の一言でアーカイブし、目の前の書類の山という現実的なパッチを突きつける。

 

「……チッ。実務なんていう情報の滞留は、西郷にでも投げとけよ」

 万桜(マオウ)が毒づくが、舞桜(マオ)は優雅に紅茶を嗜み、その芳醇な香りでカフェの空気を支配した。

「西郷くんは今、梅タイプの最終調整でパケットロス寸前よ。さあ、万桜(マオウ)くん。全盛期のタイピング速度で、この経理データをデバッグしてくださる?」

 

 万桜(マオウ)は、地球の自転を制御する知性を持ちながら、舞桜(マオ)という名の「最強の経営OS」の前では、一人の平社員のように大人しくキーボードを叩くしかなかった。





『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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