黒き魔王の圧力バッテリー
前書き:深海のゼンマイと慈悲深き魔王
二〇二〇年、冬。
止まっていた「黒木柔道整体」の時計が動き出し、信源郷町が細胞レベルで再起動を始めたその裏で、黒木万桜の論理は、日本の、そして地球の「巡り」そのものを書き換えようとしていた。
舞台は九段下、セイタンシステムズラボ。
一国の宰相を「日本代表公僕殿」と呼び捨て、物理法則と経済兵器を盾に国家予算をハックする少年の姿は、もはや地方の学生という枠に収まるものではなかった。
南鳥島の深海六〇〇〇メートル。そこは光も届かぬ高圧の暗黒だが、万桜にとっては、窒素の相変化を回転エネルギーに変える巨大な「圧力バッテリー」の貯蔵庫に過ぎない。
「物理の勝利」は、これまで莫大なコストというエラーで放置されてきた資源を、自らリールを巻いて浮上する「深海のゼンマイ」へとアップデートする。
さらに、万桜の魔王たる所以は、食の食物連鎖をも支配下に置くことにある。
爆発銛による旧来の捕鯨を「非合理的で感情的なノイズ」と切り捨て、深海の高圧と二酸化炭素による「ガススタニング」を提唱。
夢の中で意識を刈り取られたクジラは、痛みを知らぬまま「全盛期の鮮度」を保った肉へと再定義される。
肉だけではない。歯磨き粉のように濃厚な、脂肪分五〇%を超えるクジラのミルク。
その超濃縮アミノ酸を「マスター成分」として再構築フードメイカーに登録し、植物性タンパク質を極上のコクへと染め上げる。
それは、一頭の命を数万人の糧へと増幅させる、不気味なほど道徳的な略奪のサイクル。
「これは略奪じゃねえ。クジラの『育てる力』を、人類の『生きる力』に同期させる、極めて道徳的な最適化だ」
海底に沈む有史以来の遺産から、巨獣が育む生命の精髄まで。
万桜という名の特異点が放つ「論理の光」は、停滞していた国家の歯車を、暴力的なまでの速度で回転させ始める。
2020年2月上旬。東京、九段下。
セイタンシステムズラボの窓の外には、冬の冷たい空気に包まれた皇居の緑が広がっている。
だが、室内にはその静寂を切り裂くような、物理的な圧を伴う論理の嵐が吹き荒れていた。
「今度はなんスかね……」
万桜は、日本代表公僕殿である総理大臣へと、不快指数の高いジト目を貼り付ける。
信源郷町のカフェ・ジャカジャカから遠隔操作される精巧な万桜のアンドロイドは、生身の人間以上の威圧感を放っていた。
「黒木くん。おかげで都市港湾の泥は綺麗になりました。そ、それでですね。南鳥島のレアアースの件なのですが……。引き上げに掛かるコストをですね……。その、スケールダウンさせたいと言いますか。もうちょっとお安くできないかと言いますか」
一国の宰相ともあろう者が、学生の姿をした「魔王」の前で、借りてきた猫のようにしどろもどろに依頼を申し出る。
万桜は、椅子に深く背を預け、冷徹な観察眼で総理を射抜いた。
「公僕殿。南鳥島の水深6000メートルから泥を揚げるのが、どれほどのエネルギー収支の赤字を垂れ流すか分かって言ってます? 俺が提唱したジェルUFOなら、採取自体は容易だ」
万桜の指先が、モニターに円盤状機能体を映し出した。
「内部をジェルで満たした等圧構造。これなら、600気圧の深海でも構造が崩壊しない。海底に着いたら液体窒素で外壁を凍らせて『氷の要塞』を構築し、泥を詰め込む。理屈は完璧だ。だが……」
万桜の笑みが、獲物を追い詰める肉食獣のように獰猛に歪んだ。
「水深300メートル以深では、周囲の圧力が窒素の膨張しようとする力を抑え込んでしまう。昇華による浮上ブーストは、ある程度の浅瀬まで引き揚げないと機能しねえんだよ。つまり、そこまでは自力でリールを巻くしかねえ」
怯える総理大臣の額から、大粒の脂汗が滴り落ちる。
論理の魔王と、数値を盾に平伏する公僕。その対比は、もはや外交という名の審判の法廷であった。
「瀬戸内海の清掃する権利をください。資源を込みで……」
万桜は、対価を引き出すための鋭い一撃を放った。
「瀬戸内海は、有史以来、数え切れないほどの船が沈没している。海底には、風化した船体や積載物から溶け出した金属粒子が、地層のように膨大な量で堆積しているはずだ。俺なら、それを丸ごと回収して資源化できる」
「い、いや、それはさすがにアコギですぞ黒木くん……。政府が4でどうです?」
総理大臣は、おっかなびっくりに、消え入るような声で取引を持ち掛けた。
万桜は、ラボの空気が震えるほどの勢いで舌打ちを響かせた。
「チッ! 智慧つけやがって!」
万桜は立ち上がり、入り口の扉のノブに手をかける。
「どうせ死蔵させるだけだろうが! なにもしねえで4? 舐めてんのか!? お引き取りを! 公僕殿! こちらは最大限の譲歩をしました。その返礼がこれとは」
絶望的な沈黙の中、万桜は背後の香織へと声を投げた。
「杉野。アメリカンに伝えてくれ。塩漬けしていたドルを引き上げるけど、なんかごめん! ……ってな」
九段下のラボで、実務を取り仕切る経理の天才、杉野香織が、眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせた。
「御意御意。黒木先輩……。セイタン砲、照準固定完了です」
香織の傍らには、護衛として立つ防大組の佐伯と拓矢が、軍事的な威圧感を伴って控えている。
香織の指が、世界の経済バランスを崩壊させかねない「セイタン砲」の発射スイッチに触れようとした、その時だった。
「待って! 待って! お願い待って! 言ってみただけ! やってみたかっただけ! 怒っちゃやーよ! 総理ハンセー!」
総理大臣は、体面もプライドもかなぐり捨て、万桜の足元に縋り付かんばかりの勢いで取引を撤回した。
「ウチが8、公僕殿たちには2……。これでよろしいですね、公僕殿!?」
「は、はい……。その通りでございます……」
魔王の圧倒的な支配力に呑み込まれた公僕は、もはや頷く以外のプログラムを消去されていた。
「そんで、引き上げの省力化ですか」
万桜は再び椅子に座り、香織たちを画面に招き入れた。
「いいか。深海6000メートルでの圧力そのものを『バッテリー』として使う。浮き輪状の容器に液体窒素を詰め、沈めるじゃん。等圧だから破裂もしねえ」
拓矢が、身を乗り出して画面を覗き込む。
「万桜。その閉じ込められた圧力を、どうやってリールの回転に変えるんだ?」
「深海から300メートルまで引き揚げる間に、外圧は激減する。その際、容器の中のガスが外へ向かって膨張しようとする力が爆発的に増すんだよ」
香織が、数値を弾き出しながら補足する。
「上昇すればするほど、周囲の圧力が下がり、エネルギー密度が解放される。これをベローズ式のクランクでリールの回転軸に伝えれば、自らリールを巻いて浮上する『深海のゼンマイ』が完成します」
佐伯が、実戦的な視点から頷いた。
「外部からの電力供給を最小限に抑え、環境の圧力勾配そのものを燃料にする。これは補給の概念を書き換える、極めて合理的な兵站戦略ですね」
万桜は、縮こまったままの総理大臣を一瞥し、不敵に嗤った。
「公僕殿。これが、あなたたちが夢にも見なかった『物理の勝利』だ。さっさとハンコ用意してください」
★ ◆ ★ ◆ ★
「おい万桜。総理泣いてたじゃねえか……あんまりイジメんなよ……」
拓矢が呆れ顔で万桜を嗜めると、
「ああ? わざとだよわざと……政府のヘイトは、俺に向けとけばいい。佐伯くんは来年、おまえは2年後に任官するだろ?」
毒を抜いた万桜は、椅子の背もたれに深く体重を預け、しれっと宣った。
「ああでも言わねえと、あいつら動かねえよ。政府主導で迅速だったことあったかよ? 歴史を紐解いてみろよ。ハンセン病の隔離政策の廃止にどれだけ時間をかけた? 薬害エイズの対応はどうだった? いつだって実害が出て、司法に尻を叩かれてから、ようやく重い腰を上げるのが公僕の論理だ」
万桜は、モニターのログを指先で弾いた。
「東日本大震災のあとの復興予算の流用問題もそうだ。迅速な救済を名目に予算を組んでおきながら、実際は震災と無関係な事業にジャブジャブ注ぎ込む。現場の悲鳴をノイズとして処理し、身内の利権を優先する。そんな『情報の滞留』を許していたら、南鳥島のレアアースなんて百年経っても揚がらねえよ」
万桜の言葉に、九段下のラボでモニタ越しに聞いていた佐伯が、複雑な表情で頷いた。
「……確かに。官僚機構というシステムは、前例踏襲と自己保存がプログラムの根幹にあります。魔王さまのような『外圧』という名の破壊的パッチを強制インストールしない限り、最適化は望めないかもしれませんね」
「だろ? だから俺が『悪の魔王』として、あいつらの胃に穴が空くほどのストレスを与え続ける。その恐怖という駆動エネルギーで、無理やりリールを巻かせてやるんだよ」
万桜は、自身の冷徹な合理性を肯定するように、喉の奥で低く笑った。
「瀬戸内海の回収権限も、政府に4なんて持たせてみろ。天下り先の特殊法人が山ほどできて、中間搾取のノイズで資源の純度が下がるだけだ。俺が8握って、システムの透明性をブロックチェーンで担保する。それが一番、この国にとって『健康的』な巡りになるんだよ」
「……理屈は分かるけどよ。あの泣きっ面を直接見た俺たちの身にもなってくれよな」
拓矢は、未だにラボに残る総理大臣の悲愴な余韻に溜息を吐きながら、万桜の「重すぎる正論」に苦笑いを浮かべた。
「杉野。瀬戸内海の海底スキャンデータ、江戸時代の難破船の分布予測と重ね合わせろ。金属粒子の堆積ポイントを特定して、一気に吸い上げる。公僕どもが『ハンセー』を忘れる前に、既成事実という名の杭を打ち込むぞ」
「御意御意。黒木先輩……。ターゲットの座標特定、並行して海底資源回収のスマートコントラクト、デプロイ準備に入ります。2の分配金も、自動的に国庫に送金されるよう設定しておきますね。不正の余地はゼロです」
香織のタイピング音が、静かなラボに勝利のカウントダウンのように響き渡った。
★ ◆ ★ ◆ ★
「この圧力バッテリーって、大型海棲生物の捕獲に使えねえかな? クジラとかよ?」
万桜は、モニターに投影された圧力バッテリーの構造図を指先で回しながら、不敵な提案を投げ掛けた。
「捕鯨ってあれだろ? 捕まえ方がスマートじゃねえからガタガタ言ってんだろ?」
万桜の言葉に、九段下のラボで画面を凝視していた香織が、即座に数値を弾き出した。
「黒木先輩……。現在の捕鯨は、爆発銛による物理破壊が主流です。逃走時のパニックでATPが枯渇し、乳酸が蓄積……。肉質という名の資産価値を、自らドブに捨てている非合理なシステムです」
万桜は獰猛に嗤うと、スマートな捕食者の論理を展開し始めた。
「だったらよ、この圧力バッテリーを積んだジェルUFOを『自動捕縛ネット』として機能させればいい。クジラの進路に網を展開して、優しく包み込むんだよ。そこで圧力バッテリーの出番だ」
万桜は、空間に複雑な圧力勾配のグラフを描き出した。
「網の結節点に配置したマイクロ・ユニットから、二酸化炭素を静かに噴射する。深海の高圧を利用して、特定の濃度でガスを滞留させるんだよ。バードガススタニングの深海版だ。クジラの背中に適度な圧力をかけて『不動化習性』を起動させつつ、夢を見ている間に意識を刈り取る」
「なるほど。暴れさせる隙も与えず、静脈還流を維持したまま、細胞レベルで全盛期の鮮度を固定するわけね」
信源郷町から通信を繋いでいる勇希が、医学的な最適解を補足した。
「ストレスによる身割れも内出血も皆無……。これなら、国際社会が喚いている『残酷さ』という名の感情的なノイズを、物理法則で完全にシャットアウトできるわ」
拓矢が、そのあまりに静謐な「死の設計図」に戦慄して声を上げた。
「おい万桜。それじゃあクジラは、自分が捕まったことすら気づかずに、そのまま浮上してくるってことか?」
「当たり前だ。浮上には圧力バッテリーによる膨張エネルギーを使う。水深が浅くなるにつれてガスの膨張圧がリールを回し、自力で海面まで上がってくる『深海のゼンマイ』だ。船で追い回す燃料も、引き揚げる電力も最小限で済む」
「素晴らしいわ、万桜くん。これは単なる捕鯨ではなく、海洋資源の『スマートな収穫』ね」
舞桜が、手帳に新たな利権の枠組みを書き込んでいく。
「『苦痛なき資源回収』という名の道徳的優位……。これを国連の議題に叩きつければ、反対派の論理は霧散します。おまけに、極上の熟成肉が手に入るとなれば、美食家たちの財布も全開放です」
「佐伯くん。このシステム、防衛的な観点からも応用できそうか?」
万桜が問い掛けると、佐伯は軍事的な兵站の最適化を重ねて頷いた。
「ええ。音も立てずに巨大な質量を回収するこの技術は、機密機材の回収や、水中での隠密活動に極めて有効です。敵に気づかれる前に、物理現象として事象を完結させる……。魔王さまの論理は、戦場の霧さえも晴らしてしまいますね」
「よし。瀬戸内海の清掃が終わり次第、この『魔王式・慈悲深き捕食機』を高知県近海に投入する。公僕殿には、これが『平和的な資源活用』だと世界に喧伝させておけ」
万桜は、再び総理大臣の震える泣き面を思い出し、喉の奥で不敵に嗤った。
「なに、クジラだって、地獄のような爆発銛で撃たれるより、俺の論理の中で夢を見てる方が幸せだろ?」
九段下のラボに、新しい時代の「巡り」を刻むタイピング音が、冷徹に響き渡った。
★ ◆ ★ ◆ ★
信源郷町のカフェ・ジャカジャカ。
使い込まれたカウンター越しに、万桜は湯気を立てるコーヒーの香りを横目に問い掛けた。
「俺らってクジラに馴染み薄いけど。田中さん、クジラって美味いの?」
店主の田中は、ドリッパーを置くと、少し遠い目をして苦笑いを浮かべた。
「俺より上の世代だよ……それは。でも、刺身は美味いぜ? ただしお茶飲むと、口内に獣臭が広がるけどな」
田中はカウンターに手をつくと、万桜たちに向けて「クジラ講座」を語り始めた。
「いいか魔王さま。クジラの肉ってのはな、魚じゃない、ありゃあ『獣』なんだ。赤身の刺身をショウガ醤油で食う時の、あのネットリとした鉄分の濃い旨味……ありゃあマグロの比じゃねえ。だけどよ、その脂が曲者なんだわ」
田中は口の中にその味を思い出すように、舌を少し動かした。
「クジラを食った後に熱い茶を飲むだろ? そうすると、口の中で固まりかけてたクジラの脂が一気に溶け出すんだ。その瞬間、鼻に抜ける強烈な『獣の香り』。あれを野趣と捉えるか、ノイズと捉えるかで評価が分かれるんだよな」
万桜は田中の言葉を、脳内の味覚シミュレーターに放り込み、成分解析を始めた。
「なるほどな……。飽和脂肪酸の融点と、茶の温度による乳化現象か。その『獣臭』ってのは、死ぬ時のストレスによる酸化や、血抜きの不完全さが原因の不純物じゃねえのか?」
「まあ、昔の安価な『竜田揚げ』のイメージが強い連中には、パサついて臭いっていう負の遺産があるわな。給食のクジラなんて、硬くてゴムを噛んでるみたいだったって、じいさんたちがよくボヤいてるぜ」
田中はそう言って、冷蔵庫からトマトを取り出した。
「でもよ、本当の『尾の身』なんてのは、霜降りの和牛より高価で、口の中で論理を無視して溶けてなくなる。あのアミノ酸の爆弾を知っちまうと、他が霞むのは確かだ」
「物理的に、その脂の融点をコントロールして、ストレスゼロで仕留めれば……。茶を飲んでも香りが『芳醇なアロマ』に変わるはずだ」
万桜は、再び圧力バッテリーとガススタニングによる「夢の中の収穫」へと思考を巡らせた。
「田中さん。俺がその『獣臭のノイズ』を完璧にデリートしたクジラを持ってきたら、ここでメニューに出してくれるか?」
「ハハッ! 魔王さまが持ってくるクジラか。そりゃあ、この町中の年寄りが杖を投げ捨てて行列を作るだろうな」
田中の笑い声と共に、カフェには新しい食材の、科学的な期待感が満ち溢れていった。
「おまえら、クジラのベーコンのあの独特な着色……赤色何号だか知らねえが、あれも古いシステムの産物だ。俺たちが再定義するクジラは、色も香りも、すべてが全盛期の輝きのまま固定される」
万桜は、まだ見ぬ深海の獲物を思い描き、不敵に口角を上げた。
「こいつを使えば、クジラ一頭で、どんだけの人間が腹満たせるかな?」
万桜は、モニターに再構築フードメイカーの構造図を展開し、不敵に笑う。
隣に座る勇希が、すべてを見透かしたような冷ややかな視線を送り、
「おい、おまえ、クジラの牧場とか考えてなかったか?」
万桜の脳内の設計図を、寸分の狂いもなく言い当てた。
「な、なにゆえそれを……。え、エスパーかおまえ?」
万桜は、自身の論理回路がハッキングされたかのように慄く。
勇希は、オスカルのような凛々しい動作で髪を払い、
「おまえの思考パターンは、常に『資源の最大効率化』と『生態系の強奪』に向かっているからな。大型哺乳類の圧倒的なバイオマスを、TPS理論で管理・肥育する……。魔王が思いつきそうな合理主義だ」
その時、舞桜が手帳を閉じ、冷徹な経営者の視点から言葉を挿し込んだ。
「まあ、クジラの排泄物から寄生虫が拡散し、周辺の漁場にエラーを吐き出すリスクを考えれば、一定数の捕鯨による個体数調整は必要不可欠な『メンテナンス』よね」
舞桜の言葉には、自然を慈しむ情緒ではなく、海洋という名の巨大なハードウェアを維持するための、冷徹な「領域の論理」が宿っていた。
「クジラの糞はプランクトンの栄養源になるけれど、過剰な停滞は生態系のバグを誘発するわ。万桜くんの言う『牧場』が、その排泄物さえ資源として再起動させるサイクルを持つなら、あたしが投資する価値は十分にあるわね」
万桜は、舞桜の「承認」を得たことで、再び熱を帯びた瞳で再構築フードメイカーのモニタを叩く。
「当たり前だ。クジラ一頭のマスター成分……。その濃厚な獣の脂とアミノ酸を『核』にすれば、植物性タンパク質を何倍にも増幅できる」
万桜の指先で、クジラの細胞から抽出されたエッセンスが、オーツ麦やアーモンドの構造を「染め上げる」シミュレーションが加速する。
「一頭のクジラを殺すんじゃねえ。一頭のクジラを数万人の全盛期の糧へと『再定義』するんだよ。これなら、クジラも自分が救世主になったと錯覚して、夢の中で笑いながら成分を提供してくれるぜ」
「夢の中で笑いながら、って……。おまえの慈悲は、いつだって生存本能を無視した絶望的な合理性だな」
勇希は呆れ果てて吐息をついたが、その瞳には、万桜が描く「血を流さない略奪」という名の新しい巡りへの、隠しきれない期待が滲んでいた。
「クジラって哺乳類じゃねえか。ミルクは?」
万桜は、再構築フードメイカーの成分表から「乳脂肪分」の項目を指差し、素朴な、けれど核心を突いた疑問を投げ掛けた。
舞桜は、待ってましたと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべて応える。
「もちろんあるわよ、万桜くん。それも、地上とは比較にならないほど『高効率な論理』で設計された、究極の母乳がね」
舞桜は手元のタブレットを操作し、クジラの授乳プロセスのシミュレーションを表示させた。
「いい? 海中という放熱が激しい環境で、赤ん坊を急成長させる必要があるの。だからクジラのミルクは、水っぽさが一切ない、まるで『歯磨き粉』や『コンデンスミルク』のような高濃度のペースト状なのよ」
舞桜の指が、成分比率の円グラフを拡大する。
「脂肪分はなんと50%。牛のミルクがせいぜい4%程度なのと比べれば、そのエネルギー密度の凄まじさが分かるでしょう? おまけに、海中でミルクが拡散して失われないよう、粘り気が強くて水に溶けにくい性質を持っているの」
「歯磨き粉状のミルク……。なるほど、熱交換の効率化と物理的なロスを最小限に抑えるための『等圧給餌システム』か」
万桜は、その「濃縮された資源」のスペックに瞳を輝かせた。
「その超高濃度のアミノ酸と脂質を、俺の再構築フードメイカーの『マスター成分』として登録すればどうなる? 植物性のタンパク質を、一瞬で『最高級のクリーミー・プロテイン』にアップデートできるんじゃねえか?」
「ふふ、流石ね、万桜くん。あたしも同じことを考えていたわ」
舞桜は、既にビジネスプランの次の一手を書き込んでいた。
「クジラの肉だけでなく、その『超濃縮ミルク』の成分を再現して、再構築フードに添加する。そうすれば、田中さんの言っていた『獣臭』を、豊潤な『ミルクのコク』へと変換できるはずよ。これはもはや、海の恵みを余すことなく搾取……いえ、活用する完璧な巡りだわ」
「おいおい……。肉どころか、ミルクの成分まで解析して増幅するのか?」
勇希が、魔王と令嬢の「全方位略奪」の会話に引き気味にツッコミを入れる。
「クジラの母ちゃんも、まさか自分のミルクが地上で『全盛期のチーズバーガー』の原料になるとは思わねえだろうな」
「勇希。これは略奪じゃねえ。クジラの『育てる力』を、人類の『生きる力』に同期させる、極めて道徳的な最適化だ」
万桜は、クジラのミルクという名の「高エネルギー・パッチ」をシステムに組み込み、満足げにモニターを閉じた。
『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!
いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。
実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?
地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!
もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!
皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!
引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!




