黒きアホの子たちの朝ラーメン
前書き:黄金のログオフと魔王の刻印
アメリカという巨大な国家のシステムを再起動させた先に待っていたのは、クリスタルのように透き通った空と、黄金に輝く「終焉」のレンダリングであった。
水嚢サンドイッチによって肉体を全盛期に巻き戻した人々が、思い残すことなく人生の最終章を清書し、満足してログオフしていく。
それは、万桜たちが作り出した、最も合理的で慈悲深い奇跡の形であった。
だが、その奇跡を成し遂げた天才たちの休息は、油性マジックと爆笑に彩られた、あまりに不条理で騒々しい。
夢の中で「聖なる紋章」と崇められた黄金の文字は、現実世界ではただの「不名誉な落書き」として魔王の頬を飾る。
最高学府の秀才たちが腹筋を崩壊させ、一国の予算を動かす男が鏡の前で絶叫する。
報酬は、黄金のワシントンでの看取りと、顔面に刻まれた「スケベ」の文字。
これは、アメリカを再生させた英雄たちが、早朝の屋台でラーメンの湯気の向こう側に共有した、ひと時の平和な記録である。
ちっぽけな栄光を捨て、盛大な拍手を拒んだ者たちによる、最高に贅沢でバカげたアフター・デバッグが今、幕を開ける。
2019年12月中旬未明。
甲斐の国大学に併設されたカフェ・ジャカジャカ。
その旧休憩室は、かつての戦場を彷彿とさせる静寂と、微かな寝息に満たされていた。
アメリカという巨大なシステムを再起動させた魔王対策委員会。
セイタンシステムズのメンバーは、泥のように深く、重く眠っていた。
ここ数日の平均睡眠時間3時間という極限状態が、彼らの糸をぷつりと断ち切ったのだ。
「うみゃッ!」
不意に、白井勇希は小さく悲鳴を上げた。
胸を締め付けるような圧迫感に、勇希の意識が覚醒する。
目にした現実は、最高学府の秀才が持つ論理を容易にオーバーフローさせた。
寝ぼけた黒木万桜が、勇希の胸元に顔を埋め、全力で抱きついていた。
「……なによ、この不条理な密着構造は?」
勇希は、自身の顔が急速に熱を帯びるのを自覚した。
全力で万桜を引き剥がすと、モニターの光が勇希の瞳を射抜いた。
「堕ちろッ! 蚊蜻蛉がッ!」
画面に向かって、杉野香織が某国民的ロボットアニメのラスボスさながらに吠えた。
香織は、米国ファンドという名のハゲタカどもを「カオリン砲」で次々と焼き鳥に変えていく。
夜型人間である香織のバイタルは、今まさに全盛期の輝きを放っていた。
「杉野……。善きに計らえ……」
勇希は、万桜への処罰の全権を香織に委ねた。
「へいへい。魔王様の頬に、消えないバグを上書きしちゃうよ~」
香織は、極太の油性マジックを手に取り、不敵に嗤った。
万桜の無防備な右頬に、『スケベ』という文字が刻まれていく。
だが、万桜の無意識はさらなる不条理へと加速した。
寝返りを打った万桜は、吸い寄せられるように茅野舞桜の胸元へダイブした。
「うみゃッ?」
夢心地だった舞桜からも、勇希と同じ音節の悲鳴が漏れた。
「……なにを、してるのかな……万桜くん?」
舞桜の瞳に、慈悲なき魔王の光が宿る。
「魔王に抱きつく魔王。構造的に破綻してるわね~」
香織の笑い声と共に、マジックのペン先が万桜の左頬に『変態』の文字をレンダリングした。
全盛期の日本を守るための、最も合理的で騒々しい休息は、まだ始まったばかりであった。
★ ◆ ★ ◆ ★
ワシントンの冬の空が、かつてないほど鮮明な色彩でレンダリングされていた。
「リカちゃん」サイズの銀色のアンドロイド軍団が、下水道の隅々まで毒素を洗い流した結果である。
大気中のノイズが消え去り、光の粒子が雪のように街に降り注いでいた。
「これ、夢だな……」
万桜は、彩度が高すぎる黄金のワシントンを眺め、自身の意識を冷静に分析した。
平均睡眠時間3時間の限界を超えた脳が見せている、サーバー内の共有幻想。
隣には、白衣を風になびかせた勇希と、優雅に微笑む舞桜の姿があった。
「俺はオッパイが大好きです!」
万桜は、夢であるならば何をしても許されると直感し、力強く宣言した。
刹那、両隣に並ぶ二人の「全盛期の山」へ、その両手を同時に伸ばした。
「「うるせえバカ魔王!」」
不快そうな唱和と共に、左右から鋭いプレスカウンターが万桜の頬を捉えた。
バシィィン! という物理的な打撃音が、静謐なワシントンに響き渡る。
「夢なのに、なんでこんなに痛いんだよ……。出力制御がおかしいだろ?」
万桜は両頬を押さえ、涙目で地面に蹲った。
「当然よ。セクハラに対する防御プロトコルは常に最大出力だわ」
舞桜は、扇情的なほどに美しい瞳で万桜を見下ろし、冷たく言い放った。
「万桜、バイタルが乱れてるぞ。次は医学的見地から、脊髄に直接アイシング・プラグを差し込んでやろうか?」
勇希は、白衣のポケットから見えないメスを取り出すような仕草で、無慈悲な宣告を下した。
「"Mao... Thank you. I can finally see the notes again."(万桜……ありがとう。ようやく、また音符が見えるようになったよ)」
そんな騒がしい天才たちの前に、一人の老紳士が歩み寄ってきた。
「水嚢サンドイッチ」によって視神経を再起動された、かつての伝説的な盲目のピアニストである。
「"This is my last masterpiece. Just for you guys."(これは俺の最後の傑作だ。君たちのために弾くよ)」
ピアニストは、若々しい指先を空中で踊らせ、無音の、しかし完璧な旋律を奏で始めた。
若返った肉体を得たことで、魂が「全盛期」の状態に固定され、最後の一仕事を終えようとしている。
だが、その若々しい指先からは、静かに銀色の粒子が夜空へと溶け出していた。
「……チッ。勝手にログアウトしてんじゃねえよ」
万桜は、消えゆく全盛期の背中に向かって、寂しそうにジト目を向けた。
「万桜……。医学的に言えば、これはエラーじゃないわ。最高の状態でシステムを終了させる、最も美しいログアウトよ」
勇希は、消えゆく人々の残光を、慈愛に満ちた瞳で見送った。
「"God bless the Fixer. I'm going to see my wife now."(黒幕に神の加護を。さて、妻に会いに行くとするよ)」
ピアニストの姿は、最後の一音と共に、柔らかな光となって完全に消滅した。
「いいじゃない。彼らはあたしたちが与えた『最高の全盛期』を纏って、誇り高く散っていくのよ」
舞桜は、巨万の富でも買えない「幸福な終焉」を、投資の成功として肯定した。
「てか、リアルな夢だな。舞桜の匂いも、勇希の匂いも本物じゃねえか?」
万桜は、ふたりの首筋をスンスンと嗅いだ。
「うみゃッ!……ま、万桜……にゃ、にゃにを?」
至近距離で放たれる万桜の体温と吐息に、勇希の思考回路がショートした。
「ま、ま、万桜くん?」
舞桜も、氷の女王の仮面をどこかに置き忘れたかのように、顔を真っ赤に染めている。
「ああ、雑魚寝してるからかぁ……うん。俺の愛する勇希のオッパイも、舞桜のオッパイも本物の感触だ! きっとウッカリ触ったんだなぁ」
万桜は、自身の指先に残る柔らかすぎる弾力を噛み締め、どこまでも通常運転であった。
「「オッパイを主語にするんじゃない! あと触るな! 揉むな!」」
ふたりの悲鳴が、黄金にレンダリングされた夢の中のワシントンにこだまする。
「おっと。まあせっかくの夢だ。じゃあワシントンをデートしようぜ?」
勇希たちの音速のビンタを、紙一重の見切りで躱した万桜は、不敵な笑みで散策へと誘った。
「見てなよ。俺がデバッグしたこの街は、今、世界で一番鮮明な出力なんだぜ?」
万桜が指し示した先には、真っ白に磨き上げられたリンカーン記念堂が、鏡のようなリフレクティング・プールにその巨体を映し出していた。
「"Incredible... Is this really the city I knew?"(信じられない……。これが本当に、俺の知っていた街なのか?)」
若返った大統領の護衛を務めていた元ギャングたちが、ダークスーツの襟を正し、誇らしげに観光客の案内をしている。
「ポトマック川のほとりで、熟成肉のTボーンステーキを食おうぜ。赤身の旨みを凝縮した、アメリゴ自慢のインフラ料理だ」
万桜は、どこからか取り出したテイクアウト用の巨大な肉塊を掲げた。
炭火で焼き上げられた表面の香ばしい焦げ目から、重力に従って肉汁が溢れ出している。
「なにこれ……。ワシントン・モニュメントの下で食べるホットドッグも、解像度が高すぎて暴力的な味だわ」
勇希は、極太のソーセージが弾ける音に耳を傾け、あふれるケチャップとマスタードの色彩に目を丸くした。
「スミソニアン博物館の前でパスタを茹でるのはやめておきなさいよ、万桜くん。あたしは今、この完璧なクラムチャウダーの濃厚なコクに投資したい気分なんだから」
舞桜は、優雅な手つきで、具沢山のスープを口に運んだ。
「へっ、いいじゃねえか。自由の鐘をバックに、ポテトフライをディップした超巨大バーガーを頬張る。これこそが全盛期の幸福ってヤツだろ?」
万桜は、顎が外れそうなほどの厚みを持つハンバーガーに食らいつき、黄金のワシントンの風を全身で受け止めた。
それは、地獄のような過密労働の果てに、天才たちが作り出した「最も合理的で不条理なデバッグ」のご褒美。
夢の中でしか味わえない、最高に贅沢で、最高にバカげたアメリカン・ドリームであった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「莉那、泣くなよ」
拓矢は、隣を歩く莉那の肩を抱き寄せ、その目元を乱暴に、けれど優しく拭った。
万桜たちがワシントンを再起動させた余波は、マンハッタンの空をもクリスタルのように透き通らせている。
「だって……みんな、あんなに嬉しそうに消えていくんだもん……」
莉那は、潤んだ瞳で五番街の喧騒を見つめた。
「水嚢サンドイッチ」で全盛期の輝きを取り戻した老婆が、かつての初恋相手と巡り会い、光の粒子となって溶けていく。
感受性が人一倍強い莉那にとって、その幸福すぎるログオフは、魂を削られるような切なさを伴っていた。
「ほら、上を見ろよ。エンパイア・ステート・ビルが、おまえの好きなピンク色にライトアップされてるぜ?」
拓矢は、摩天楼の頂を指差した。
「あれは、おまえが笑顔にならないと消えない魔法のビルなんだよ。……なんてな、嘘だけどよ」
アホの子なりに必死に紡いだ拓矢の言葉に、莉那の唇が僅かに綻んだ。
「いいか、これは夢だ。でも、ここにいる俺はおまえを泣かせないために存在してるんだぜ」
拓矢は、セントラルパークの入り口にある屋台から、顔の大きさほどもある巨大なプレッツェルを買い占めてきた。
「ほら、これ食え。ニューヨーク名物、岩塩マシマシのプレッツェルだ。しょっぱいもん食えば、涙も止まるだろ?」
「もぉー、拓矢、極端すぎー! これじゃ口の中の水分、全部持っていかれちゃうじゃんか!」
莉那は、頬を膨らませてプレッツェルにかじりついた。
その様子を見て、拓矢は安堵の溜息を漏らす。
「次はあっちだ。タイムズスクエアのど真ん中で、世界一美味いって噂のチキン・オーバー・ライスを食いに行こうぜ」
拓矢は、莉那の手を強く引き、ネオンが爆発したような繁華街へと走り出した。
「見て、拓矢! 自由の女神が、シャインマスカット色のドレスを着てるみたい!」
リバティ島を望む海岸沿いで、莉那が歓声を上げた。
夕闇に沈むニューヨーク湾をバックに、再起動された都市の輝きが、宝石をぶちまけたように海面を彩っている。
「莉那、おまえが笑ってるのが、俺にとっての正解なんだわ」
拓矢は、どこから持ってきたのか、一ポンドを超える極厚のニューヨーク・ステーキを紙皿に乗せて差し出した。
「これ食って、元気出せ。夢が終わるまで、俺がおまえの専属ボディガードでいてやるからよ」
「……うん。拓矢、ありがと。大好きだよ」
莉那は、涙の跡が残る顔で、最高の笑顔を拓矢に向けた。
二人の背後では、全盛期の活気を取り戻したニューヨーカーたちが、ジャズの音色と共に「人生のアンコール」を楽しんでいる。
万桜たちが仕掛けた「アメリカ再起動」の波は、マンハッタンの冷たいコンクリートさえも、愛に満ちた黄金の記憶へと塗り替えていた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「節操ねえーなー。さすが夢」
万桜は、一瞬で切り替わった壮大な景色を眺め、呆れたように吐息を漏らした。
視界を埋め尽くすのは、赤茶けた地層が幾重にも重なる、神の彫刻・グランド~キャニオン。
そこには勇希や舞桜だけでなく、意外な顔ぶれが揃っていた。
「お、サブリナに拓矢じゃねえか? サブリナ~、オッパイ触っていい?」
万桜は、合流した二人を見つけるなり、挨拶代わりに最低な欲望を口にした。
「ッ!?」
刹那、莉那と拓矢の左右同時ハイキックが、万桜の頭部を見事にプレスした。
衝撃で歪む視界の中で、さらに追撃が襲いかかる。
「ッ!?」
今度は舞桜と勇希の容赦ないローキックが、万桜の臀部へ同時に炸裂した。
万桜は声なき悲鳴を上げ、五億年の地層が眠る大地へと転がった。
「ねえ。なんで助けてくれたの?」
その様子を可笑しそうに眺めていた、一人のネイティブアメリカンの少女が万桜に問いかけた。
少女の瞳は、再起動されたばかりの空と同じくらい、どこまでも深く、澄み渡っている。
「そこの鉄面皮に……嘘ですごめんなさい! ウチの社長の社長命令が出たからだよ……。おかげで十日くれーグッスリ眠れてない。迷惑だったか?」
万桜は、砂を払いながら少女の問いに答え、どこか照れ隠しのように問い返した。
「名誉や名声は欲しい?」
少女は真っ直ぐな視線で、さらに万桜の深淵を覗き込むように尋ねた。
万桜は髪をひと掻きし、乾いた荒野の風を吸い込んで吐息をひとつ。
「ちっぽけな栄光に興味はねえし、盛大な拍手なんか要らねえよ」
万桜は、一国の予算を動かす男とは思えないほど、あっさりと全ての欲を否定した。
【堕ちろッ! 蚊蜻蛉が! 貴様も一緒に連れて行くぅッ!】
その時、天の彼方から香織のくぐもった怒号が、雷鳴のように響き渡った。
現実世界で「カオリン砲」を乱射する香織の意識が、夢の境界線を突き破ってきたのだ。
「強いて言うなら、あいつのため、かな?」
万桜は、空に向かって苦笑いを浮かべ、そう答えた。
香織というバグめいた天才を、独りぼっちで戦わせないために。
そこで、万桜の意識は急速に浮上した。
頬に残る痛覚と、どこまでも澄んだ少女の眼差しを置き去りにして。
万桜は、朝の冷たい空気の中で、ゆっくりと目を開けた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「おまえ。一晩中、それやってたんかよ?」
万桜は呆れ果てた様子で、モニターの光に照らされた香織に声を掛けた。
頬には、黄金の紋章……ならぬ『スケベ』と『変態』の文字が、漆黒の油性マジックで鮮やかに躍っている。
「うん。こんだけ資本があるとチート過ぎて超ウケる~」
香織は無邪気な笑みを浮かべ、キーボードを叩く手を止めずに答えた。
「アメリカンもファンドは丸焼きで良いって言ってたし。今、三つ目の投資銀行を焼き鳥にしてるところー」
画面の中では、カオリン砲という名の経済兵器が、強欲な資本家たちの数字を次々と灰に換えていた。
「杉野……ラーメン奢っちゃる……行くぞ……」
万桜はそう言って、椅子に掛けていたジャケットを無造作に羽織ると、旧休憩室を後にした。
己の顔面に刻まれた「不名誉なログ」には、いまだに気づいていない。
「いいな杉野……ポーカーフェイスだ。笑っちゃダメだぞ?」
勇希は、震える肩を必死に抑えながら、香織に釘を刺した。
舞桜もまた、扇子で口元を隠し、気品ある動作で爆笑を封じ込めている。
【OK。その娘の命は刈り取らない。これは、お礼だ黒木万桜】
不意に、夢の中で出会ったあの少女のような、透き通った声が脳裏に届いた。
それはサーバーの残響か、あるいは再起動された世界の意志か。
「なんか言ったか?」
万桜は不思議そうに振り返り、背後の勇希たちに尋ねた。
振り向いたその顔面には、堂々たる『変態』の文字。
勇希たちは危うく吹き出しそうになったが、腹筋を鋼のように硬くして、なんとか耐えた。
一斉に首を振って否定するその光景は、アホの子天才集団とは思えないほどに滑稽であった。
「そうかよ……。空耳か……」
万桜は首を傾げながら、再び歩き出した。
冬の朝の冷たい空気が、一晩中稼働し続けた彼らの熱を、優しくデバッグしていく。
世界を救い、大国を再起動させ、仲間のために戦い抜いた魔王の背中は。
マジックの落書きさえなければ、この上なく不敵で、頼もしいものであった。
★ ◆ ★ ◆ ★
早朝の冷気が漂う、甲斐の国大学の共同キャンパス。
不夜城のごとく灯りが消えぬこの場所に、湯気を上げる一台のラーメン屋台があった。
的屋の元締め三代目にして、リーゼントを完璧にキメた神主見習いの番長が始めた、新時代のビジネスである。
学問の探究に没頭し、睡眠を忘れた学者たちの空腹を満たす、需要と供給が熱く握手した聖域であった。
「なあ。なんか夢の中で、変な女の子に会ったんだわ」
万桜は、運ばれてきた熱々の醤油ラーメンを啜る手を止め、不意に語り出した。
その顔面には、昨夜のデバッグの痕跡である『スケベ』と『変態』の文字が、漆黒の太字で堂々と鎮座している。
「"若返ったからって、寿命が消えるわけじゃねえ"……ってよ。あいつら、全盛期の姿で満足してログアウトしていきやがった。結局、俺たちがやったのは延命じゃなくて、最後の一ページを綺麗に清書してやっただけなんだよな」
万桜は、どこまでも真面目なトーンで、生命の理について深く考察を述べる。
湯気の向こう側で遠くを見つめるその眼差しは、真理に到達した賢者のそれであった。
「……ッ」
勇希は、口に含んだラーメンのスープを吹き出さないよう、全神経を喉の筋肉に集中させた。
真剣な表情で「寿命」を語る万桜の右頬には『スケベ』。
あまりに深淵な言葉を紡ぐ万桜の左頬には『変態』。
この視覚情報の暴力に、最高学府の理性は崩壊寸前であった。
「……ッ、ふ、……んんっ!」
舞桜は、必死にハンカチで口元を押さえ、肩を小刻みに震わせている。
普段の冷静沈着なCEOの姿はどこにもなく、視線を逸らしては「笑ってはいけない」という極限のデバッグに挑んでいた。
「魔王様、マジ……ウケる……じゃなくて、深いわぁー。エモいよねー、ログオフ……ッふ、ふふっ」
犯人である香織でさえ、自分が描いた文字のインパクトに、もはやポーカーフェイスを維持できていない。
莉那と拓矢は、互いの背中を叩き合い、物理的な衝撃で笑いを散らそうと必死であった。
「……なに笑ってんだよ? 俺、そんなに変なこと言ったか?」
万桜は、顔を真っ赤にして俯く勇希たちを、不思議そうにジト目で眺めた。
首を傾げるたびに、頬の文字が朝日に照らされて鮮やかに躍る。
「……ち、ちがうの……万桜くん。あなたの言葉が……あまりに……神聖で……ッ」
舞桜が、絞り出すような声でフォローを入れる。
その光景を眺めていた番長もまた、リーゼントを震わせ、寸胴の陰で音を立てずに悶絶していた。
世界の構造を書き換え、大国を再起動させた魔王。
その「全盛期の輝き」が、まさか油性マジックの落書きによって、仲間の腹筋を崩壊させる経済兵器と化すとは。
万桜だけが気づかないまま、早朝の屋台には、苦悶と歓喜の入り混じった奇妙な静寂が広がっていた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「ちっぽけな栄光に興味はねえ」
莉那が、夢の中で聞いた万桜の言葉を、噛み締めるように反芻した。
「盛大な拍手なんか要らねえ」
拓矢が、どこか感銘を受けたような面持ちで、その言葉を繋いだ。
「ん? なんの話だよ。……なんか聞いたことある言葉だな、それ?」
万桜は、自分の放った名言であることにも気づかず、ラーメンのスープを啜りながら小首を傾げた。
「……黒幕くん。まあ、まずはこれを見て、落ち着きたまえよ」
状況を見守っていた番長が、耐えきれずに屋台の奥から手鏡を取り出し、万桜の目前に突きつけた。
「ブッ!! アハハハハハ!!」
鏡に映し出された『スケベ』と『変態』の漆黒の文字。
それと同時に、限界まで堪えていた莉那と拓矢が、防波堤が決壊したように大爆笑を巻き上げた。
「ッ……!? なんだこれ!? ……いつの間に!」
万桜の肩が、驚愕と怒りで激しく戦慄いた。
夢の中で聖なる紋章として拝まれていたものの正体が、安っぽい油性マジックの落書きであったことを悟り、顔面が急速に沸騰していく。
「状況証拠的に……犯人は……おまえだな、杉野!」
万桜は、いまだにスマホを片手にニヤついている香織を、震える指で断定した。
「え~、心外だなぁ。……そこの舞桜ちゃん社長と、白井先輩にやれって脅されました~」
香織は、悪びれる様子もなく、両隣に天才美女たちへアッサリと責任を転嫁した。
「あたしのオッパイ揉んだ代償だ…受け入れなさい…」
勇希は、冷たいジト目で断じた。
「あら、万桜くん。あたしのオッパイ揉んだ代償がそれなら安いもんでしょ?」
舞桜は、勝ち誇ったような瞳で万桜を見つめた。
「「「「ギャハハハハ!!」」」」
朝焼けに染まるキャンパスに、世界を救った英雄たちの、最も平和で騒々しい笑い声が響き渡った。
アメリカを再起動させ、莫大な富を掌握した魔王の全盛期は、仲間の悪戯によって盛大に上書きされたのであった。
『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!
いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。
実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?
地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!
もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!
皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!
引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!




