警吏隊
警吏隊の詰め所は町の中心部にある。
「おはよう、マーティン」
「ダウェイ!どうした?何かあったか?」
マーティンは俺と同い年で、今年警吏になったばかりの新人だ。
俺がこの町に通い始めたばかりのころに仲良くなり、一緒に遊んだこともあった。
だけどすぐにマーティンと遊ぶことはなくなった。彼と遊んで帰りが遅くなった俺は、養父母に折檻され、翌日あざだらけで町に来たのだ。
そりゃ、声もかけられなくなるよな。
それでもマーティンは俺が町に来る時間を見計らって市場やパン屋の近くに現れ、俺の様子を見てくれていた。
養父母の用事を忙しくこなす俺の横を黙ってついて歩くこともあった。
そんなマーティンから警吏の試験に受かったと報告を受けたのは先日のことだ。
「俺、警吏になる。悪い奴を捕まえて困ってる人を助ける警吏になるんだ。だからさ、だから……、お前もあきらめんなよ」
ブリックといい、マーティンといい、この町は本当に優しい。
「ゴルデス夫妻の罪を訴えに来た」
俺の言葉に、驚きすぎて固まるマーティン。
それはすごい覚悟だけど、なんでまた急に……。
そうつぶやくマーティンに俺も苦笑いを隠せない。
そうだよな。
昨日の今頃、俺はまだうつむいて歩き未来を見ようともしていなかったんだから。
リンと出会ってからまだ24時間も経ってないのか。不思議だ。
「ま、まあ、詳しい話を聞くよ。入れよ」
詰め所の中に入ると、すすめられた椅子に座り、膝の上にリンを置いた。
「お、ダウェイじゃないか、どうした?」
詰め所の奥からフランクさんが出てくる。
マーティンの上司で、この詰め所の責任者だ。
「ダウェイがゴルデス夫妻を訴える覚悟を決めたみたいなんです」
フランクさんに説明するマーティンがどこか誇らしげだ。
「そうか。覚悟を決めたか。まあ、家庭内暴力を証明するのは難しいかもしれんが、あの家から離れるのは俺も賛成だ」
フランクさんもあの家の異常さには気づいていたんだな。
どうして俺は今まで外の世界を見ようとしていなかったのか……。
「訴えたいのは家庭内暴力ではありません。ゴルデス夫妻の児童誘拐です」
「児童誘拐?」
首をかしげる二人に、俺は昨日の出来事を話す。
「リン、この子と昨日出会ったんです、メイダロンと家との間にある高台で。リンはこんなにちっちゃいけどフェンリルなんですよね」
「「フェンリル……?うそだろ……?」」
その言葉を聞いたリンは、むぅぅっと口を尖らし、すっと大きくなった。
「ボクはフェンリルだもん」
うん、やっぱりこの詰め所の中では大きすぎるな。
「ホントにフェンリルだ。なんでダウェイと……」
驚いている二人に、リンとの出会いと解放された記憶と魔力の話をする。
引き離された母のことも。
「封印されていた収納にこれが入ってたんですよね。これって証拠になりませんか?」
取り出したのは6歳児の着替え一式と名前の書かれた紙。
カイト・マルフォム6歳。母、ミア・マルフォム。
アルダラム国レーヴェンス領ダダン村。
「カイト?ダウェイはダウェイじゃなくてカイトって名前だったのか?」
マーティンがとても嬉しそうだ。
「カイトのほうがお前にあってる!」
フランクさんは冷静に分析していた。
「すごいな。これは確たる証拠になるぞ。しかしレーヴェンス領か。遠いな」
「どのくらいの距離なんですか?」
そう尋ねる俺に、フランクさんがこの国の地図を持ってきてくれた。
おお、初めて見たぞ、この国の地図。
「ここが俺たちのいるビルケッシュ領メイダロンだ。で、こっちがレーヴェンス領だ。ダダン村っていうのは分からんが、レーヴェンス領自体ここから馬車で十日ってとこだな」
地図の縮尺は分からないが、馬車で十日なら大体500kmくらいだろう。
「時間はかかっても構いません。調査してもらえそうですか?」
「当たり前だ!それをやらなくて何のための警吏隊だ!」
おお、フランクさん、かっこいい!
「俺、警吏になってよかった……。フランクさん、俺も手伝わせてください」
「バカやろう!何言ってるんだ。お前の親友だろ?お前が担当だ!」
フランクさんの言葉にマーティンが涙を浮かべて震えている。
「担当……、俺の初めての担当……、しかもダウェイ、じゃなかったカイトの……」
そっかぁ、マーティンと俺は親友か。そう思ってくれていたんだ。
俺は長い間、ずっとボロボロでずっと腹ペコだったけど、もしかしたらその間ですら俺は幸せだったのかもしれないな。
その時、一番聞きたくない声が聞こえた。
「ダウェイ、こんなところで油を売っていたのかい!さっさと帰るよ!」
「朝から水汲みもせず、せっかく狩ったビッグホーンディアも売りに来ず、こんなところで遊んでいるなんて、とんだ怠け者だよ」
養母の甲高い声が響き、養父母が詰め所に入ってくる。
「この恩知らずが!」
逃げる間もなく養父に顔を殴られ、俺は椅子ごと吹き飛ばされた。
いってぇ~。こんな暴力が日常だなんてやっぱこいつら狂ってるぞ。
次の瞬間、リンから養父母に向かってまぶしい光が放たれた。
「カイトをいじめるな!」
「リン!やめろ!」
俺の声に反応し、リンの光がすっと収まる。
振り返って俺を見るその目はなんだか不服そうだ。
「カイト、なんでとめるのー?このひとカイトをなぐったんだよー?」
殴り飛ばされた俺のところに来て、殴られた俺の顔をぺろぺろと舐めるリン。
こんな状況だけど癒される。
「この人たちの罪は法の下で裁かれるべきだ。俺たちが手を下しちゃいけない」
「ほうのもと?」
あ、難しかったか。
フランクさんが目で合図をし、マーティンが俺の証拠品をもって奥に消えた。
「い、犬がしゃべってる……」
「な、なんなんだ、あの光は……」
茫然とする養父母。
俺はリンの首に手をかけてゆっくりと立ち上がった。
「犬じゃない、フェンリルだ。俺の従魔で、俺の相棒だ」
子犬と言われるたびに「フェンリルだよ!」と言っていたリンの気持ちが分かったよ。これは、なんというか……、気持ちがいいな!
「はん!笑わせるんじゃないよ!魔力もないお前に従魔だって?寝言は寝て言いな!」
ああ、どうして俺はこんな陳腐な暴言に日々おびえていたのだろう。
弱い犬ほどよく吠える、その典型じゃないか。
「ねごと?カイトはおきてるよねぇ~」
うん、リン、正解!
「俺を誘拐し、記憶と魔力を封印していたのはお前たちだろう。リンがフェンリルなのも、俺に魔力があるのも事実だ。お前たちは俺の養父母なんかじゃない。単なる誘拐犯だ」
俺に言い返されたことなどない養父母は目を白黒させている。
そこにフランクさんの言葉が響いた。
「グレアムさん、いや、グレアム・ゴルデスおよびナタリア・ゴルデス、お前たちには児童誘拐の嫌疑がかかっている。たった今暴行罪も加わった。現行犯で逮捕する」
養父の目が一瞬泳ぎ、すぐに自信に満ちた顔で笑いかける。
「フランクさん、うちの息子がご迷惑をおかけしました。こいつは虚言癖があって手を焼いているのです。こいつに何を言われたか知りませんが、連れて帰ってしっかり言い聞かせますから、今日のところは返してもらえませんかね」
「聞こえなかったのか?逮捕するといったのだ」
フランクさんの厳しい口調に、さすがにひるむ養父、いやグレアム。
「まさか、警吏隊ともあろう人たちが、捨てられていた子供をここまで育てた善良な市民ではなく、虚言癖のある息子の言葉を信じるのかな?それでは善良な市民が次々と逮捕されてしまいますぞ」
「グレアム・ゴルデス。警吏隊をバカにするのか?どちらが正しく、誰が正義なのか、それを決めるのはお前ではない。留置所にて取り調べを受けてもらうぞ」
「お待ちください、フランクさん」
割って入った養母、いやナタリアは、やさしい母親の顔を作る。
「うちの人がつい息子を殴ってしまったのは愛ゆえなんです。見逃してやってくれませんかねぇ。息子は引き取った頃から暴れるわ、殴るわ、家の物は壊すわ。それでもうちの人は愛情をこめて、時には厳しくここまで育ててきたんです」
愛ねぇ、どの口が言うんだか。
いつの間にか戻ってきたマーティンがつぶやいた。それ、俺のセリフ!
「話は取調室でゆっくりと聞いてやる」
フランクさんは鉄の鎖を二本取り出すと手早くゴルデス夫妻の両手を縛り上げた。
「お待ちください!あなた方は息子の言葉に騙されているんです!私たちの育て方が悪かったばっかりに……」
必死に親の顔をしているが、あんたら、親らしいことは何一つしてないよな。
「こいつらいったん留置場に入れてくる。すぐ戻る!」
そう言うと鎖につながれたゴルデス夫妻をフランクさんが引っ張っていった。
「ダウェイ、覚えておきな!」
ナタリアの叫び声が響いて消えた。
忘れるよ。
あんたらと過ごした日々も、あんたらも、ダウェイという名前も、全部、全部。
はぁぁぁ、ため息をついて俺の前に座るマーティン。
「あれ?あいつらを留置場に連れていくのが新人の仕事なんじゃないの?」
「あいつらに変な魔法でも使われたりしたら、今の俺じゃかなわないからな。まだ任せてもらえないよ」
そうなのか。まあ、警吏になりたてほやほやだもんな。頑張れ。
「水飲むか?」
マーティンの言葉にうなずく俺。
「ありがとう。さすがに疲れたな」
俺には木のコップに、リンには木の深皿に水を入れてくれた。
小さくなってデスクの上に乗り、水を飲み始めるリン。
「んんんっっ。やまのみずのほうがおいしい~」
リンの素直な言葉にマーティンは苦笑する。
「あの山の水がうますぎなんだよ。比較されてもつらいな。それでもこの町は恵まれている方なんだぞ。飲み水には井戸水が、生活用水には川の水があるからな。飲み水も川の水を使ってる町だっていっぱいあるんだから」
時を置かずにフランクさんは戻ってきた。
「ダウェイ、いやカイト、これからどうするんだ?あの家に戻るのか?」
フランクさんの言葉に俺は首を振る。
「あの家はさすがに……。今夜からは宿に泊まろうと思っています」
「宿か。金はどうする?」
まあふつう心配するよな。事実俺は、昨日まで1ギルも持ってなかったし。
「リンが狩ってきた獲物をさっきブリックさんのところで買い取ってもらったんです。当面の宿代やメシ代は何とかなります」
そうか、それならよかった。そう言ってくれるフランクさん。
「うちに来いよって言ってやれればよかったんだけどな。弟と妹たちがいっぱいいて寝る場所もないからさ……」
マーティンは、たくさんの弟妹がいる大家族だ。
そんなマーティンをうらやましく思ったこともあったが今はもう平気だ。
俺には最強にかわいいリンがいるからな!
「ゼットンさんのところに行くのか?だったらマーティン、連れていってやれ」
フランクさんが指示を出す。
ゼットンさんというのはこの町で唯一の宿屋を経営しているおやっさんだ。
ぶっきらぼうで腕っぷしが強く、宿泊客のことは何があっても守ってくれる。
「俺一人で大丈夫ですよ。マーティンも仕事があるでしょう」
慌てて辞退する俺に、フランクさんは優しく答えた。
「詰め所内で暴力沙汰を起こさせたんだ。止められなくてすまなかったな。このくらいの詫びはさせてくれ」
「取り調べと調査が終わって刑罰が確定するまで20日くらいはかかるかもしれんな。何か分かったらゼットンさんのところに連絡する」
20日か。この世界の警察事情は知らないけど、前世日本ならスピード判決だ。
「カイトはこの町で仕事を探すつもりはあるか?それとも狩りをして生きていくのか?」
フランクさんが今後の俺の身の振り方を心配してくれる。
今朝の短い時間だけで、俺はこの町の優しさにたくさん触れた。
ずっとここにいたい気持ちが芽生え始めているのは事実だ。
だけどあの家を出る時に自由になると決めたんだ。
「ゴルデス夫妻の罪状を見届けたらこの町を出ようと考えています。冒険者になってリンと二人で狩りをしながら、いろんな街を見てみようと思います」
「そうか。この町にはつらい想い出しかないよな」
フランクさんの言葉を、俺は慌てて否定する。
「そんなことないです、この町は好きですよ!この町の人たちがいなかったら俺はとっくに壊れていたと思います。旅に出ても寂しくなってすぐに帰ってきちゃうかも」
俺の弱気発言にマーティンも笑った。
「おお!帰ってこい、帰ってこい!お前の親友がここで待ってるぞ!」
マーティンが俺の頭をガシガシとさすった。ありがとう。
「よし!じゃあゼットンさんのとこへ行こう!」
マーティンが立ち上がると、机の上に伏してうとうとしていたリンがぴくっと起き上がった。「いく?」
小さなリンを抱きかかえて俺も立ちあがる。
「お世話になりました!」