メイダロンの町
メイダロン。それがこの町の名前だ。
2時間かけて歩いてくると、ちょうど町が動き始めた時間だった。
俺はまず市場にやってきた。
市場には買い取り窓口がある。
農家や狩人が持ち込む野菜や乳製品、卵、そして肉などを買い取る場所だ。
俺はいつも養父が狩った獲物を荷車で引き、昼ごろに売りに来ていた。
今日は朝の8時に現れた俺に、買い取り窓口のブリックが驚いている。
20代後半の兄さんで、毎日あいさつ程度の言葉を交わすだけだがいつも俺のことを気にかけてくれていた。
「ダウェイ、今日はやけに早いな。あれ?手ぶらか?」
「今日はリトルボアがたくさんあるんですけど、買い取ってもらえますか?」
「リトルボアならいくらでも引き取るぞ。たくさん仕入れられた日は肉屋がソーセージやベーコンにするからな」
その言葉を聞き、リンの目がパチッと開いた。ようやくお目覚めか。
「ソーセージって?」
突然人間の言葉をしゃべった子犬に、ブリックも周りの人も固まっている。
「ソーセージっていうのは、昨日食べたホットドッグに挟まってたプリプリのやつだよ、リン」
「ふわぁぁぁ!ボアがあのホットドッグになるんだぁ!」
「ダウェイ、ちょっと待て」
ブリックがこめかみを抑えている。
「なんで子犬がしゃべってるんだ……?」
俺の腕の中でぷくーっとほほを膨らまし、リンはブリックを見上げた。
「ボクはいぬじゃないし~。それに、カイトはダウェイじゃないし~」
納得のいかない顔をした次の瞬間、リンは大きな姿になった。
周りのみんなが息をのむのが分かる。
「う、そ、だろ?まさか、フェンリル……?」
あ。フェンリルって分かるものなんだな。俺は分かんなかったけどなー。
「うん、ボクはフェンリルだよ。リンっていうの。カイトがなまえをつけてくれたんだー。それとね、カイトはカイトだよ。ダウェイじゃないよ」
「カイト……?」
「すみません、その話は後でしますので、先に買い取りをお願いしたいです。俺、ゴルデス夫妻の家を出て、一文無しな上に、ナイフ一丁すら持っていないんで。それにリンに朝メシを食べさせてやりたいんです」
まずは多少なりとも金を手に入れておきたい。
自由になってすがすがしいとはいえ、さすがに持ち物も金もなにもないからな!
「ついにあの家を出たか、思い切ったな。でもいいと思うぞ、応援する。俺でできることがあったら言えよ!金はねぇけどな!」
そう言ってブリックは笑った。
「じゃあボアをここに持ってこい!」
指示されたテーブルに、俺は収納からリトルボアを取り出す。
一頭、二頭、三頭、四頭、五頭……。
「ちょ、ちょっと待て!それ、収納魔法か?お前、魔法が使えたのか。それも収納?どんだけ入ってるんだ?」
ブリック、さっきっから驚きっぱなしだな。
「とりあえずリトルボアは20頭ほど入ってますよ。収納にはたくさん入るみたいですけど、容量ははっきりとは分かんないんです。時間経過なしみたいなんで、買い取れない分は収納に入れておきますよ」
マジかよ……。リトルボア20頭以上、時間経過なし……。
ブリックが固まっている。
おーい、ブリック!戻っておいで~。
我に返ったブリックは、まず自分の職務を全うすることにしたらしい。
俺が持ってきたリトルボアを確認し始めた。
「どれも急所一撃だな。きれいだし、新鮮だ。時間も経ってない。すごいな。これだけきれいでもここだと1頭100ギルなんだ。いいか?」
記憶にある限り、自分の自由になる金は1ギルだって持ったことがない。
100ギル、十分だ。
「じゃあお願いします」そう言って、俺は残りのボアも出す。
全部で20頭。昨日解体した一頭に加えてもう一頭、収納に残した。
夕べの焼き肉のおいしさが頭から離れず、ついつい一頭キープ。
ブリックは俺の出したボアを丁寧に確認すると、100ギル銀貨(1万円)20枚、あわせて2000ギルを差し出した。
「金貨じゃ不便だろ。全部銀貨にしておいた」
「えーっと、できれば銅貨も混ぜてもらえると嬉しいんですけど」
めんどくさい奴だなー、とぶつぶつ言いながらもブリックは200ギル分を10ギル銅貨(千円)20枚にしてくれた。やさしい。
銀貨18枚と銅貨20枚を受け取った俺。
両手に収まる量だが、重く感じる。
俺とリンのこれからの生活を後押ししてくれる、幸せな重さだ。
初めての収入を得て感慨にふけってしまった俺をブリックは優しい表情で見つめ、焦らずに待ってくれた。
その金を大切に収納にしまうと、ようやくブリックが切り出す。
「そんじゃ、本題だ。カイトってなんだ?どうしてお前はこんなすごい収納魔法があるのに、あんな奴らの言いなりになってみじめな生活を送らなきゃいけなかったんだ?」
言葉は乱暴だがいつも優しいブリック。
そのブリックの瞳が怒りで揺らいでいる。
「あんな奴ら」「みじめな生活」。
それらの言葉で、俺はブリックにどれだけ心配してもらっていたか理解した。
まあ、実際、これ以上はないほどみじめだったし。
「リンが、ああ、このフェンリルなんですけど、リンが俺の記憶と魔力を解放してくれたんです」
その言葉を聞きリンが得意げに胸をそらす。「ボクがかいほうしたの!」
「うん、リンはすごい。すごいよ。分かってるからちょっとちっちゃくなろうか。市場でお仕事する人たちが窮屈そうだよ」
朝のあわただしい市場の中で、フェンリルの大きな体が邪魔をしている。
「はーい!」
かわいい返事をして、小さくなったリンが胸に飛び込んできた。
目の前のブリックは相変わらず目が点になっているが、大きくなったり小さくなったり、人の言葉をしゃべったりするリンに少しずつ慣れてきているようだ。
「俺の本当の名前はカイト・マルフォムっていうんです。6歳の時にゴルデス夫妻にさらわれて、記憶と魔力を封印され、ダウェイという名前で育てられました。いや、育ててもらった記憶はないですね、あいつらには」
俺の話に、ブリックが放つ怒りのオーラが一段と増した。
「あいつら、ろくでもないって思ってたけどガチな犯罪者だったか」
「で、どうする?ダウェイ、じゃなかったカイトか。カイトの記憶だけじゃ、証拠としては弱いよな。だからと言ってあいつらをこのまま野放しにするのはなぁ」
証拠ならあるんです、だから朝メシを食べたら警吏隊詰め所へ行こうと思ってます。そう言うと「一緒に行ってやろうか?」と心配してくれるブリック。
ああ、この町はこんなにも優しさにあふれていた。
「大丈夫です。一人じゃないんで。リンがいますから」
「そうか!」そう言って俺の肩をたたくブリック。
「でも何かあればいつでも言えよ」
ありがとうございます!お礼を言って立ち去ろうとした時、一つ思い出した。
「すみません、これって買い取ってもらえますか?」
収納からシルバースネークを出してみる。
再び固まるブリック。おーい!!
「お前、これ……、めったに狩れないやつだぞ。ほとんど姿を見せない」
そうなんですね~。リンが一瞬で見つけましたけどね~。
「で、買い取ってもらえるんですか?」
「すまないがここでは無理だな。シルバースネークの皮は最高級品で、加工が難しいんだ。ここにはこの皮を加工できる職人がいないんだよ。いい素材なんだけどなぁ。軽くて薄くて寒さもしのぎ、雨もはじく。マントに最適だ。王都の騎士団などはいくら金を払ってでも買うぞ」
そうなのか。最高級品なのにここでは買い取ってもらえないのか。
「こんな高級品、普段なら俺が無理してでも領都コリンバースまで持っていくとこだけどな。お前の収納が時間停止なら、とりあえず収納にしまっておけ。コリンバースや王都なら1万ギル超えるぞ」
1万ギル……って100万円?すごい!
「カイト、まだぁ?おなかすいた。ホットドッグたべようよ~」
俺とブリックの会話にしびれを切らしたリンが不満を漏らした。
「ごめん、ごめん。よし!金も入ったし朝メシにしよう!」
と、ブリックが俺たちを見た。
「ホットドッグってジョージさんとこか?」
「はいそうです!金が手に入ったら真っ先に買おうって決めてたんです」
ジョージさんというのはいつも俺がお世話になっているパン屋の主人だ。昨日、俺にホットドッグをくれたのもジョージさんとその奥さんだった。
「あー、いつもお前は昼ごろ来てるからなぁ」
頭をかくブリックに俺が尋ねた。
「えっと、なにか問題?」
「ジョージさんのとこ、朝は朝食用のパンしか売ってないぞ。ホットドッグを売るのは昼ごろからだ」
その言葉を聞き、リンが絶望的な目をした。
「ホットドッグ、たべられない……?」
昼には食べられるから、そう慰める俺にブリックも助け舟を出す。
「ま、まあ、朝食だったらホットドッグよりこの先の屋台で出してるスープがいいぞ。豆がたっぷりだから腹にたまるし、ベーコンも入っててうまい」
それでもなお、悲しそうな表情をしているリン。
スープか。俺としては野菜も食べさせたかったからちょうどいい。
まあ俺もこれまでは栄養バランスなんてほど遠い生活だったけどな。
「じゃあ朝メシ食べに行ってきます」「いってきまーす」
市場を出ようとした俺とリンに、ブリックが声をかけた。
「ダウェ……、じゃなくてカイト。お前、そのすごい収納魔法も、リンだっけ?言葉をしゃべるフェンリルも隠さないつもりか?」
ブリックが言いたいこともわかる。この能力はどちらも目立つし狙われやすい。ブリックは俺たちを心配してくれているのだ。だけど……。
「リンに「しゃべっちゃダメ」とか「ここで大きくなっちゃダメ」とか言いたくないんですよ。俺も隠れてこっそり収納から出し入れするのはなんか違うなって。俺たちが持っているたった一つの財産が「自由」なんで」
たった今2000ギルも手に入れた男が何言ってやがるんだ。そうブリックは笑って、俺の背中をたたいた。「がんばれ」
市場を出るとすぐ先に、お目当ての屋台があった。
木製の大きなボールと小さなボールが前においてあり、大3ギル、小2ギルと書かれていた。
「リン、おっきいのとちっちゃいの、どっちにする?」
「おっきいのー!」
俺の腕にいる子犬が答える様子に、屋台のおじさんが目を白黒させている。
「大二つください」そう言って俺は銅貨を差し出した。
「そのおチビちゃんが大を食べるのかい?小でも食べきらないと思うよ」
プロ根性なのかリンが人の言葉をしゃべったことにはツッコまず、量の心配をしてくれるおじさん。肝が据わってるな。
「そういえばリンって、ちっちゃな体の時でもたくさん食べれるの?」
「たべるー。おっきくてもちっちゃくても、ボクはいっぱいたべるよ~」
謎だな、やっぱり。
まあそもそも質量の法則を無視した存在なのだから悩むだけムダか。
「だそうなので、やっぱり大二つおねがいします」
「はいよ」そう言って寸胴鍋から大きなボールにスープを注いでくれる。
具だくさんでずっしりと重い。
屋台の隣に簡易な木の椅子とテーブルがいくつか置かれていた。
俺は椅子に座り、リンはテーブルの上にちょこんと座って食べ始める。
自分の頭より大きなボールに顔を突っ込んでいるリンは……、かわいい。
俺も食うぞ!
ベーコンの油が溶け出したスープにたっぷりの豆と野菜。
やべぇ、うますぎる。
12年間ロクなものを食べてこなかった俺にはどんなものでもごちそうだが、大鍋にたくさんの具を入れて煮込んだスープはまた格別だ。
「リン、うまいな」
「うん!おいしいね。カイトとあってからずっとおいしいよ」
そうか。ずっとおいしいか。まあ、夕べはリンが狩った肉だったし、今もリンの狩りで得た金で食べているんだけどな。
俺もリンもぺろりと完食し、食器を返すと屋台のおじさんが驚いた。
「おお!このおチビちゃん、なかなかやるな!」
「チビじゃないよ、もぉぉ」
ほほを膨らませたリンを慌てて止める。
「分かってる。リンがチビじゃないのは分かってるから。なんか言われるたびにすぐにおっきくなるのやめような。みんなびっくりしちゃうからさ」
いちいち大きくなってたら先に進めないからな。
「むー」
納得のいかない顔で俺の腕の中に潜り込むリン。
「ごちそうさまでした!また来ます」
「おお!また来いよ」
「行ってきます!」「いってきまーす」




