カツトへ北上する途中、ネフワア村で一休み
「やっと着いたね」
「ああ、疲れた……」
マサと疲れた顔を見合わせる。
ここまでずっと、濡れた体で、泥濘む地面の上に重たい担架を引きずってきた。
村の丘へ上がる曲がりくねる小さな谷間の斜面の坂道を、苦労して登り詰めて村にようやく入れたぼくたちはもう、担架を握る手が何度も滑り、足は棒のようで、くたくただった。
「頑張れ、あともう少しだ」
トヨが鼻の付け根に皺を寄せ、苦しさを堪えている顔で、皆へ声を掛ける。
ぼくたちは小鬼と遣り合ったので、清めてもらう必要があり、まず神殿へ行かねばならないのだ。
見上げればすぐそこに神殿の木造の軒先が見えるが、ここまで登って来て、またもう一度小道を登り詰めるのが、結構キツい。
それでも足を止めず、重い担架を引きずって、或は普段より重い背負い籠を背負って、ネフワアの丘で最も小高い『諏訪壇』の小嶺へ、全員でとぼとぼと歩みを続ける。
何度も小さく曲がる坂道をやっと上がりきれば、太い木組みで広い間口を構え、冷たく濡れた周囲の樹々や地面の中に、蔭多い姿で低く蹲るような木造神殿が、目の前に建っていた。
「中へ入る?」
「担架は外へ置いておこうよ」
「でも、荷物ごとお祓いを受けた方がいいよね?」
担架で敷居を跨ぐのが心苦しく、持ち上げるのは体力的にも辛く、お堂の外から堂内で掃除しているご老人に声を掛けて、用事を伝えると、暫くして中から神官様が出てきた。
男性の神官だった。
先づその場でお祓いをしてもらい、それからお布施のついでに200スタッグ払って一割引きの割引札を購入した。
トモコが管理する共用金にはそんな残額は無かったので、森戸の仮拠点を出る時に旅の為に一人約50スタッグ程度持って来た中から、この為に一人当たり40スタッグずつ拠出した。
今回の依頼の旅に森戸を出て北上してから、既に各人の巾着の中身は銀貨が20枚増えてるので、今の各人の巾着の中身は大体銀貨30枚程度。
そこから更に醵出して、小治癒薬を一本、いざという時の為に購入した。
一本100スタッグのところ、一割引きで銀貨90枚で済む。
その為に拠出額は一人当たり銀貨18枚。
各人の残高は大凡銀貨12枚まで減った。
今回の小鬼の件は新たな小鬼退治や討伐に繋がる事なので、詳しい報告をしないといけない。
官舎で小鬼出現情報を報告すると、
「鑿と槌を持っていた、喋るような声を発していた小鬼が居て、街道脇の穴から出て来ていたのですね?」
「はい、そうです」
メモを取る黒髭の職員に鋭い目つきで確認され、トモコが頷く。
「悪天候で屍骸は放置、と……よく報告してくれました。有難うございます」
それが済むと、職員がテキパキと動き出す。
ぼくたちも、やっと宿屋へ。
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「よォ爺さん、達者で良かった」
「あんたがたもはァ、元気そうで何よりだのぉ」
「こんにちは。いつも通り、とりあえず一晩泊まります。それと、この大荷物なんですが、また皮を売って、肉を燻製にしてほしいんですが」
「これはまた沢山だねえ」
まずは宿泊手続き。
それと同時に、大蜥蜴二匹の処理をお願いした。
広い谷底の低湿地を挟んでネフワアの丘と反対側に立つ丘の上からここまで遥々運び、滑りやすい足元と、行き交う村人で普段より混み合うのに神経を使いつつ、苦労して坂道を持ち上げてきたものだ。
処理には日にちがかかるので宿へ預けて、預かり賃は肉で受け取って貰うことに取り決め、壺も先に幾つか貰った。
更にその場で脱いだマサの鎧兜やトヨの兜やエコの革胴着、それにブーツ類を整備に出し、その他お手製の革マントや一部の装帯など、革製の小物類なども適宜掃除や整備をしてもらうことにする。
なにしろ雨で濡らしたものだから、一々全部自分たちでやると部屋の中で場所をとりすぎ、とても寛げない。
宿のサービスに出すものをまとめて出すと、借りた一階の部屋に入る。
布包み状態の犬肉を、部屋の暖炉を利用して燻し直し、宿からもらった壺へ仕舞い込む作業に取り掛かる。
それと並行して、交代で洗濯・水浴や骨鎧の手入れ。
トモエコのように後方に居て直接闘ってなくても、旅の足元は泥ハネで汚れている。
水場へ持って行って、濡らして軽く絞った手拭できちんと拭き取っておく。
意外と尻まで泥が跳んでたりする。
敵と直接戦ったトヨやぼくは、骨鎧の外装の硬革と緩衝材を剥がして、骨片の状態を確認する。
外装の硬革に大蜥蜴の爪でつけられた傷痕以外には、多少の骨片の欠けはあっても問題となるほどの破損・消耗はないが、下地の軟革の手入れがある。
部屋の入口脇の架台を利用して、手入れ用に予め開けてある穴に紐を通して架台へ掛けて結び、きちんとした形を保つように展張する。
硬革の傷は、切り裂かれていたらパッチを当てなければならないが、そこまで酷くなってないので放置。
それ以外にも、ヘッドギアやお手製の装帯、その他蔓籠などの付属品類も、軽い手入れだけはしておかなければならないが、結構時間を食うので、夕食までに終わらない。
仲居さんに呼ばれていそいそと出かけ、そこそこ美味しい夕食に舌鼓を打ち、腹いっぱいになって、暫く手入れの続きや、細々とした日々の手仕事をしてから、寝台で身体を伸ばして眠りに就いた。