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第十三話 救世主 Ⅳ

「槍女!!」

「っ!?」


 一瞬反応が遅れたせいで、背後からの敵兵の攻撃を許した。

 隙を突いた敵兵の刃が、槍使いの少女に襲いかかる。その瞬間、剣使いの青年が神速の突きを放ち、少女に襲いかかった敵兵を剣で刺し殺す。


「ボケっとしてんじゃねぇ!!死にてぇのか馬鹿野郎!」

「くっ・・・・・」


 チャルコ国国境線付近、対エステラン戦。

 侵攻を開始したエステラン軍に対し、戦いを挑んでいる戦士たち。ヴァスティナ帝国軍とチャルコ騎士団が合同で、エステランの戦力に突撃している。

 この合同軍を指揮しているのは、帝国参謀長の両腕であるレイナとクリスである。レイナとクリス、そして精鋭部隊を率いるヘルベルトたちは、エステラン軍を徐々に押し返している。帝国軍最強の二人と、ヘルベルト率いる精鋭たちに加え、鍛えられた帝国軍兵士と、今は帝国軍所属の旧オーデル王国の兵士たちが、チャルコ騎士たちと共に、エステランとの戦いを有利に進めていた。


「おいおい、戦場のど真ん中で考え事か?」

「脳筋のくせに悩みやがって。戦う気がねぇなら失せやがれ!」


 普段のレイナならば、あのような隙は絶対に見せない。エステランの兵士たちと戦いながら、彼女はずっと悩み続けている。普段のように、戦いに集中が出来ていないのだ。

 悩みの原因は、帝国を出立したあの日の出来事である。リックとメシアの事を知った彼女は、自分でもわからない想いに心を悩ませている。

 そして後悔していた。「どうして私は、二人に付いて行かなかったのか」と。


「ちっ。おいロリコン親父!鉄血部隊の連中はさぼってねぇだろうな?」

「ふざけたあだ名付けんじゃねぇ!レイナに苛立って俺に当たるな糞剣士!」


 舌打ちして、全く苛立ちを隠さないクリス。

 レイナが悩んでいる事は、何となくだが理解していた。彼もまた、言葉に出来ないもやもやした気持ちを抱いている。だがここは戦場で、レイナもクリスも指揮官としてここにいる。

 自分たちが集中しなければ、味方に余計な被害を出してしまう。唯でさえ、二人は軍団の先頭で戦い、その力を示して味方を鼓舞しているのだから、目の前の敵に集中しなければ、確実に死ぬ。

 その事をよく理解しているクリス。それはレイナも同じだ。しかし彼女は、それがわかっていても尚、後悔の念に苦悩せずにはいられない。

 レイナが何を悩んでいるのか、クリスが何を苛立っているのか、それがわからない鉄血部隊隊長のヘルベルトは、溜息一つをついて言葉を続ける。


「お前らに何があったか知らねぇけどなぁ、これだけははっきり言っとくぞ。俺たちが負けたら、隊長と女王は死ぬぜ」

「「っ!!」」

「俺は隊長に付いてくって決めてんだ。それと、女王には恩を返してぇ。てめぇらが俺の足を引っ張るって言うんなら、邪魔だからどっか行きやがれ」


 ヘルベルトの言う事は尤もで、レイナもクリスも何も言い返せない。

 この合同軍の敗北は、エステラン国に南ローミリアの侵攻を許す事になる。そうなれば、帰るべき帝国に戦火が広がり、最悪の場合、女王ユリーシアも参謀長リックも死ぬ。

 二人にとっては最悪の結末。帝国は小国であり、戦争に敗北すれば即滅亡してしまう。よって、一度の敗北も許されない。

 

「エステランの奴らはもうじき追っ払える。これが終わったら隊長のとこ向かわねぇとな。ロベルトの奴もいるから大丈夫だろうが、なにせ相手はジエーデルの連中だ」

「わかってんだよ畜生!てめぇに言われるまでもねぇ、さっさと片付けるぞ槍女!!」

「・・・・・うるさい」

「はあ!?お前まだ--------」

「うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!それ以上何も言うなっ!!!」


 泣き叫ぶように、彼女は感情を爆発させた。

 味方の軍団が突撃を敢行し、敵軍団を蹴散らしていく。レイナとクリス、そしてヘルベルトたちの活躍によって、敵前線を突き崩す事が出来たおかげだ。

 帝国軍の兵士たちが突撃する中、レイナは溜め込んだ胸の内を曝け出す。


「言われずともわかる!でも私は、お前たちのように強くない。私だって、前を向いていきたいんだっ!」


 彼女のこんな姿は初めて見る。周りの目など気にせず、叫び続ける。

 リックはレイナにとって生きる意味そのものだ。だから彼女は、そんな彼に全てを委ねていた。

 自分と同じだと思ったのだ。彼は自分と同じで、生きる意味を欲していた。生きる意味を求める彼と、共に歩んでいけるなら、自分は見えなくなってしまった己の道を、もう一度見つける事が出来ると、そう信じていた。

 リックは多くの者に支えられている。彼女もまた、その一人だ。

 レイナはリリカのように、彼を傍で支え続ける存在になりたかった。自分と同じであるからこそ、自分を認めてくれる彼を守りたいと思ったのだ。でも、彼は同じではなかった。

 リックとレイナは違う。何故なら彼は、道が見えなくなれば、新たな道を自分で見つける事が出来るからだ。そんな彼の傍には、メシアの姿がある。

 いつかの寝室での寝言。出立前の二人の姿。

 彼の傍に自分は必要ない。それを理解した時の孤独。これは彼女にしかわからない、どうしようもない苦しみである。


「教えてくれ!私はどうしたらいいんだ!?リック様にこれからも付き従い、傍で御守りしていきたい。でも私のような人間は、傍にいてはいけないんだ!!」


 クリスもヘルベルトも、彼女の言葉を静かに聞き終える。

 レイナはそれ以上何も叫ぶ事はなく、己の得物である十文字槍を、強く握りしめた。

 自分のような弱い心の人間が、リックの傍にいてはいけない。言わば自分は寄生虫の様なもので、誰かにすがる事でしか生きられない。自分をそう思った、レイナの脳裏にリックの姿が映る。


(こんな私を見たら、リック様は何て言うのだろう・・・・・)

 

 どう言うのかはわかっている。きっと彼は今のレイナを見ても、笑って優しい言葉をかけてくれる。彼はそういう男だ。

 そんな彼のためにも、彼女は今、やらなければならない事がある。


「泣き叫んで満足したかよ」

「泣いてなどいない・・・・・」


 口を開いたのはクリスだ。

 自分が今何をすべきか。それを思い出した彼女に、彼は一言だけ文句をつける。


「馬鹿が」

「黙れ」

 

 彼にはレイナの心がわかる。だから彼は、もう何も詮索せず、これ以上文句も言わない。

 普段の調子を一時的に取り戻し、クリスといつもの口喧嘩を始める。

 二人はお互いをよく知っている。そして一刻も早く、リックたちを助けに行きたいという思いも同じだ。だからこそ、二人はそれぞれの得物を構え、味方の突撃の後に続いていった。


「やれやれだぜ。何だかんだで仲がいいよな、あいつら」


 実力は頼もしい、若き二人の戦士。

 ヘルベルトはその背中を見て、喧嘩するほど仲が良いという言葉を思い出す。

 そして、共に戦場を駆けた戦友の姿が、彼の脳裏に映し出される。


(そういや、ロベルトの奴とも何回か喧嘩したな。あいつら上手くやってるのか)


 彼も、そしてここで戦っている者たちも、まだ何も知らない。

 ロベルトの部隊が全滅し、ヴァスティナ騎士団が絶望的状況に陥っている状況を・・・・・・。






 ヴァスティナ騎士団は侵攻を再開したジエーデル軍に、再度の攻撃を敢行した。

 騎士団を率いているメシアとリックは、百人の兵力を率いて敵軍正面に展開し、派手に暴れて見せた。敵軍が長槍と弓で襲いかかっても、二人が率いている騎士団は恐れず、ジエーデル兵を突き崩していったのである。

 メシアとリックが槍兵を突破して、騎士たちへの道を作り、乱戦に持ち込み敵を混乱させる。そして騎士団の残りの戦力は、二つに分かれて両翼から敵軍に接近し、騎兵は一撃離脱の攻撃をかけ、弓兵は矢を射かけた。三方向から敵に攻撃をかけ、敵軍に被害を与えて緒戦の屈辱を晴らし、一時的に侵攻を停止させたのである。

 三千人の敵に対して、負傷者を出して戦力を低下させた騎士団三百人が挑む。兵力差に恐れる事なく、帝国を守るために、決死の覚悟で戦う騎士たち。

 圧倒的戦力差に、勝利を信じていたジエーデルの兵士たちは、死に物狂いで戦う騎士団に恐怖した。その恐怖が全軍に蔓延し、兵士たちはいつもの力を発揮できなくなった。

 慎重である敵軍の指揮官は、戦力を再編成するために後退を指示し、軍団を後方へと下げた。焦らず確実に、約束された勝利を求めているためだ。

 敵軍は後退支援のために、大量の矢と魔法兵部隊の攻撃を放った。侵攻の切り札の一つとして、従軍していた少数の魔法兵部隊は、雷属性の魔法を操る者たちで編成され、遠距離から雷撃を放つ。

 追撃をかけようとした騎士団だったが、敵の後退支援攻撃が激しく、追撃を断念。騎士団も決死の攻撃をかけたために、戦傷者も少なくない状況であり、メシアもリックも後退を決意し、騎士団に命令を飛ばした。負傷者を見捨てず、二人は後退を指示しながら、負傷した仲間を助けて後退した。

 これが、ジエーデル軍との二度目の戦いの結果である。


「はあ、はあ、はあ・・・・・」

 

 ジエーデル軍の侵攻を、一時的にだが停止させる事は出来た。

 だが、その代償は大きなものとなってしまったのである。

 

「具合はどうだ?」

「何とか大丈夫です・・・・・・。適当に解毒剤飲みましたけど・・・・・、効いてるみたいです」


 陣地に戻った帝国騎士団。ここは指揮官用の天幕だ。

 天幕の中には仮設式のベッドが組み立てられ、その上にはリックが横になっている。呼吸が荒く、身体には包帯が巻かれ、痛々しく苦しそうな姿だ。

 そんな彼を看病しているのは、表情を曇らせているメシアだった。


「まさか毒矢が飛んでくるなんて・・・・・・。猛毒塗ってあったら今頃死んでました・・・・・」


 そう、リックは戦場で毒矢に射抜かれた。

 帝国の猛者を倒すために、ジエーデルの一部の弓兵は、命令を受けて矢じりに毒を塗っていた。猛毒は扱いに慎重を期すため、受けた相手を高熱と痺れで行動不能にしてしまう、とある魔物の毒を矢じりに塗り込み、メシアとリック目掛け放ったのである。

 掠っただけでも、毒は全身にまわる強力なものだ。並の人間ならば、数十分で動けなくなってしまう。

 騎士団後退時、負傷した騎士を助けていた二人。重傷だった者を助けようとしたメシアは、放たれた大量の矢に一瞬反応が遅れ、矢の雨に降られそうになった。

 その時リックは、メシアを助けるために駆け出し、彼女を押し倒して自分の身体を盾にした。リックは彼女の盾となって、背中に四本の矢を受けてしまう。その内の二本が毒矢であり、矢傷と毒で、彼も負傷してしまったのである。

 負傷したリックを連れて、如何にか陣地に帰還した騎士団だったが、勝利の代償は大きかった。騎士団は多数の負傷者を抱え、戦死者も含めると、戦力は半分にまで低下していた。これ以上の戦闘継続は、現状では不可能である。

 さらに、指揮官の一人であるリックが負傷し、彼の戦闘参加が不可能となった現状では、最早戦う力が残されていないも同義だった。

 

「・・・・・・」

「そんな顔しないでください。あなたを守っての負傷なら、俺にとっては勲章ですよ・・・・・・」

 

 本来、指揮官が戦場の最前線で戦うなど、愚の骨頂と言えるだろう。指揮官を失えば、軍団は命令系統を失い瓦解する。指揮官は後方で指揮を執る事が、最もリスクの少ないやり方だ。

 そうとわかっていても、メシアとリックの戦闘力は、前線になくてはならないものだった。メシアもリックも、リスクを覚悟の上で、前線に出て戦ったのである。

 頭では仕方のない事だとわかっていても、彼女は後悔の念が消えない。愛する男が、自分を庇って傷ついた。彼女が初めて味わっている、大切な者が傷ついてしまう痛み。痛みは彼女に訴え、後悔という感情を彼女に与えた。


「私は、また守れないのか・・・・・・」


 愛していた、もうこの世にいない弟の姿。

 誓ったのだ。今度こそ、愛する者を守り抜いて見せると。だが彼は、自分を守って傷つき苦しんでいる。


「毒は大した事ないです・・・・、少し休めばまた戦えます・・・・・」


 騎士団は毒矢による攻撃も想定し、いくつもの種類の解毒剤を用意していた。

 リックは次の戦いに備えるために、用意されていた解毒剤を全て試し、急いで体調を戻そうとした。試した解毒剤の一つが効いたのか、毒の症状は少し和らいでいる。しかし、とても戦闘ができる状態ではない。

 高熱と身体の痺れ、荒い呼吸に矢傷の痛み。戦闘での疲労も重なって、彼はもう戦場に立つ事は許されない。


「リック・・・・・」

「心配しないでください・・・・、俺は・・・・あなたを絶対に守る・・・・・・」

「やめてくれ・・・・・」

「早く・・・あいつらを片付けて・・・・帝国に帰りましょう。俺たちの帰りを・・・・陛下が待っていますから・・・・・・」


 ベッドから起き上がり、彼は自分の拳銃を手に取る。

 カラミティルナ戦を想定し、温存しているリックの切り札。彼はこんな体になっても尚、ユリーシアとメシアのために、戦う事をやめない。


(お願いだ・・・・・・もうやめてくれ)


 どんなに絶望的でも、どんなに傷ついても、どんなにその手を血で汚そうとも、大切な者を守るために戦う。それが帝国軍参謀長、リクトビア・フローレンスと言う男だ。

 メシアもよく知っている。リックはそう言う男だと。

 自分を犠牲にし続ける。そんな彼の姿が、もう見てはいられない。

 帝国騎士団はこの戦いに負ける。援軍は間に合わない。ジエーデルと次に戦えば、それで終わりだ。そうだとわかっていても、メシアもリックも、騎士団の戦士たちも、命を捨てて戦う事だろう。

 それぞれの大切なものを守るために、ここで一分一秒でも長く敵を食い止める。この陣地にいる者たちは、全員覚悟を決めていた。


「私は・・・・、私の大切な者を守る・・・・・!」


 彼女は決心する。

 目の前にいる、生涯愛し続けると誓った男を、自分の命の全てを懸けて守ると。


「リック。お前は帝国に帰還しろ」

「メシア団長・・・、何を言って・・・・?」


 それは、彼との別れの言葉。


「私は、お前のために命を捧げる」


 言葉を失ったリック。凛として、決心した想いを言葉にしたメシア。

 彼女は言った。彼のために死ぬと。


「ばっ、馬鹿な事言わないでください・・・・!命を捧げるなんて、冗談じゃない!!」

 

 己の身体に鞭を打ち、高熱に苦しみながらも、断固としてリックは反対した。当然だ。彼の守りたい存在が、自分のために命を絶とうとしているのだから。

 

「メシア団長が死ぬって言うなら、俺が代わりに死んでやります!俺はあなたに生きていて欲しいんだ・・・・・・、だから、やめてくれ・・・・っ!」


 傍にいて欲しい。だがそれ以上に、生きていて欲しい。


「お願いだ・・・・・。俺のために死ぬな、メシア!!」


 毒の抜けない身体で無理をして、必死に懇願する。考え直させようと、ただ必死に。

 無理をし過ぎて、熱のせいで倒れそうになる。そんな彼の身体を、彼女は優しく抱きとめる。

 

「その言葉、嬉しいぞ」

「メシア・・・・・お願いだから・・・・・」


 抱きしめた彼の唇に、己の唇を重ねて塞ぐ。

 彼女からの口づけは、別れの想いが込められていた。甘く、そして切ない。愛し合う者同士の別れ。


「リック。お前は、死ぬ事を許されない」

「メシア・・・・・」

「こことは別の、違う世界から来たお前ならば、きっと陛下を救えるはずだ」

「!?」


 それは、リックとユリーシアしか知らない真実。

 長門総一郎と言う男が、あの少女にしか語らず、ずっと隠してきた真実。この真実を、彼女は知らないはずだった。


「アビスである私は耳が良い。あの壁は厚く作られているが、中の声は私には聞こえていた」

「・・・・・確かに俺は、違う世界から迷い込みました。でも俺は、ユリーシアを救える特別な力なんて持ってない・・・・・!」

「だから、彼女とあの約束をしたのだろう」

「・・・・・・全部知っていたんですね。ユリーシアと交わした約束も、何もかもを」


 メシアは全てを知った上で、女王ユリーシアに仕え、長門総一郎と言う男を愛した。

 この先に待ち受けるであろう、幾多の険しき道。それは、愛するこの男を苦しめ続ける、辛い道となる。

 だから傍にいたかった。苦しい時も、辛い時も、支え続けていたかった。

 でも、愛する彼を救うためには、共に生きるのを諦める以外道がない。


「私の代わりに、彼女を守って欲しい。これはもう、お前にしかできない事だ」

「わかってる・・・・・!でも嫌なんだ!メシアのいない世界なんて、堪えられない・・・・っ!!」


 ユリーシアの事を、どんな犠牲を払ってでも守り抜く。

 たとえその犠牲が、自分の愛する女性であったとしても・・・・・・。

 頭ではわかっている。彼自身がそう決めた事だ。今までもそうして、何人もの犠牲を払ってきた。メシアだけを、特別扱いしてはならない。

 特別扱いせず、女王を守るのを優先する。そんな事、リックにはできない。


「行かないでくれ・・・・、行ったら絶対に生きて帰って来れない・・・・・。俺は・・・・・メシアを死なせない・・・・っ!!」


 愛する者の温もりに抱かれ、彼女を行かすまいと、両腕を彼女の身体にまわして、強く抱きしめる。

 離す事は出来ない。ここで彼女を離してしまえば、永遠に再会する事は叶わないのだから。


「家族になる約束は、守れそうにない。本当にすまない・・・・」

「・・・・・・っ!!」


 抱きしめたリックの首筋に、彼女は一本の細い針を突き刺した。

 針の先端には薬が塗られている。不意に首筋へと針を刺されたリックは、急激に意識を失い始める。

 薄れゆく意識の中で、彼は愛する彼女の微笑む顔を見た。


「愛している、リック」

「メシ・・ア・・・・俺・・・・は・・・・・」


 愛する者に抱かれ、彼は眠りについた。

 メシアは彼を離さない。彼の体を、その体温を、心臓の鼓動を、お互いに重ねた唇を、出会った時から変わらないその顔を、己の目と体に刻み付けていく。

 

「次に目が覚めた時、私はこの世にいないだろう・・・・・・」


 細い針の正体は、発明家であるシャランドラが作り上げた麻酔針。

 もしもリックが、再び戦場で危険を顧みず仲間の命を救おうとした時に、彼を無理やりにでも止めるために、シャランドラから貰い受けていたものだ。

 即効性の高い強力な麻酔。これで暫くは目を覚まさない。

 そして、目を覚ました時、彼はきっと深い悲しみに暮れる事だろう。


「やはり駄目だな、私は。どんな選択をしても、お前を苦しめてしまう」


 それでも、この男だけは守りたい。

 

「陛下を頼むぞ。そして、私の事は忘れるんだ」


 人生最後の決意。人生最後の願い。

 守りたい、大切な愛する者たちのために、彼女は命の全てを懸ける道を選んだ。

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