第十三話 救世主 Ⅴ
彼女は見た。夢の中で、とある一人の少女の姿を。
しかしこれは、ただの夢ではないと、すぐに彼女は気付く。帝国女王である自分に、突然開花してしまった力。未来を見通す力が、夢の中で彼女に未来を見せている。
この夢は未来の情景。夢の中に映る少女は、自分と歳が同じに見える、黒髪の少女だ。少女はメイド服に身を包んでいる。だが少女は、その衣装を脱ぎ捨て、新たな衣装を身に纏おうとしている。
(そうだったんですね・・・・・・。こんなにも近くに、貴女は・・・・・)
これが未来。この未来が叶えば、帝国は大きく変わる。
その未来に、女王である自分はいるのだろかと、彼女は思う。そして、大切な者たちの姿も、そこにはあるのだろうかと・・・・・・。
少しの不安。それでもこの未来は、彼女の望みを叶えた。
(私の力・・・・・。最後に、私が一番確かめたい事を見せてくれましたね)
今日まで生きてきて、初めて彼女は、この力に心から感謝した。
これでもう、何も思い残す事はない。
(少し・・・・疲れてしまいました・・・・・。もう少し休んだら・・・・・政務の続きを・・・・)
未来の光景は見えなくなる。彼女の夢は終わり、静寂と闇が訪れた。
彼女の意識は、闇の中へと静かに消えていく。
今、帝国騎士団最後の決戦が始まろうとしている。
二度の戦闘を生き残り、未だ闘志を失わない戦える者たちを集めた、国と女王を守護する盾。負傷している者もいるが、全員の目には決意が宿り、眼前に見える侵略者の大軍を睨みつけている。
彼らは皆、死ぬつもりでここにいる。自分たちを率いる、帝国最強の軍神と共に、最後の戦いに臨むのだ。
「帝国の騎士たちよ、よくぞ私に命を預けてくれた!これより我らは、死地に赴く!」
ヴァスティナ帝国騎士団団長メシアは、声を張り上げる。
二百人の帝国騎士たちを率いて、ジエーデル軍三千に挑もうとしているのだ。到底、勝てる戦いではない。それでも彼らは、それぞれの守るべきもののために戦う。
そして、死地に赴くメシアたち騎士団は、ある男に後を託した。帝国の未来と、忠誠を誓った女王の事を。
自分たちがここで散り、帝国の未来を託した男を救えるのなら、もう何も心残りはない。
「眼前に見える侵略者の大軍を恐れるな!我らは帝国女王の盾であり、ローミリア最強の騎士団だ。よって、我らに敗北はあり得ない!!」
彼女に率いられ、彼らは必ず命を落とす。彼女たちに勝利はなく、敗北しか道はない。
それでもメシアは、騎士たちを鼓舞し続ける。それが騎士団長としての、彼女の最後の責任だ。
騎士団の戦士たちは、最強の軍神の言葉を胸に刻み、各々の得物を構える。剣が、槍が、弓が、騎士たちの覚悟と闘志を帯びて、切っ先が輝く。メシアもまた、自身の愛馬に跨って、己の武器である剣と盾を構えた。
彼女と同じように、馬に跨る騎士もいる。騎士も武器も馬も、全ての力を結集して、最後の戦場に挑むのだ。
「我ら、ヴァスティナ帝国騎士団!!全軍、突撃せよっ!!!」
「「「「「「うおおおおおおおおーーーーーっ」」」」」」
騎士団長メシアの号令と共に、戦場を駆ける帝国騎士団。大気を震わす雄叫びを上げ、絶望的な戦力差を恐れず、正面から突撃をかけた。
突撃する騎士団の先頭は、長い銀髪と褐色の肌が印象的な、帝国最強の軍神。疾走する愛馬に跨り、団長自らが先陣を切る。
彼女にだけ絶対服従する、軍神に相応しい大型馬。他の騎士たちの馬を超えた大きさと、威圧感を与える黒い毛並みに、尋常ではない肉付きと、その身体つきから発揮された、力強く地を駆けていく他の追随を許さぬ速さ。
この馬に名前はない。だが彼女は、この最強の大型馬に、絶対の信頼を寄せている。強く、そして頼もしい、どんな命令であろうと聞き届ける愛馬。この戦いで愛馬に与えた命令は、ただ一つ。「私と共に、最後まで戦え」だった。
「ジエーデルの戦士たちよ!我が騎士団を恐れぬのならば、かかって来るがいい!!」
愛馬は猛然と突き進む。眼前のジエーデル軍三千の兵力など、全く恐れてはいない。
この馬もまた、覚悟を決めていた。自分の認めた主人の望むままに、最後まで付き従うつもりなのだ。
「うおおおおおおっ!!」
メシアを乗せた愛馬は疾走し、武器を構えたジエーデル軍へ突撃した。
雄叫びを上げるメシアと、敵兵を蹴散らして進む愛馬。彼女を恐れぬジエーデルの兵士たちが、突撃を止めるべく前に出るが、メシアと愛馬はそれらを全て蹴散らしながら、敵軍団の中を突き進む。
目指すのは、ジエーデル軍指揮官の命。指揮系統の頂点を排除し、戦局を有利に進めるつもりなのだ。
それに気付いたジエーデル兵たちは、自らの命を捨てて、突撃を阻止すべく戦う。両軍ともに、互いの全てを懸けて戦っているのである。
ジエーデル兵たちも本気だ。ここにいる兵士たちは、祖国の繁栄を信じ、独裁者である総統に忠誠を誓う、退く事を知らない戦士たちだ。
総統の命令を受けた彼らは、自分たちを総統の剣だと信じ、南ローミリア侵攻のために、最強の軍神に挑む。倒れても倒れても、仲間の屍を乗り越えて、軍神を討ち取るために戦う戦士たち。どんな形であれ、ジエーデル兵の覚悟を感じ取ったメシアは、己の血が滾るのを感じる。
(敵も命を懸けるか。ならば、我が武を持ってそれに応えよう!)
右手に握った剣を振り下ろし、敵兵を一刀のもとに両断する。
次々と押し寄せる敵兵を、メシアは華麗な剣捌きで斬り伏せ、愛馬は敵兵を、力と速さを活かした突進で押し退ける。それでも、ジエーデル兵の波は終わらない。
彼女たちに続き、帝国騎士団の戦士たちは、軍神の突撃によってできた突破口になだれ込み、乱戦に突入している。怒号、雄叫び、悲鳴、様々な声が上がり、戦場は熾烈を極めていく。剣で首を切り裂き、槍で心臓を突き、弓で頭を射抜く。騎士たちは、今日まで鍛えた己の力の、その全てを出し切っていた。
そして、ジエーデル兵も騎士団に負ける事はない。彼らの指揮官は総統の命を受けた、絶対の忠誠を誓う男である。総統の力を信じ、ジエーデル国こそが大陸を統一する覇者だと、信じて疑わない。
冷静で慎重な指揮を執っていたが、帝国騎士団が最後の戦いを挑むとわかり、人海戦術を持って殲滅するために、正面から受けて立った。姑息な作戦など使わず、挑んできた相手を正面から叩き潰し、ジエーデル国の力を大陸全土に知らしめるつもりなのだ。
故にこの指揮官は、敗北を許さない。逃げる者は処刑すると、戦う前に宣言している。彼らジエーデル軍は、自ら背水の陣を敷いたのである。だからこそ、彼らは強い。
帝国騎士団は命を懸けて戦い、死ぬ気でいる。そんな彼らに、ジエーデルの戦士たちも、死ぬ気の騎士たちを恐れず向かっていく。
命懸けでぶつかり合い、死力を尽くして戦う両軍の戦士たち。どちらがより強い戦士であるか、この場で決着を付けようとするかの如く、激しい乱戦だ。敵も味方も入交、斬りつけ斬りつけられ、両軍ともに屍を築きながら、それでも戦う事をやめはしない。
騎士団は未来への希望のために。ジエーデルは総統への忠誠心と、祖国繁栄のために。
お互いに、退く事のできない戦争なのだ。
「はあっ!!」
目の前に現れた敵兵の首を跳ね、返す斬撃で別の敵兵を斬り伏せる。
愛馬から飛び降り、流れるように剣を振り、一撃のもとに敵兵を討ち取っていく。押し寄せる敵兵の波に逆らい、容易く討ち取っていく様は、まさに軍神。
彼女の愛馬も、その体格を活かして戦う。後ろ足で兵士を蹴り飛ばし、別の敵兵を突進で跳ね飛ばす。武装した騎士ですら、軽く殺してしまうメシアの愛馬は、彼女の背後を守りながら戦っている。
ジエーデルの兵士たちでは、メシアとその愛馬を討ち取る事が出来ない。軍神の力は先の決戦のおかげで、ジエーデル兵の間にも広まっている。まさかここまで、一騎当千の猛者だと思っていなかったが、それでも彼らは立ち向かう。
そんなジエーデル兵を、既に四十人以上斬り伏せ、息一つ乱さないメシア。今までにない覇気を身に纏い、目指すは指揮官がいるであろう、敵軍団の中心部だ。
指揮官さえ討ち取れば、ジエーデル軍の侵攻は停まる。たとえ騎士団が全滅したとしても、帝国は滅亡の危機を回避する事が出来る。
「突き崩せっ!帝国騎士団よ、私に続けええええええっ!!」
騎士団は敵兵の波にのまれ、一人、また一人と命を落とす。しかし、騎士たちはメシアの背中に続く。
仲間の屍を乗り越え、ただ真っ直ぐに、命を預けた軍神の背中に続いていく。数十人の騎士が命を落としたが、彼らは決して振り返る事はない。
「我らの死は無駄にはならない!後を託した者たちのために、その命を存分に燃やせ!!」
騎士団は二百人で敵軍に挑んだ。戦いに出ていない残りの騎士たちは今、帝国へと退却している。
退却しているのは、負傷した騎士や若い騎士たちだ。戦えない者と、未来ある者には、メシアが絶対の命令を下した。「帝国軍参謀長を連れて、帝国へと帰還しろ」、それが命令だった。
負傷した者も若き騎士たちも、当然その命令に反発した。自分たちも、帝国のために命を捨てると、そう言って命令を聞かなかったのだ。それでもメシアは、帝国の未来のために彼らを退却させた。
メシアたちがいなくなった後、帝国女王を守る盾。彼らには、自分たちの代わりにそうなって欲しいと、頭を下げてまで頼んだのである。さらに彼女は、自分が麻酔で眠らせたリックを、彼らに預けた。
救国の英雄。帝国軍参謀長。帝国の未来を守る救世主。リクトビア・フローレンスという存在は、ヴァスティナ帝国にとってなくてはならない存在だ。ここで彼を死なせるわけにはいかない。
女王を守るため。帝国参謀長を守るため。残った騎士たちは、死地に赴く仲間の背中を、涙を流して見送り、眠りにつかされたリックを運び、帝国へと退却している。仲間たちと共に、最後まで戦う事のできない口惜しさと、今生の別れとなった悲しさ。退却している騎士たちは、張り裂けそうなその想いを必死に堪え、帝国を目指しているのだ。
「うおおおっ!!ヴァスティナ帝国万歳っ!!」
「帝国の騎士たちを皆殺しにしろ!」
「総統万歳!!突撃だっ!!」
「怯むな!騎士団長に続けえええええっ!!」
「帝国騎士の誇りを見せろ!!はああああああっ!!」
騎士と兵士の喧騒が混ざり合い、大気を震わせ戦場の熱を上げていく。敵味方入り乱れる乱戦の中では、地獄の様な戦闘が続く。
ジエーデル軍は本来ならば、敵味方入り乱れる乱戦状態であっても、敵を殲滅するために魔法兵部隊で攻撃をかける。しかしジエーデルの指揮官は総統から預かった、貴重な魔法兵部隊と精鋭のカラミティルナ隊を温存していた。
カラミティルナ隊の一人を瞬殺した、騎士団長メシアの力はジエーデル軍も恐れている。ここでメシア相手に部隊を使い、相打ちに出来たとしても、万が一全滅させてしまえば、総統の怒りを買う事になるかもしれない。
兵士の代わりはいくらでもいるが、魔法兵部隊はそうもいかない。だからこそ、なるべく人海戦術で討ち取ろうとしているのだ。
そういったジエーデル軍の都合など、当然騎士団は知る由もない。魔法兵部隊の攻撃がないおかげで、帝国騎士団は強力な攻撃に晒されずに済んでいる。そのおかげで、騎士団の突撃は停まる事を知らない。
(これでいい・・・・。私はリックを、必ず守り抜いて見せるぞ)
右手の剣は兵士を真っ二つにし、左手の盾は槍兵の突きを防ぐ。
銀髪の髪が舞い、剣捌きが容易く命を奪っていく。斬り、殴り、蹴り、投げ、さらに斬る。休む事なく戦い続け、仲間を大声で鼓舞し続ける。彼女の愛馬も戦う。自分が唯一認めた主人のために、彼女の背中を守っている。
(すまなかった、我が愛馬よ。行くぞ、私と共に突き進もうっ!!)
その思いが通じたのか、はっきりと聞こえる大声で鳴いた愛馬。愛馬が、「背中は自分に預けろ」と、そう言っているように彼女は感じた。頼もしい相棒だ。
「命ある者は私に続けっ!さあジエーデルの戦士たちよ、我らを恐れぬ者は、命を捨ててかかって来るがいい!!」
彼女が鍛え抜いた最強の騎士たちは、自らの命が尽きるまで前へと進む。
騎士団の進軍に息を呑むジエーデル兵の目には、死を覚悟した帝国騎士団から放たれる、圧倒的な死力が、彼らを包み込んでいる様に見えた。




