第十二話 家族 Ⅶ
それから三日が過ぎた。
「陛下、御命令通り俺も行ってきます」
「頼みます。本当ならば、貴方に頼むべき事ではないのですが・・・・・・」
「気にしないで下さい。彼女の力になれるなら、俺は何だってやりたいので」
女王の寝室。
今日も女王ユリーシアは、身体の具合が良くはない。療養のため、ベッドの上で横になっている。
リックは今日、帝国を出立する。そのため、見舞いと挨拶を兼ねて彼女の寝室を訪れたのである。
寝室に訪れた時、彼女は専属の医者から渡された薬を飲んでいた。その医者は、彼女の父親の専属医師でもあった。腕も良いため、帝国では信頼されている。彼女が飲んでいた薬は、弱っていく彼女のための、力をつける薬であるという。
確実に弱っていくユリーシア。そんな彼女の傍を離れなければならない。離れる事が不安で仕方ないリックは、寝室で女王の看病をしている、メイド長のウルスラに視線を移す。
「参謀長、陛下の護衛ならお任せください。我々が全力で護衛致します」
メイド長の言葉と共に、寝室にいる他のメイドたちが、その眼に決意を宿す。どんな敵が帝国に現れようとも、命を捨てて女王を守護すると、改めて心に誓う。
ユリーシアが倒れたあの日、彼女たちは何もできなかった。彼女を救う事が出来ず、為す術を持たない。メイド長ウルスラを含め、彼女たちは無力であった。
あの時の己の無力さを、彼女たちは生涯忘れないだろう。故に今度こそ、女王ユリーシアを守り通して見せる。
その決意が、瞳の奥で真っ赤に燃えていた。
「お願いします、メイド長」
「はい」
力あるはっきりとした返事。彼女が纏う、突き刺さる様な緊張感がリックにも伝わる。
「リック様。どうか、御無事で」
「必ず、またここに戻って来ます。メシア団長と共に」
もう時間だ。行かなければならない。
リックはユリーシアの傍を離れる。かけがえのない、大切な少女の傍を・・・・・・。
「待って下さい」
「陛下?」
寝室を出ようとした直前、少女は彼を呼び止める。
彼女は一瞬悲し気な表情を見せるが、すぐに微笑みを浮かべ、口を開いた。
「貴方が帰還なさったら、先日の家族の話をしようと思っています」
「!」
「私と貴方、そしてメシアを交えて」
背筋がぞくりとする感覚。
何の事ですかと恍けようかとも思ったが、彼女は全て知っている様なので、リックは観念する。
「聞いたんですね?」
「彼女から聞きました。でも私は怒っていません。寧ろ、嬉しいんですから」
微笑むユリーシア。
リックの全てを包んでくれる、優しい光。儚い少女は、未来の大切な家族を送り出す。
「待っています。貴方の帰りを、この場所で」
「行ってきます、陛下」
状況は動いた。
チャルコ国境線に展開した、エステラン国軍約三千の兵力。その兵力が動きを見せた。
ロベルトの偵察部隊が動こうとした直前、新たな情報がチャルコ国より齎された。三千の兵力はチャルコ国境線を越え、侵攻を開始したのである。
これに対し、すぐさま迎撃のための戦力を向かわせ、エステラン軍を撃破しようと帝国も動く。現地では、こうなる事を想定して、予め向かわせておいた帝国軍の部隊と、チャルコ騎士団が合同で、防衛線を展開するべくチャルコから出撃した。
その増援として、準備が整っていたレイナとクリスの両部隊が、直ちに出撃する事が決まった。
ただ、問題はこれだけではなかった。エステラン軍と戦争状態のジエーデル軍も、突然動きを見せたのである。
へスカル国国境線に、再び集結中のジエーデルの軍団。規模も目的も不明だが、国境線を越えるぎりぎりの所で、軍団が展開していると、へスカル国から情報が入った。
リックもエミリオも予想していなかった、突然のこの動き。これに対して帝国は、帝国騎士団を動かす事を決定する。
国と女王を守るための騎士団が、国と女王から離れて動かなければならない程、今の帝国には戦力が足りない。各地に戦力が散ってしまっているため、人手が全く足りていないのだ。
友好国には救援として、帝国騎士団を派遣すると決まり、騎士団長メシア率いる騎士団は、今日出撃する。
既に先行してロベルトの偵察部隊が、エステラン軍ではなくジエーデル軍に対して、予定していた偵察を行なう事になり、装備を整えて出撃した。鹵獲したジエーデル軍の装備を使い、集結中のジエーデル軍に紛れ込むのが狙いだ。
帝国には、リリカとエミリオとシャランドラが残り、女王はメイド長旗下のメイドたちが護衛する。
エステラン軍を迎撃するのは、レイナとクリス、ヘルベルトが指揮する帝国軍部隊。
万が一に備え、ジエーデル軍迎撃のために向かうのは、メシア旗下の帝国騎士団。
そしてリックは、女王ユリーシアの命を受け、メシアと行動を共にする
準備は整っている。
私の隣にいるこの男と、またも行動を共にしなければならないのが不満だが、命令であるから仕方がない。こんな男などいなくとも、私一人いれば十分だというのに。
「ああん、なにガンつけてんだ?ぶっ飛ばすぞ」
「黙れ。いい加減にその口の悪さを直せ」
この私、レイナ・ミカズキはこれから出撃する。この男、クリスティアーノ・レッドフォードと共にだ。
こんな口の悪い破廉恥剣士と、またも共に戦わなければならない。参謀長命令でなければ断固拒否する。
私の主、参謀長であるリック様は、私たちと同じく今日出撃する。帝国最強のメシア団長と共に。
(どうして女王陛下はあんな命令を・・・・・・)
陛下はリック様に、メシアと共に救援に行くよう命令を下した。
帝国軍参謀長に帝国騎士団と行動を共にせよと。一体どうしてそんな命令を下したのか、それは誰にもわからない。
ただ私は、不安でならない。
メシア団長が一緒だとしても、今回私はリック様と行動を共にしない。もしあの方の身に何かあれば、私が御守りする事が出来ないのだ。不安にもなる。
「おっ、来たかリック」
リック様の姿を見つけた。メシア団長と共に、こちらに向かって来ている。
破廉恥剣士が一早く二人に気が付いた。少し悔しい。
これから私たちは出撃する前に、互いに挨拶を済ませるのである。
「じゃあ二人とも、チャルコの方は頼んだぞ」
「チャルコもくそったれのエステランも、つくづく俺たちに縁があるよな」
「まったくだ。二人なら大丈夫だと思うけど、無茶しないでくれよ」
「わかりました。このレイナ・ミカズキは、必ずやエステラン軍を早々に撃破し、リック様のもとに帰還致します」
果たしてそれで良いのだろうか。
エステラン国軍三千など、破廉恥剣士とヘルベルト指揮の部隊がいれば、多少兵力差があっても、苦戦する相手ではないかも知れない。
ライオネス殿に託された、精強の旧オーデル王国軍の者たちも向かうのだから、私はリック様の護衛に付いてもいいはずだ。
恐らくリック様は、私たちの身を案じて、私と破廉恥剣士を共に行動させているのだろう。万が一の事を考え、実力ある者同士を行動させ、互いを守り合わせるつもりなのだ。
だが私たちからすれば、リック様を守る事こそ、第一に優先しなければならない事だ。この破廉恥剣士も、私と同じ事を考えているだろう。
今からでも遅くはない。軍師エミリオに何と言われるかわからないが、やはりリック様の護衛に志願するべきだ。
「あっ、あの------」
「レイナ、クリス」
私が志願しようとした直前で、メシア団長が私と破廉恥剣士を呼ぶ。
言いたい事があるようだが、何だろう?
「二人がリックを心配する気持ちはわかる」
「「・・・・・・」」
「だが安心しろ。リックは私が命に代えても守る」
リック様の方を向いたメシア団長。
彼女は微笑みを浮かべてリック様を見つめている。
(えっ・・・・・・)
人前で彼女が微笑んでいる。どんな時も寡黙な彼女が・・・・・。
そして、リック様の反応が変だ。あのようにメシア団長に微笑まれているのに、リック様が赤面して慌てない。少し頬を朱に染めて、見つめ返している。
気付いてしまった。私の女の勘が教えてくれた。
リック様とメシア団長は・・・・・・。
「俺だって団長を守りますから」
「そうか。頼りにしているぞ」
「はい!」
そうか、二人はもう・・・・・・。
「あっ、何か言いかけたよな。もしかして、不安な事でもあるのか?」
「・・・・・いえ、何でもありません」
二人に背を向けた私は、リック様とメシアから離れた。
あの場に私はいられない。居てはならない。
「おっおい、待ちやがれ槍女!」
破廉恥剣士が追いかけて来る。リック様とメシア団長を残して。
「どうしたんだ、レイナの奴」
リック様が心配している。でも私は、耐えられない。
だって貴方は、遠い存在となってしまった。貴方は彼女と、共に歩む道を選んだのですね。私は二人と、同じ道を歩めない。
そして、どうして私は、彼女にこんなにも嫉妬しているんだ・・・・・・!
「急にどうした馬鹿野郎」
「破廉恥剣士・・・・・」
馬鹿と言われても怒る気になれない。
確かに私は、この男の言う通り馬鹿者だ。
「私は、嫌な女だ・・・・・・」
「お前・・・・・・」
破廉恥剣士は何も言わない。何も言って欲しくはないから、ありがたい。
(リック様が幸福であればそれでいい。所詮私は、リック様の配下の一人でしかない。それなのに、どうして私は・・・・・っ!)
誰でもいい。私に教えてくれ。
この胸の苦しさは、どうすれば・・・・・・。
ヴァスティナ帝国、エステラン国、ジエーデル国。
三国の戦いが始まろうとしている。
この戦いの陰に隠れて、とある者たちの野望が動いている事を、リックたちはまだ知らない。




